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第56話 幸せの味

 路地裏にプププッと電子音に似た、針による射撃音が響く。飛び立とうとしたグレムリンが、ふらついて壁に激突した。


「止めたわ!!」


「よし、よくやったッ!!!」


 ガァンッ!! ガァンッッ!! と、即座に一条が頭部、心臓目掛けて拳銃を2連射。


 電撃の針で痺れ叫び声も上げれずに、グレムリンは討伐された。


「クリア。……今のでケツか?」


〝妖精のElfen Liedから報告された箇所は全て探索完了、総数123体です〟


「了解。所轄に場所を引き継ぎ警戒しつつ、周囲を探索して帰還する」


〝了解だ。それにしてもまるで、未来予測してるみてーな精度だったな……? 〟


「都内には守り神の妖精が居る。なんて酒の席で昔噂聞いた事もあったが、マジだったのかね?」


「ふー……」


 沙耶は大きく息を吐き出して、テーザーガンの安全装置をかけた。


 警戒しながら警察を待っていると、本庄と警察たちが、反対の道から歩いて来た。


「うわっ、……返り血?」


「ああ。たくっ、墜落したのに巻き込まれてな……」


 本庄が持っているアクリルシールドは歪んで、グレムリンの赤い血でべっとりと汚れていた。


「怪我人、……死傷者は、居るの?」


「警官が数人負傷。こちらは無し。とんだゴールデン・ウィークになったな……」


「違いない。おちおち子供や嫁さんの迎えにも、呑気に行けやしないぜ」


 ゴーストタウンとまで行かないが、街の住人はほとんどが自宅に立てこもるか、避難所に身を寄せている。


 物々しい警官たち、探索者たちと、道の分からない観光客が護衛されているくらいで、とても連休の半ばとは思えない景観だった。


 その時だった。空が落雷のように明滅し、続いて轟音と振動が街中を駆け抜けた。


「な、なに!?」


「地震!? いや、カミナリか!?」


「お、おい、アレ……!?」


 一条がビルの隙間を指差して、本庄と沙耶が振り返った。


 快晴の空に浮かんでいた散り散りの雲が、扇上に真っ二つに割れている。


 さっきまでそんな物は無く、普通の空だった。アーリアが「渾身で」白いグレムリンを蹴り飛ばした結果である。


「だ、誰か何か、分かるか?」


〝少し待て……なんだこりゃ、SNSに、雷が昇ったあと、バカでけえ隕石みてえな光が空に、昇ってる……? 〟


〝ミサイル……なわけ無いですよね。町中にあるわけが……? 〟


 いち早く冷静さを取り戻した本庄の問いに、正確に返答できる物は居なかった。


 まるで隕石、ミサイル以上のが通り過ぎたとしか思えない光景に、その場の全員は空を見上げたまま、啞然と立ち尽くすしか無かった。



◇◇◇



 一馬は自らが落下していく事も忘れて、その輝きに魅入られていた。


 視界いっぱいの輝く奔流。一馬が出した雷が細い枝分かれした糸なら、輝く大河そのものを空に顕現させたような、究極の御業である。


「ハハッ、こりゃすげえや!!」


「キレイだ……」


 気を取られて2人は着地も忘れて見入り、思いっきり背中から勢いよく墜落してしまった。


「ごはッッ!!?」


「がッッ!!」


 受け身もろくに取らなかったので、2人揃って背面をすべてを打ち付けて、悶絶するしか無かった。


〝ちょ、何かすごい音したけど、平気!? 〟


「おう。今の佐藤か? すげえな。いてて……」


〝全力で攻撃したけど、あれだけの再生力だよ。確実に倒したか分からないから、油断はしないで〟


「……分かった。消し炭も残ってなさそうだが、おい一馬! 動けるか!?」


「なんとか……でも、バイクが」


 ひっくり返って墜落したバイクは、見事に部品が爆散しており、座席はおろかエンジンまでくの字に変形してしまっていた。


「ちっ、気に入ってたんだがな。また直すか」


「え、ここからですか?」


「形見なんだよ、先代の。……あん?」


 警察車両が回転灯を回して近づいてくる。乗っていたのは警察と勇樹。ストロング・ボックスのメンバーだった。


「アニキ〜!!」


「おうお前ら! 無事だったか!!」


「アニキにお客様ッス!! 声かける前に、飛び出して行っちまうって指! 指!!」


「あん? ああ。後で治すさ、…………榛、名?」


 警察車両から降りてきたのは、二羽と呼ばれた少女と、シルバーこと銀二の名前を呼んでいた女性だった。


「あ、やっぱり気づいて無かった。8年ぶりじゃ、しょうが無いけどさ」


「あ、あぁ……来てたのか。元気だったか?」


「うん。……その、うちの子がさ、会いたいって」


「嬢ちゃん……?」


 二羽は春奈の背に隠れているが、何か茶色い袋を握りしめていた。


 榛名に背を押されて、彼女は無言で茶色い袋。ミクドナルドの袋から、ハンバーガーを差し出してきた。


「げっ、あ、アニキ。俺がもらいま」「いや、いい……」


 受け取ろうとした勇樹を制して、銀二はハンバーガーを無事な手で受け取った。不思議だった。今ならなぜか、食える気がした。


 むしゃぶりつくように、一息にかぶりつく。ためらいもしなかった。安っぽい、だが確かに牛肉の味が口に広がる。十数年ぶりに食べたハンバーガーは。


「うめぇ。勝利の味だ……」


 沁み込むように、ただただ美味かった。


な。嬢ちゃん、榛名」


「うん……ふふっ、変わらないね。銀二くん」


 二羽は何も言えず。ただ銀二のどこか晴れやかな顔を見つめて、笑顔こそ浮かべたが、やはり何も言わなかった。

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