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第62話 好きなだけの旅路

 どっさりと焼けた肉を振る舞われる礼に、キキロガに保存食と真人がたまたま購入していた調味料の一部を交換した。


 まだ歩く予定なので酒は遠慮したが、キキロガは構わず瓢箪ひょうたんから酒を飲んで肉を食らい始めていた。


「むむっ、この辛味、素晴らしい!! これは何を使っているのだ!?」


「主に辛南蛮と、赤味噌だろうな。ラーメンと同じやつだぞ」


「なに? ラーメンとは、あのマズくほっそい麦の汁物の事か? ダシは悪くないが、麺とやらがネットリヌトヌトしてて、あまり美味くないではないか……?」


「それ多分まともに湯切りしてないか、茹ですぎかのびすぎのやつだと思うぜ。こういうのもある」


 真人は自分のバッグから「ごく盛り麺職人。博多深だしとんこつ5大名店の味」と大きく書かれたカップ麺を差し出した。


「即席麺だ。辛味は少ないがまろやかさとコクならこっちが美味い。……そうだな、国まで護衛してくれるならやるぜ」


「乗った。ついでに美味かったら鬼の酒もやろう。だが、まずかったら承知せんぞ?」


「ラシガケサ。ソレワ……」


「意見か?」


 ゴブリは少し何か言いたげだったが、キキロガが軽く目を座らせただけで、彼は沈黙を選んでしまった。


「ラーメン、美味いぞ。あんたの舌が人間に近いなら間違いなく、コイツは美味い」


「誠か。今、食うか」


 いそいそと手を伸ばし、バリッとビニールとふたを剥ぎ、キキロガはあんぐりとそのまま中身を食べようとした。


「あ~おいおい。そのまま食べるんじゃねえ!! お湯注ぐんだよ!!」


「な、なぬッ!!?」


「おっと!?」


 発泡スチロールのカップが割れて、中身が少し地面に落ちそうになる寸前。


 サオが飛び込んで、漏れ出た中身を器にどうにか回収してみせた。


「しもうたぁあ〜!! もう、だめか……?」


「いや、鍋と中身さえあればイケる。幸いスープの袋も破けてねえなら、問題ない」


 男たちから回収した道具で、真人は中身を移した鍋に水を注ぎ、コトコト加熱して調理を始めた。


「まだか?」


「3分くらいかかるんだ。待ってくれ」


「半刻ほどか?」


「そこまでかかんないよ。いいにおい……」


 サオが羨ましそうに覗く中。完成したカップ麺鍋をキキロガに手渡した。


 先ほどの事もあり、キキロガは慎重に鍋を扱った。まるで熱さを感じないように、熱々の鍋をつかんで、まずはスープを軽く啜る。


 まろやかなコクと風味。深いコクとさっぱりとした味わい。ほう……と息が漏れ、キキロガの太い眉がだらしなく下がった。


「うんっま。なんじゃあ、こりゃ……?」


「メインはブタの髄を煮込んだ汁と、牛乳だ」


「牛の乳となぁ!? かぁ〜! 天部の才が、イカれとるとしか思えん……!!」


 もったいぶりながら、さらに麺ごと啜る。

 彼の経験したことのない弾力と、ツルツルシコシコの麦麺が、舌の上で踊り狂う。


 キキロガはぎょっとした大きな目で、得意げな真人を見つめた。


「と言うか、ラーメン昔食ったことあんのか?」


「人に化けてな。戦後しばらくはわりと好き勝手できたのだ。たまに京連中に大目玉食らとったがの」


 大きな身体に似合わず、少しづつ少しづつキキロガはラーメンを食べきった。


 横では触発されてサオもゴブリも、ついでに起き出して来たグレムリンもわけてもらって、いつの間にか残っていたラーメンを食べてしまっている。


 咎めるような真人の視線に、流石に少しバツが悪そうだった。


「わしの負けだ。快く護衛の任、請け負うとしよう」


「じゃ、とおまわりにしたおりよ。そのほうがあんぜんでしょ?」


「遠回り?」


「うむ。無冥霧は我ら鬼でなければ永劫彷徨えいごうさまよいかねんし、危機も多い。時間がかかるとは言え、その方が確実だの」


「フツウノミチヲユクダケ。ジュンビダ」


 荷物を整え直し、一行は岩の門を開けず、続いている道に沿って進むことにした。



◇◇◇



 それから、1週間ほどが経過した。

 様々な事を3匹のモンスターから教わりながら、真人は逞しくいくつかの階層を走破した。


 道中危険もあったが、主にキキロガが居るせいでほとんど襲われない事と、自身で思った以上に真人には冒険が合っていたらしい。


 グレムリンも飛べはしないが歩けるようになり、忙しなく息が詰まりそうな地上と違い、楽しい旅路だったと思える程に、真人は順応して見せていた。


「おそらく、サオ殿はダンジョンが生んだモンスターか」


「ダンジョンが、生んだモンスター?」


「左様。ダンジョンは時折、斯様かような新しきモンスターを生み出す。決まって強力な能力を持つ新種であると、聞いた事がある」


「じゃあ、子供を求めてるのも……?」


「そのせいじゃろうな。もっとも、余のツノはなんとなく他の理由もある気がするのだが……」


「他の理由って?」


皆目かいもく。まあ女の心と秋の空とでも思っておいたほうが、野暮は無いかも知れん。……祝言には呼べよ?」


「早えよッ!!?」


 そして、とうとうモンスターの国が見下ろせる崖に、一行は足を踏み入れた。


「あそこが?」


「アア。クコスバレク、ダ」


 岩窟、あるいは要塞都市。クコスバレク。


 日本のダンジョン深くに鎮座する。大きな裂け目にモンスターたちの手によって作られた、要塞都市である。


 遠目に見るだけでも、精巧に岩肌を掘られた遺跡のような建物が、ズラリと左右に分かれている。


 それらから絶えず水が流れて下に落ちており、裂け目の間には吊り橋や、見事な装飾の橋がかけられていた。


「すげえ光景だ、まるでゲームの中だ……」


「別名。架け橋の街だ。右側は比較的治安が良いが、それでも人間で固まる店を選んだ方が良いぞ」


「に、人間が居るのか……?」


「そりゃーおる。職人とか、作家とか、政治家とか、犯罪者や離反者は罪人奴隷になるがな」


「はじめてみた。おっきいね」


「さて、岩動真人殿。この街の重鎮として、1つ問おう」


「なんだ、あらたまって……?」


「貴殿は旅の試練を確かに突破し、見事この都市にたどり着いた。だが、ここより先は人の法など存在せん、真のモンスターの領域。踏み出せば人の世に2度と帰れぬ道だ。それでも進むか?」


「それは……」


 未練が無い。と言えば嘘になる。家族との仲は良好では無いが、それでも産んでくれた血の繋がりだ。何も思わない訳が無い。


 仲の良い先輩たちや、友人。後輩たちだって居た。好きな娯楽。料理、趣味。殺されるかもしれない連中。


 一口にとても言い表せない。数々の人生そのもの。それらすべてに背を向けて、真人はただ生きたい一心でここに来た。


 だからこそ、選ぶべき試練の時だった。


「マナト……」


 隣には、彼女がいる。ゴブリも、グレムリンも。


 選べる気がした。生きる事を。好きな事を。ただそれだけだった。


「帰ると言ったら、連れてってくれるのか?」


「その瓢箪を返すならな。だが、腹は座っているのだろう?」


「おう。行くさ。良いかな、サオ、みんな?」


「オマエのセンタクだ。スキにシロ」


「ギャフフ!」


「うん。行かないって言っても、もうマナトからは離れないよ」


「そりゃ良いや。行こうぜ。どんな街か楽しみだ」


 真人は思う。きっと彼らとの関係はまだ仲間じゃない。過去もよく知らない。恋人でも夫婦でもない。きっと愛じゃない。


 好きなだけの関係。好きなだけの旅路。

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