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第61話 上手に焼けました

 真人はサオの言葉に、ついゴブリの反応を見てしまった。


 特に驚くことも無く、もう話は終わったと言わんばかりに、反対を向いて眠りこけている。疲れて居るのだろうと、真人は思った。


「モンスターだと、イヤ?」


「えっと、……本当か?」


「ほんとうだよ。こおりをあやつったりできるの」


 彼女はつなげた両手の手のひらに、こんもりと氷を即座に作って見せた。真人には魔法にしか見えなかった。


「おぼえてるのは、かがやくひかり。そのあと、はだかですわってて、ゴブリにおそわれてたおしたの」


「襲われたのか……?」


「かえりうち。ぶかにした」


 無表情だが声だけ器用に見栄を張るように、サオは誇らしげに語っている。


「いっしょにいくの。やだ……?」


 真人はむしろ納得した。彼はSNSの噂で、エルフ先生のとても真実とは思えない、数々の偉業を斜め読みしていた。


 そこには噂に過ぎない話や、フェイクも含まれている。彼女がモンスターとグルと言う、根も葉も無い噂も含めてである。


 故に、彼女たちエルフがモンスターの仲間であれば納得の事実だと、真人は誤解したまま結論づけてしまった。


「いやも何も、選択肢は無いんだろ?」


「そうだよね。エッチする?」


 まるで気軽に食事に誘うように、彼女は自らの欲求を無表情で口に出した。


 好色過ぎる。自分に関する記憶が曖昧なせいだろうか。彼女の行動は直情的と言うか、まるで自分自身を大事に扱っていないようにすら見える。


 理由は分かっているが、欲求という物に制限と言うか、躊躇いや後ろめたさがない。


 もっとも単に生来、好色だった可能性もあるが、モンスターにも精神学にも詳しくない真人には判別がつかなかった。


「モンスターって、みんなこうだったけ……?」


 グレムリンたちは、はっきり区別できる程度には性格が違った。だが、彼女ほど極端な性格は居なかったように感じる。


「(正直嬉しいがフクザツだ。そもそも現状、1人だけじゃどうにもならねえんだよな……)」


 すがるようにゴブリを伺うが、彼は仰向けに寝て、呑気に腹をかゆそうにかくだけだった。



◇◇◇



 翌日。真人たちは、菌糸類階層きんしるいエリアを下っていた。


 狭い道を通り過ぎ、落とし穴をサオが看破して回避し、すれ違ったコボルドたちから身を隠して進む。


 背負ったグレムリンと武器一式は重いが、何とか真人はついて行く事が出来ていた。


「むこう。こっちにきずいてるけど、むししてくれたみたい」


「運が良かったな」


「ナニカイル」


「ゴブリ?」


「うん。へんなおと、てつのにおいもする」


 紅いカサのキノコが、道を下るにつれて減っていき、広場と岩をそのまま削り出し、重ねたような門の前に到着した。


 ミチミチとゴムが弾け裂けるような音と、ズボッとスコップを突っ込むような音がわずかにする。


 警戒しながら彼らは近づいた、3mはある巨体はすぐ目に入り、むせ返るような鉄臭い臭いが充満している。


 人や猿に近い身体をしているが、牛のような長い2本角や、腕周りだけでもサオの腰回り3倍はある発達した筋肉が、人間とは思えない。


 3mの巨人は、まるで力任せに手だけで解体するように、鮮血あふれる何かを壊している。


 それは、人形に飽きた子供が、パキペキと手足をもぐ仕草に似ていた。


 そんな無造作な行動。まさに鬼の所業が、サオを見た瞬間に止まった。


「惣領娘、殿……?」


「えっと、キキロガだっけ?」


「コレハコレハ。オーガサマ」


 ゴブリはその場ですぐにひざまずいた。


 真人も血なまぐさい光景に顔をしかめたが、同じようにひざまずく事を選んだ。


 サオは特に動かず、キキロガと呼ばれたオーガと見つめ合っている。


 彼は血で汚れた手を獲物の毛皮で拭うと、自らのツノを指先で軽くこすり、怪訝な表情を浮かべ始めた。


「本人では無いとな……? 其処許そこもとは誰ぞ?」


「サオっていいます。はじめまして」


 サオは礼儀正しくお辞儀をした。ききろがと呼ばれた鬼も、軽く顎を引いた。


「お初に。ふむ……怪力乱神だのう。どぉれ、1戦交えるか」


「えっ? うわッ!?」


 真人には見えなかった。気がついたらキキロガは隣のサオに太すぎる片腕を振り下ろしていて、彼女の立つ地面に、放射状に亀裂が走っていた。


 サオは両手で表情1つ動かさず、恐ろしいまでの一撃を流してみせた。


 まるで彼女だけ、ただ両腕を上に掲げただけのような不動っぷりだった。


「サオ!!? こいつッ!?」


 真人はすぐ隣で起きた、車でも正面衝突したような衝撃に尻もちをついたが、その体制のまま照準を定め、グレネードランチャーの引き金を引いた。


 ほぼ至近距離なので当てやすかった。真っすぐ弾頭は着弾し、オーガの大きな頭部に見事命中した。


 だが、彼は氷付きもせず。ケロッとした顔で不思議そうに、真人のグレネードランチャーを見つめているだけだった。


「ほほう。思いっきりよく面白い。お主は通って良しとしよう。後でそれを少し、いじらせておくれ」


「あっ……あ、あ、あぁあ……」


「いかんな。怯えずとも良い。取って食うには間に合い過ぎていてな……ふむ」


「いたいんだけど、キキロガ?」


「確かめなのだ、許せ。……幻術、妖術の類でも無し。貴殿、惣領娘殿といかなる関係だ?」


「わかんない。惣領娘ってのがアーリア……って人なのは、なぜかしってるけど……」


「ふぅむ、面妖な……?」


 キキロガは怪訝な顔のままゴブリに目線で聞いたが、彼も首を横に振って答えるだけだった。


「反撃はせんのか?」


「だって、ころすきないでしょ?」


「まあのう。よし、お主ら、料理はイケる口か?」


「料理……?」


 真人は彼が解体していた物をあらためて見た。凄惨な光景と臭いに、少し慣れ始めた自分に驚く。


 横たわって解体されているのは、全身がもっさり毛で覆われた、半端だがゾウのような長い鼻と、長く太い首。サイのようなゴツい3本足のモンスターだった。


「マクラウケニア?」


「うむ。上手いのだが、最近増えすぎてな。せっかくだ。詫びも含めて酒宴と行こう」


「いいよ。みんなも良いよね?」


「あ、ああ。もう襲われないなら……」


 驚くべき事に、キキロガが肉をつかんで何度か振ると、それだけでほとんどの血液が飛び出していく。せっせと凄惨な下準備を進める横で、3人は手渡された肉に塩をすり込んでいく。


 変わった事に、彼は鍋やさかずきのような巨大な道具を背負っていて、岩の上にそれを下ろした。


「遠慮せず乗せておくれ。皮と骨とモツは余が始末をつけよう」


 スナックでも気軽に指先で割り壊すように、彼はそれらを適当にちぎってつまみ食いしていく。


 真人はその圧倒的強者の所業に、恐怖を通り越して唖然とするしかなく、ゴブリに背を突っつかれていた。


 さらに腰にたずさえたひょうたんから、明らかに許容量以上の酒が、肉の乗ったさかずきに注がれた。


「では焼くぞ、離れておれ」


「うおっ!!?」


 強大な青白い炎がキキロガの手先から飛び出して、一瞬で盃ごと燃やし尽くした。


 あとに残ったのは、芯まで焼かれた肉と、まったく無傷で熱も帯びていない、不思議な盃だけだった。

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