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第58話 禀と揺れる、揺れない想い

 最近、カズくんの匂いが変わった。


 具体的に香りが変わった訳じゃない。けど気がつけば先生を見てるし、お家に会いに行っても居ないことが増えた。


 ゴールデン・ウィークが終わったあたりだろうか。ちょっと覗いてみると、先生のSNSをチェックしてる事も日増しに増えてる。


 だから、とにかく捕まえようと思う。中間考査も近い。今月はもうダンジョンに行かない。うってつけだった。


 ちょっとだけ、気負いさせない程度にお化粧と春物も着飾る。彼に買って貰った思い出の香水も、少しだけ。


 落ち着く白梅香の香り。もったいないから、本当に少しだけ。


 お出かけしようとすると、精霊さまが大きくなって身を乗り出してきた。


「いいえ、近いですし、自分で歩きますから」


 さすがに少し注目されちゃうし、何より乗っても痛くないけど、このスカートで乗ったら色々大変。


 畏れ多いし丁重に断ると、彼は小さくなって、トコトコ隣を歩いてくれた。


 天気は良い。きっともう少し経てば、雨が多い季節になる。まるでその隙間を惜しむように、藤の花が咲いてる。


「咲いてる……」


 誰かの畑だろうか。長い垂れ下がった紫のカーテン。しっとりとした気配。控えめで奥ゆかしい甘やかな香りを感じる。


「写真取って、見せてあげよ」


 何枚かスマホで写真を取って、彼の家に向かう。


 さほど歩かず、彼の家に到着した。

 窓も空いてる。今日は先生の所に行ってないらしい。しめしめ。


 呼び鈴を鳴らすと、すぐに彼は顔をのぞかせてくれた。


「なんだ。禀か」


「なんだとはなんですかっ。これ、お母さんから差し入れ」


「ん。上がりなよ」


 旅行土産のお菓子を見せると、まあ、男の子だけの家な光景が飛び込んで来た。


 従兄弟も酷いけど、なんで男の人って細かい美意識が欠けておるんだろう。掃除はしてるみたいだけど、少し物がゴチャついてる。


 ちょっとだけじっと見ると、軽く咳払いされた。顔を追うように見つめてると、今度は何度か匂いを確かめるように鼻を鳴らしてくれた。しめしめ。


「香水? 物持ち良いねぇ……」


「まあね。勉強してた?」


「うん。一緒にやろっか」


 何でも無いふうを装ってるけど、香水で顔が少し赤いのは見逃しませんよぉ、カズくん!!!


 なんて内心をお首も出せず。目も合わせられなかった。だって恥ずかしいもん!!


 しばらく他愛ないお話をして勉強して、お昼ご飯食べて、精霊さまにお供えして、息抜きに映画を見た。


 機動戦士とやらの最新作で、ロボットに乗る女の子が主役で、魔法使いで劇場版だった。


 精霊さまが食い入るように見てたけど、面白いもんね。今度シリーズの何か見せてあげようっと。


「アーリア。今日は午後からずっと仕事だって」


「そうなの。ゴールデンウィークは、2人で何やってたの?」


「何って?」


「なにかしたでしょー。隠しても無駄ですよー」


 なんとなく顔を向けられなくて、精霊さまを膝の上に乗せて手をいじる。こうすると気持ちよさそうに、彼は目を細めてくれる。


「してないよ。特別な事は何も?」


「本当に? じゃあ、同じことして下さい」


「別に良いけど。じゃあこっち」


「え!?」


 突然、カズくんに手を取られた。おっふ。不意打ちは勘弁してッ!! 心の準備がッッ!! って、え?


 彼は引き戸の向こうまで歩くと、手だけ繋いだまま、引き戸の向こうに屈んだ。当然。手を繋いでる私も引き戸を挟んで同じ体勢になる。


「何やってるん、ですか?」


 それで、両手で徐々に手に力を込めて握られた。どゆこと???


「ちょっ……痛いですよ!? どうしたんですか!?」


「こうしただけだよ」


「はぁ??」


「本当にこれだけだよ。アーリア部屋に入れてくれなかったから、あとは外で寝てたんだ」


「?????」


 外で寝てた? 意味わかんない。あの後会いに行って、次の日会いに行った時には2人とも普通だったし? なにしてたの???


「あ、でも、寝てたら膝枕された」


「他にしてるじゃ無いですか!! ずるいずるいずるいずるい!!!」


 そこ重要!! めちゃめちゃ重要じゃないですか!? 何とぼけてんですかこのっ……!!


「そんなにしてもらいたいなら、してもらってこいよ。アーリアなら嫌がらないでしょ?」


「ちがっ……私は……っ」


 わかってて言ってんですかコンチクショー!!


 しばらく無言で睨んで見上げてると、彼は部屋の中に戻ってきて、座布団の上に座った。精霊さまが彼の太ももに頭を乗せてる。


「ほら。固くても文句言うなよ?」


「んふっ……」


 ぶっきらぼう。ちょっと恥ずかしそうにしてる。


 かわいい。思わず漏れた笑いを隠すように、遠慮なく身をよせる。


 あ~……硬い。おっきい。何で男の子って、こんなゴツゴツしてるんだろ。二の腕エッロ。見てるとヤバいなぁ。


「えへへへへ……」


 ぽんぽんと頭を撫でてくれる。精霊さまも心地よさそう。そうだ。藤のお花、見せてあげよう。


「これ、お礼。写真撮ったの」


「へ〜……綺麗じゃん」


「もう一回言って」


「だから綺麗だって……おい」


 恥っっっず。言うんじゃ無かった。顔見れない。撫でてくれる。嬉し。あぁあ〜……。


「ズルいなぁ、お前」


「うるさいぃい……」


 しばらく何も言えなかった。窓の風が冷たい。熱くなってるのは私の顔かぁ。


「アーリアは、さ。強い」


「え、そりゃそうですけど……?」


「強いけど、傷つかないわけでも、傷つくことが、怖くないわけでも無いんだよ。きっと」


「……………………そう」


 今その話する!!? いや、たぶんカズくんの事だから……ははーん。何か先生を慰めたなコヤツ。でも、今その話するぅ!!? …………決めた。


「そういえば、もう一つしてもらってませんね」


「え?」


「んっ」


 唇と唇が触れ合う。もう先生とカズくんがどんなことしてても、しったこっちゃないもん!!!


「隙あり」


「お前な……!!」


 くるっと背を押し付けて、彼の腕の中に収まる。数ヶ月ぶりの格好。怒った顔なんか、見たくないもん……。


 締まってる。でも太い腕が、私のお腹をきゅって抱きしめてくれる。もう言っちゃおう……。


「…………するの?」


「しない。したことも無いじゃん」


「どうして?」


「捨てたのはお前だろ?」


「返事くれなかったのは、カズくんでしょ?」


 おっきい顔が、ぐっと肩に乗ってきた。

 すっごい苛つく。むかむかする。もういっそ抱いてよ……!!!


 女の子の恋愛はね!! いつだってドキュメンタリーなんですうぅッッ!!!


「じゃ、いっそアーリアと3人で」


 精霊さまが真っ先に蹴飛ばして、私も肘から入れて、何度もぶん殴る。フザけんなッッッ!!!!


 って、いうか……。


「わざと、怒らせましたね?」


「バレたか」


「…………帰ります」


「送るよ」


「いりません!!! べーだ!!」


 扉も閉めずにドタドタと帰り支度して、玄関から外に出る。


 精霊さまが後から付いてきて、廊下で足を止めた。


 ついて来てない!! 追いかけてよぉトウヘンボクぅッッ!!! あぁあ〜……。


「あいつのあんな顔。久々に見たな」


 玄関の扉閉まって無いから、聞こえてんですよぉお!!!


「寂しかったなんて……な」


 …………ばか。


「禀?」


 うずくまってると、彼の声が上から聞こえた。ちょっと涙目だった。


「入りなよ。勉強しよ?」


「うん……」


 結局。その日はずっとこんな感じで。日が暮れる前に送ってもらおうとしたら、石川くんが来て。


 夕飯を3人で出先で食べつつ勉強して、またお家まで送って貰った。


 私は彼が好きだ。愛してる。少し距離を置いていた後でも変わってくれない。


 もう無理なんだ。恋に落ちて、愛して、2度と止められないんだ。


 もう。それだけなんだ。


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