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第59話 振り返る場所なき冒険記【岩動真人視点】

 岩動真人は呆然と、氷のような透き通る瞳と、長い耳の女性と見つめ合っていた。


 エルフ。何度か動画で流れてきた映像で、目にした女性。


 ファンアートも多く制作されていて、だが記憶では、あんな目や新芽のような、緑がかった金髪では無かった、初対面の少女。


 血の池が彼女の背後で、広がって行く。


「そうだ。そいつは……!?」


 真人は這うように駆け寄って、血の池に沈むグレムリンを抱き起こした。


 幸い息はしている。だが、か細く荒い。

 止血しようとバッグをあさっていると、エルフの少女は樹の実を片手で差し出してきた。


「たすける?」


「できるのか?」


「グレムリンならたすけられる。あげる」


 エルフの少女はためらわず、ぐいっとグレムリンの口の中に、強引に樹の実をねじ込んだ。


 一瞬。グレムリンがむせたあと、多少穏やかな顔つきで出血は止まった。


「おぉ……すげえ」


「これでオーケー。きて、ゴブリ」


 エルフの少女が呼びかけると、キノコの影からゴブリンが一匹。姿を現した。


 弓をこちらに向けて居ないが、手に構えている。

険しい顔つき。真人はゲームで見た、歴戦の兵士をなぜか思い出した。


「も、モンスターッ!?」


「ころすつもりない。あばれないで」


 真人はモンスターの姿に身構え、ゴブリンも弓を引こうとしたが、エルフの少女が手で弓を下ろすよう指示をすると、ゴブリンは弓を背に収めた。


「エマオ。カルエカ?」


「え……?」


「かえるか、だって」


 帰る。できるはずが無い。今さっきだって、あの男たちに真人は殺されかけたのだ。


 家出同然に大学に入った彼に、家族も心配するかどうか。真人にもわからない。


 たとえ警察の世話になったとしても、獄中で殺される可能性は高いのでは無いかと、真人は勘づいていた。


 つまり、帰っても待っているのは、殺されるだけの結末。


 逃げている間は必死で実感できなかった事実。今さらながら恐怖を感じて、酷い頭痛と吐き気に真人は口元を覆った。


「俺、もう帰れないんだ……」


「かえれない。なんで?」


 真人はぽろぽろとこぼすように、事情を説明した。エルフの少女は終止無表情で疑問顔のゴブリンに説明を買って出てくれた。


「カレグハ、カルクラナイナガコトクイ?」


「いっしょにくるか、だって」


「良いのか?」


「イカツアイレド、ナラナ」


「だめ。ルスニイガツノシタア。マカナノナンミにするの」


「ファッ!!?」


 ゴブリンがエルフの少女の発言に驚いたあと、彼女は真人に真顔で抱きついてきた。


 腕を取られて薄手の服越しに、少し低めに感じる体温が伝わるほど密着して、柔らかくて心地良い。


 いきなりの行動に、真人はこんなにこの子に好かれる事したっけ? と疑問に思いつつも、少し議論しているゴブリンと彼女を、見比べて待つしか無かった。



◇◇◇



 男たちはかなり食料や武器を持ち込んで居たらしい。血に誘われて、他のモンスターが来るかもしれないと、エルフの少女は話を切り出した。


 手早くテキパキと拳銃とグレネードランチャー。弾薬と便利そうな道具、食料をまとめると、真人たちはその場をできるだけ早く後にした。


 彼らは真人に目的地を伝えなかったが、屈まなければ通り抜けられない洞窟と、岩影に偽装されていた道を通り過ぎると、遥か高くから日光が下る滝と川があった。


 川下の方には、大きな動物の頭骨と毛皮を利用した住処がある。


 眼窩の入り口には羊のような巻き角と、ヒゲのような反り返る二本角の眼窩に、木材が突き刺されたトーテムが飾られていた。


「ダンジョンに、こんな所があるなんて……」


 頭骨の中は囲炉裏に似た岩や毛皮が敷かれて、木材で簡素な床が作られていた。


 森の中の作業小屋のような印象を真人は抱いた。


「ねかせて。たまがのこってないか、みないと」


「あ、ああ」


 ホーローポイント弾だったが、至近距離の射撃のお陰で貫通して、弾丸は体内に残っていないようだった。


「ハルピュイア。テシツサイア、ルクテシンカウコツブツブ」


「ん。じゃあ、これね」


 エルフの少女は男たちから剥ぎ取った日持ちしない食料と、武器一式をゴブリンに渡すと、彼は手を振って元来た道を歩いて行った。


「ごはんたべよう。おなかすいた」


「あ、ああ。……俺も、腹減った」


 真人は考える事や、彼らに聞くべき事は多かったが、それより空腹と疲労が限界に達していた。


 慣れた手つきでエルフの少女は、拳銃と少々の藁、中央に置かれた岩を使って、あっという間に温かい食事場を作って見せた。


 岩は不思議な事に熱を逃さず、周囲を温めて、調理器具として利用されていた。


 真人は一心不乱に食事を取って、目を覚ましたグレムリンに、いつも通り食事を与えた。


 食事量はいつもの半分程度だったが、食事を取ったあと、深く寝息を立ててグレムリンは眠り始めた。


 エルフの少女はずっと隣に無表情で、じっ……と真人を見つめながら食事を取っている。


 多少居心地が悪かったが、咎める暇があるなら空腹を満たしたくて、真人は食事をかきこんでいた。


「はあ……生き返ったぁ〜」


「おいしかった?」


「うん。ありがとう。ごちそうさまでした」


「じゃあ、そろそろ……」






「え。んっ……!!?」


 唇を奪われた。後頭部を押さえられて、カチカチ歯が鳴るような、強引な口づけ。


 口の中に広がる、甘い生の感覚。


 困惑しながら真人が離れようとすると、彼女にトンっと胸元を押されて、くたりと全身から力が抜ける事を感じた。


「んちゅっ……これで、あってる?」


「え、え、え、なんで……?」


「まちがえた? ゆうわく。よくわかんない。でも、もっとしたい……」


 無表情だが透き通る目をトロンとさせて、エルフの少女はもう一度、真人の口を深く貪り始めた。


 口の中を舌先で強引にこじ開けられるたび、背中のどこかが痺れて行く。


 ムラムラどころか一気にグワッと、腹の底から獰猛な衝動が暴れ出す。


 真人は口移しされた唾液を生唾と共に、こきゅりと飲み込んでしまった。見つめ合っていた彼女の目が、フッと閉じられる。


 それが合図になった。どちらともなく夢中で性の混ざりあった、生の甘さを貪り合う。


 銀の橋が、ふつっ……と途切れ。


 真人は名前も知らないエルフの少女を、無言で押し倒していた。

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