ひやりと冷たい感覚に、目が覚めた。
腕の中ではさんざん求めあった彼女が、目を閉じて眠っている。
いつの間にか毛皮を被っている。温かい岩を挟んで反対側のグレムリンにもかけてある。
一糸纏わぬ姿。長いまつ毛。愛らしい顔立ちと、釘付けにされる細い腰のライン。きめ細かく、玉の汗を弾く肌。流れるような緑を帯びた、黄金色の長い髪。
滴り落ち、ネットリと絡み、しごきあげられるように美しく。愛らしい。
真人のまどろむ頭でも、彼女と夢のひとときを過ごしたのだと、ガンガン全身が、本能が訴えている。
目を覚ましてもへとへとだったが、真人はハッキリとしない頭のまま、彼女を抱き寄せて背筋を撫でた。
低めな体温を宿す、身体の背筋を撫でる感覚は心地良かった。身動ぎして彼女の目が開いた。
「おはよ」
「おはよう……なあ、色々聞いて良いか?」
「なに?」
「どうして、俺とこんな事を……?」
「あかちゃん、ほしかったの。サオ。ひとりだったから」
とりとめのない彼女の言葉をまとめると、彼女はいつの間にかダンジョンにいて、座っていたのだと言う。
それ以前の記憶はなく、頭の中に記録だけが膨大にあって、そこから子供を授かる方法を知っていて。とてつもなく寂しくなって、1人だけでなくなる事をしたかったのだと言う。
「サオちゃんって言うのか?」
「ゴブリはそうよぶ。あなたは?」
「真人。
真人は今さらながら、愕然とした。
名前も知らない女の子に手を出した。それも、記憶を無くして困っていて、モンスターが居ない間に。冷静に考えると殺されても仕方ない行動である。
どう見ても2人は親しい仲だった。もしかしたら、育ての親かもしれない。
追い詰められて疲弊し判断が鈍り、当人が誘ったのだとしても、子供ができると考えての行いだったかというと、そんな訳が無い。
真人は罪悪感と自身の考えなしの行動に対する嫌悪感で、血の気が引いて行くのを感じた。
「もっと、しよ……」
「い、いや。でも……あっ」
真人が立ち上がろうとして、外から歩いてくるゴブリと目が合ってしまった。
◇◇◇
服を着る間も惜しんで、真人はゴブリに三つ指ついて土下座した。
仮にも生命の恩人。いや、恩モンスターに恩を仇で返す行いに対する謝罪である。だが、当のゴブリはポカンと彼を見下ろしていた。
「どげざ、なんで?」
「いや、娘さんを、勝手に……」
「ダサオ。カマワン」
「え、日本語……?」
ゴブリは荷物を置きながら、振り返る事無く毛皮を真人の足元に投げた。穴が空いて紐が付いていて、服代わりに使えそうな物だった。
「スコシシャベレル。ニンゲンクサクテヨイソウ」
「ごめん。すぐにおせんたく、あれ……?」
「おっと……」
起き上がろうとして隣のサオがふらついたので、真人は彼女を支えた。顔色は悪く無さそうだが、彼女は相変わらず無表情で不思議そうにしている。
「洗濯だな。俺がやる。ゆっくり着替えろよ」
「でも……」
「無理すんな。動けないだろ?」
返事は待たず、毛皮をローブのように巻きつけて洗濯物を持ち、川のほとりで自身の身体を洗い、骨が突き出ている箇所に布と毛皮を干した。
頭骨の中に入るとサオは眠っていて、ゴブリも船を漕いでいたが、目を覚ました。
「オマエ、トリブン、ツカエルカ?」
ゴブリは拳銃とグレネードランチャー、男たちが持っていたナイフや防具などを真人に一式手渡した。
試して見たが、防具はサイズの合うものがあり、安全装置と引き金は一応理解できた。
だが給弾となるとカートリッジのある拳銃はともかく、特殊製法に近いグレネードランチャーは少し自信が無かった。
「ココデハ?」
「いや、この下の部品じゃね?」
「ちがう。こうつかうの」
目を覚ましたサオが手を伸ばして、上の部品をスライドさせた。すると中折式にグレネードランチャーの一部が下がって給弾できるようになった。
「なるほどな。よく知ってたな……?」
「なんとなく」
「オマエガツカエ。ヲシナハ」
ゴブリは武器を真人に手渡しながら、その場で横になりはじめた。
「わかった。あたしたちは、ゴブリのこきょうにむかうつもり。くるよね?」
「故郷?」
「ゴブリはイヘンニイザ……ざいにんへい。でも、あなたとあたしをつれかえれば、くににはいってもゆるされる」
「ゴブリンの国があるのか?」
「ホカニモオオクイル」
真人は悩んだ。罪人兵。ゴブリンの国。普通に考えれれば確実に死ぬような場所だ。
もしくはもっと困難に出会う可能性が高いが、他に行く
ついて行かず死ぬか、ついて行って少ない可能性に賭けるか。答えは彼女の示す通り、もうたったの1つしか無い。
「わかった。でも詳しく聞かせてくれないか?」
「リム」
ゴブリは首を振った。万一真人が逃げ返り、人間にゴブリンの国を知られる可能性を無くすためだった。
真人は少し食い下がる事にした。戻る事はできないが、行くべき場所がどういう場所なのか、危険はあるのか。判断材料がほしかったのだ。
「どうしてもか?」
「リム。ハナセナイ」
「わかった。ついていくよ。死にたくは無いからな。でもそのかわり、お前たちの事をなんでも良い。話してくれ」
「いいよ。なにからききたい?」
「ゴブリの事は聞いた。サオ。君は、エルフなのか……?」
「サオは……」
透明な瞳が、妖しい輝きに満ちる。
どこか隙間風が吹くように、冷気が満ちている。
寒い。真綿で締められるような、淡い寒さ。
心胆を舐め上げられるような、異様な気配。
「サオは、……モンスターだよ。マナト」
彼女はなにが可笑しいのか、微笑んでいる。
生命を救って、愛し合ってくれた女性の思いもよらない言葉に、真人は自らの耳を疑うしか無かった。