最近、カズくんの匂いが変わった。
具体的に香りが変わった訳じゃない。けど気がつけば先生を見てるし、お家に会いに行っても居ないことが増えた。
ゴールデン・ウィークが終わったあたりだろうか。ちょっと覗いてみると、先生のSNSをチェックしてる事も日増しに増えてる。
だから、とにかく捕まえようと思う。中間考査も近い。今月はもうダンジョンに行かない。うってつけだった。
ちょっとだけ、気負いさせない程度にお化粧と春物も着飾る。彼に買って貰った思い出の香水も、少しだけ。
落ち着く白梅香の香り。もったいないから、本当に少しだけ。
お出かけしようとすると、精霊さまが大きくなって身を乗り出してきた。
「いいえ、近いですし、自分で歩きますから」
さすがに少し注目されちゃうし、何より乗っても痛くないけど、このスカートで乗ったら色々大変。
畏れ多いし丁重に断ると、彼は小さくなって、トコトコ隣を歩いてくれた。
天気は良い。きっともう少し経てば、雨が多い季節になる。まるでその隙間を惜しむように、藤の花が咲いてる。
「咲いてる……」
誰かの畑だろうか。長い垂れ下がった紫のカーテン。しっとりとした気配。控えめで奥ゆかしい甘やかな香りを感じる。
「写真取って、見せてあげよ」
何枚かスマホで写真を取って、彼の家に向かう。
さほど歩かず、彼の家に到着した。
窓も空いてる。今日は先生の所に行ってないらしい。しめしめ。
呼び鈴を鳴らすと、すぐに彼は顔をのぞかせてくれた。
「なんだ。禀か」
「なんだとはなんですかっ。これ、お母さんから差し入れ」
「ん。上がりなよ」
旅行土産のお菓子を見せると、まあ、男の子だけの家な光景が飛び込んで来た。
従兄弟も酷いけど、なんで男の人って細かい美意識が欠けておるんだろう。掃除はしてるみたいだけど、少し物がゴチャついてる。
ちょっとだけじっと見ると、軽く咳払いされた。顔を追うように見つめてると、今度は何度か匂いを確かめるように鼻を鳴らしてくれた。しめしめ。
「香水? 物持ち良いねぇ……」
「まあね。勉強してた?」
「うん。一緒にやろっか」
何でも無いふうを装ってるけど、香水で顔が少し赤いのは見逃しませんよぉ、カズくん!!!
なんて内心をお首も出せず。目も合わせられなかった。だって恥ずかしいもん!!
しばらく他愛ないお話をして勉強して、お昼ご飯食べて、精霊さまにお供えして、息抜きに映画を見た。
機動戦士とやらの最新作で、ロボットに乗る女の子が主役で、魔法使いで劇場版だった。
精霊さまが食い入るように見てたけど、面白いもんね。今度シリーズの何か見せてあげようっと。
「アーリア。今日は午後からずっと仕事だって」
「そうなの。ゴールデンウィークは、2人で何やってたの?」
「何って?」
「なにかしたでしょー。隠しても無駄ですよー」
なんとなく顔を向けられなくて、精霊さまを膝の上に乗せて手をいじる。こうすると気持ちよさそうに、彼は目を細めてくれる。
「してないよ。特別な事は何も?」
「本当に? じゃあ、同じことして下さい」
「別に良いけど。じゃあこっち」
「え!?」
突然、カズくんに手を取られた。おっふ。不意打ちは勘弁してッ!! 心の準備がッッ!! って、え?
彼は引き戸の向こうまで歩くと、手だけ繋いだまま、引き戸の向こうに屈んだ。当然。手を繋いでる私も引き戸を挟んで同じ体勢になる。
「何やってるん、ですか?」
それで、両手で徐々に手に力を込めて握られた。どゆこと???
「ちょっ……痛いですよ!? どうしたんですか!?」
「こうしただけだよ」
「はぁ??」
「本当にこれだけだよ。アーリア部屋に入れてくれなかったから、あとは外で寝てたんだ」
「?????」
外で寝てた? 意味わかんない。あの後会いに行って、次の日会いに行った時には2人とも普通だったし? なにしてたの???
「あ、でも、寝てたら膝枕された」
「他にしてるじゃ無いですか!! ずるいずるいずるいずるい!!!」
そこ重要!! めちゃめちゃ重要じゃないですか!? 何とぼけてんですかこのっ……!!
「そんなにしてもらいたいなら、してもらってこいよ。アーリアなら嫌がらないでしょ?」
「ちがっ……私は……っ」
わかってて言ってんですかコンチクショー!!
しばらく無言で睨んで見上げてると、彼は部屋の中に戻ってきて、座布団の上に座った。精霊さまが彼の太ももに頭を乗せてる。
「ほら。固くても文句言うなよ?」
「んふっ……」
ぶっきらぼう。ちょっと恥ずかしそうにしてる。
かわいい。思わず漏れた笑いを隠すように、遠慮なく身をよせる。
あ~……硬い。おっきい。何で男の子って、こんなゴツゴツしてるんだろ。二の腕エッロ。見てるとヤバいなぁ。
「えへへへへ……」
ぽんぽんと頭を撫でてくれる。精霊さまも心地よさそう。そうだ。藤のお花、見せてあげよう。
「これ、お礼。写真撮ったの」
「へ〜……綺麗じゃん」
「もう一回言って」
「だから綺麗だって……おい」
恥っっっず。言うんじゃ無かった。顔見れない。撫でてくれる。嬉し。あぁあ〜……。
「ズルいなぁ、お前」
「うるさいぃい……」
しばらく何も言えなかった。窓の風が冷たい。熱くなってるのは私の顔かぁ。
「アーリアは、さ。強い」
「え、そりゃそうですけど……?」
「強いけど、傷つかないわけでも、傷つくことが、怖くないわけでも無いんだよ。きっと」
「……………………そう」
今その話する!!? いや、たぶんカズくんの事だから……ははーん。何か先生を慰めたなコヤツ。でも、今その話するぅ!!? …………決めた。
「そういえば、もう一つしてもらってませんね」
「え?」
「んっ」
唇と唇が触れ合う。もう先生とカズくんがどんなことしてても、しったこっちゃないもん!!!
「隙あり」
「お前な……!!」
くるっと背を押し付けて、彼の腕の中に収まる。数ヶ月ぶりの格好。怒った顔なんか、見たくないもん……。
締まってる。でも太い腕が、私のお腹をきゅって抱きしめてくれる。もう言っちゃおう……。
「…………するの?」
「しない。したことも無いじゃん」
「どうして?」
「捨てたのはお前だろ?」
「返事くれなかったのは、カズくんでしょ?」
おっきい顔が、ぐっと肩に乗ってきた。
すっごい苛つく。むかむかする。もういっそ抱いてよ……!!!
女の子の恋愛はね!! いつだってドキュメンタリーなんですうぅッッ!!!
「じゃ、いっそアーリアと3人で」
精霊さまが真っ先に蹴飛ばして、私も肘から入れて、何度もぶん殴る。フザけんなッッッ!!!!
って、いうか……。
「わざと、怒らせましたね?」
「バレたか」
「…………帰ります」
「送るよ」
「いりません!!! べーだ!!」
扉も閉めずにドタドタと帰り支度して、玄関から外に出る。
精霊さまが後から付いてきて、廊下で足を止めた。
ついて来てない!! 追いかけてよぉトウヘンボクぅッッ!!! あぁあ〜……。
「あいつのあんな顔。久々に見たな」
玄関の扉閉まって無いから、聞こえてんですよぉお!!!
「寂しかったなんて……な」
…………ばか。
「禀?」
うずくまってると、彼の声が上から聞こえた。ちょっと涙目だった。
「入りなよ。勉強しよ?」
「うん……」
結局。その日はずっとこんな感じで。日が暮れる前に送ってもらおうとしたら、石川くんが来て。
夕飯を3人で出先で食べつつ勉強して、またお家まで送って貰った。
私は彼が好きだ。愛してる。少し距離を置いていた後でも変わってくれない。
もう無理なんだ。恋に落ちて、愛して、2度と止められないんだ。
もう。それだけなんだ。