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第60話 モンスター

 ひやりと冷たい感覚に、目が覚めた。

 腕の中ではさんざん求めあった彼女が、目を閉じて眠っている。


 いつの間にか毛皮を被っている。温かい岩を挟んで反対側のグレムリンにもかけてある。


 一糸纏わぬ姿。長いまつ毛。愛らしい顔立ちと、釘付けにされる細い腰のライン。きめ細かく、玉の汗を弾く肌。流れるような緑を帯びた、黄金色の長い髪。


 滴り落ち、ネットリと絡み、しごきあげられるように美しく。愛らしい。


 真人のまどろむ頭でも、彼女と夢のひとときを過ごしたのだと、ガンガン全身が、本能が訴えている。


 目を覚ましてもへとへとだったが、真人はハッキリとしない頭のまま、彼女を抱き寄せて背筋を撫でた。


 低めな体温を宿す、身体の背筋を撫でる感覚は心地良かった。身動ぎして彼女の目が開いた。


「おはよ」


「おはよう……なあ、色々聞いて良いか?」


「なに?」


「どうして、俺とこんな事を……?」


「あかちゃん、ほしかったの。サオ。ひとりだったから」


 とりとめのない彼女の言葉をまとめると、彼女はいつの間にかダンジョンにいて、座っていたのだと言う。


 それ以前の記憶はなく、頭の中に記録だけが膨大にあって、そこから子供を授かる方法を知っていて。とてつもなく寂しくなって、1人だけでなくなる事をしたかったのだと言う。


「サオちゃんって言うのか?」


「ゴブリはそうよぶ。あなたは?」


「真人。岩動真人いするぎまさとだ……」


 真人は今さらながら、愕然とした。


 名前も知らない女の子に手を出した。それも、記憶を無くして困っていて、モンスターが居ない間に。冷静に考えると殺されても仕方ない行動である。


 どう見ても2人は親しい仲だった。もしかしたら、育ての親かもしれない。


 追い詰められて疲弊し判断が鈍り、当人が誘ったのだとしても、子供ができると考えての行いだったかというと、そんな訳が無い。


 真人は罪悪感と自身の考えなしの行動に対する嫌悪感で、血の気が引いて行くのを感じた。


「もっと、しよ……」


「い、いや。でも……あっ」


 真人が立ち上がろうとして、外から歩いてくるゴブリと目が合ってしまった。



◇◇◇



 服を着る間も惜しんで、真人はゴブリに三つ指ついて土下座した。


 仮にも生命の恩人。いや、恩モンスターに恩を仇で返す行いに対する謝罪である。だが、当のゴブリはポカンと彼を見下ろしていた。


「どげざ、なんで?」


「いや、娘さんを、勝手に……」


「ダサオ。カマワン」


「え、日本語……?」


 ゴブリは荷物を置きながら、振り返る事無く毛皮を真人の足元に投げた。穴が空いて紐が付いていて、服代わりに使えそうな物だった。


「スコシシャベレル。ニンゲンクサクテヨイソウ」


「ごめん。すぐにおせんたく、あれ……?」


「おっと……」


 起き上がろうとして隣のサオがふらついたので、真人は彼女を支えた。顔色は悪く無さそうだが、彼女は相変わらず無表情で不思議そうにしている。


「洗濯だな。俺がやる。ゆっくり着替えろよ」


「でも……」


「無理すんな。動けないだろ?」


 返事は待たず、毛皮をローブのように巻きつけて洗濯物を持ち、川のほとりで自身の身体を洗い、骨が突き出ている箇所に布と毛皮を干した。


 頭骨の中に入るとサオは眠っていて、ゴブリも船を漕いでいたが、目を覚ました。


「オマエ、トリブン、ツカエルカ?」


 ゴブリは拳銃とグレネードランチャー、男たちが持っていたナイフや防具などを真人に一式手渡した。


 試して見たが、防具はサイズの合うものがあり、安全装置と引き金は一応理解できた。


 だが給弾となるとカートリッジのある拳銃はともかく、特殊製法に近いグレネードランチャーは少し自信が無かった。


「ココデハ?」


「いや、この下の部品じゃね?」


「ちがう。こうつかうの」


 目を覚ましたサオが手を伸ばして、上の部品をスライドさせた。すると中折式にグレネードランチャーの一部が下がって給弾できるようになった。


「なるほどな。よく知ってたな……?」


「なんとなく」


「オマエガツカエ。ヲシナハ」


 ゴブリは武器を真人に手渡しながら、その場で横になりはじめた。


「わかった。あたしたちは、ゴブリのこきょうにむかうつもり。くるよね?」


「故郷?」


「ゴブリはイヘンニイザ……ざいにんへい。でも、あなたとあたしをつれかえれば、くににはいってもゆるされる」


「ゴブリンの国があるのか?」


「ホカニモオオクイル」


 真人は悩んだ。罪人兵。ゴブリンの国。普通に考えれれば確実に死ぬような場所だ。


 もしくはもっと困難に出会う可能性が高いが、他に行くあてもなく、現状一応味方である2人と少しでも離れれば、ほぼ死亡する可能性が高い。


 ついて行かず死ぬか、ついて行って少ない可能性に賭けるか。答えは彼女の示す通り、もうたったの1つしか無い。


「わかった。でも詳しく聞かせてくれないか?」


「リム」


 ゴブリは首を振った。万一真人が逃げ返り、人間にゴブリンの国を知られる可能性を無くすためだった。


 真人は少し食い下がる事にした。戻る事はできないが、行くべき場所がどういう場所なのか、危険はあるのか。判断材料がほしかったのだ。


「どうしてもか?」


「リム。ハナセナイ」


「わかった。ついていくよ。死にたくは無いからな。でもそのかわり、お前たちの事をなんでも良い。話してくれ」


「いいよ。なにからききたい?」


「ゴブリの事は聞いた。サオ。君は、エルフなのか……?」


「サオは……」


 透明な瞳が、妖しい輝きに満ちる。

 どこか隙間風が吹くように、冷気が満ちている。


 寒い。真綿で締められるような、淡い寒さ。

 心胆を舐め上げられるような、異様な気配。


「サオは、……モンスターだよ。マナト」


 彼女はなにが可笑しいのか、微笑んでいる。

 生命を救って、愛し合ってくれた女性の思いもよらない言葉に、真人は自らの耳を疑うしか無かった。

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