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第55話 STRIKE・STARTER

 グレムリンたちの襲撃開始から、1時間。


 日が傾き始めた頃、真司がアーリアに報告したグレムリンの討伐数は、80匹を越えていた。


「かなり入り込んでたんだね」


「関係のない、街に潜んでたグレムリンも討伐したのかも。……それでもかなり多いね」


 アーリアは遠くを見て、少し気の毒そうな様子で告げた。


 彼女たちも20匹以上討伐し、街の住民たちやゴールデンウィークの観光客たちも、ある程度の避難をしたようだ。


 シーフォートスクエアの屋上から見下ろすシナガワ区の通行は、一時的に停止され警察車両や探索者たちが住人や観光客を、襲撃に備えて防衛しているようだ。


「来たね。予想通り」


 待ち構えていたアーリアたちの眼下に、不気味に身体をボコボコと泡立たせている、大きな白いグレムリンが現れた。


 リーダー各なのか、グレムリン20匹ほどを率いて飛んでいる。


 よく見ると体中に何かの模様が刻まれ、警察がテーザー銃や拳銃で牽制して、追跡しているようだ。


 白いグレムリンが、アーリアと目が合う。


「いけない! 飛ぶよ!!!」


 返事も待たず一馬の背を掴んで、アーリアは屋上から飛び出した。


 直後にグレムリンの口から、ギィヨンッッッと光がまたたく。背後の給水塔と屋上の一部が、木っ端微塵に吹きとんだ。


「うわぁああッッッ!!! な、なんだぁッ!?」


「光線!! 警察と連携して! アレはアーリアが対処する!!」


 手を離しつつ一馬は警察の方へ、アーリアは白いグレムリンに突っ込み、肉薄した。


「せえいッッッ……!!?」


 彼女の一撃は確かに、白いグレムリンの腹部に風穴を開けた。


 だが、直後に灼熱の感覚と、肉に圧迫される不快な感覚がアーリアの脚を襲う。


 グレムリンの傷は、まるで絵を瞬時に取り替えたように、アーリアの脚を取り込んだまま完治していた。


「アーリアッ!!?」


「(コイツ、この再生力。まさか……!?)」


「ギツゥアッッッ!!!」


 剣のように鋭い爪が、両脇から逃れられないアーリアを襲う。駻馬バイク排気音いななくおと


「ふぅんッッッ」


 身を震わせるだけでアーリアは見事爪を受けて、最小限の出血が飛び散る。同時にガパっと、グレムリンが口を開く。


「ッッ……!!」


 接触距離で放たれる光線。アーリアは熱量に囚われず、専心。指先のみの「雨切り」で、迫りくる光線を真っ二つに切り裂いた。


「アーリアッ!!!?? え!?」


 キンッッと言う、鍔鳴りの音。直後に飛び込んで来た棒状の物が、グレムリンの額に直撃した。


 鞘。正確には、一見柄に偽装した長巻の鞘が、バネ仕掛けで飛び出し、グレムリンの額をしたたかに打ち据えたのだ。


「佐久間さんッ!!?」


 バイクから飛び降りながら佐久間プロは、グレムリンたちに呼吸さえも悟らせず、薙刀に似た長巻きを、ぬるりと宙に走らせた。


 ずるりっ、どしゃっ


 殺傷音すらわずかに許さず。老獪かつ鋭利過ぎる切り口に、グレムリン4匹は何をされたのか一欠片も分からず、血の海に沈んだ。


「チッ……!?」


「グッッッオォ!!」


 佐久間プロから舌打ち1つ。唯一切られても瞬時に再生した白いグレムリンが、身を引いたアーリアに襲いかかる。


「させっかァッ!!!」


「ギアァッッ!!??」


 いななく排気音。反転したシルバーのバイクが、白いグレムリンを車輪で突き飛ばした。


 翼を巻き込まれながら宙に逃げたグレムリンは、忌々しげに探索者たちを見下ろし身を震わせ始めた。


「んな……!?」


 逃亡。しかも身を分身させて。5つに別れたグレムリンは、4体が再びガパッと口を開き。


「いかん!? 避けろ!!」


 叫ぶ佐久間プロ。威力は先ほどではないが、乱射される拡散光線。


 全員警官が応射しているパトカーの影に、何とか退避した。


「探索者さんたち!! なんなんでありますか!? あのモンスターはッ!?」


「見た目はグレムリンだけど!! デストルドーみたいな気配を感じるッ!! カズマくん追える!?」


 すんっ、と鼻を鳴らす。

 感じる。佐久間プロやアーリアが傷つけたおかげで、遠くなら完璧に血の匂いを嗅ぎ分けられる。


「行ける!!」


「シルバーさん!! 一緒に追って!!」


「だが!!!?」


「援護するから!! 逃がしたらまたッ……!!」


 アーリアが足を魔法の水で冷やしながら叫んだ。

 脳裏に蘇る空白。乗り手に応えるように、くろがね悍馬バイクが叫びを上げる。


「乗れッッ!!!!」


「はいッッ!!!」


 アーリアと佐久間プロ。彼らと息を合わせた警察の射撃に合わせて、爆音を響かせ一馬とシルバーは飛び出して行った。



◇◇◇



 岩動真人いするぎまなとは、どうしようもなく焦っていた。


 バイト先の倉庫を出た直後、携帯から緊急警報が鳴り響き、どうにか彼はダンジョンの入り口まで駆けつけていた。


 しかし、緊急警報の影響か、警備が物々しい。


 駐車場から覗くだけでも、バタバタと駆け抜けていく職員が大勢居る。


 いっそ、後部座席で寝ているグレムリンを解き放って、囮にするかと考えたが、あどけない寝顔に、伸びた手は何度も止まってしまっていた。


「くそっ……んっ!?」


 何人も職員が駐車場を横切って出ていく。


 どうやらここにもモンスターの襲撃があったらしい。偶然。強引に割り込めば、資材輸送用のダンジョン入り口まで飛び込めそうに、道が空いていた。


「今しかねえッッ!!!」


「クルッ!?」


 アクセルを踏み込み、グレムリンが後部座席から投げ出される。停止バーを粉砕して車ごと敷地内に飛び込んだ。


 警報がけたたましく鳴る。真人はすぐに車を降りて、ろくに後ろも見ずに、ダンジョンへと踏み込んで行った。



◇◇◇



 爆音を響かせバイクが走る。グレムリンは時々こちらを向いては光線を放つが、シルバーのテクニックで見事に回避していた。


「このままじゃラチがあかねえ!! 何かねえか!?」


「とは言っても……!!」


 届くような攻撃手段はない。ガサッとシルバーのイヤホンに、通信が入った。


〝シルバーくん、聞こえる!? 〟


「あん!? 佐藤、そっちは!?」


〝分身は片づけたよ!! グレムリン達も逃げ出して、佐久間さんたちが今追ってるの! どうにかしてもっと高い位置に、あの白いの吹き飛ばせないかな!? 〟


「吹き飛ばせないかな、つったって……!」


 白いグレムリンの高度は、徐々に降下している。


 周囲には高層ビル。グレムリンの攻撃で、斜めに壊れた高速道路。ニヤリとシルバーは笑った。


「一馬ぁあッッッ!!」


「はいッッ!!」


「悪魔みてえに! 俺と飛べるかッ!!」


「やれますッッ!!」


 前輪を浮かせ、全馬力アクセルをフル解放。隠し球のニトロを追加し、文字通り爆走して、高速道路に向けて突っ込む。


 異音に気づいたグレムリンが、さらに攻撃しようと口を開いた。


「弾けぇえッッ!!!」


 シルバーの想定通り、一馬は熊手で地面を思いっきり弾いた。


 バイクは宙を舞い、グレムリンの光線は直撃せず、背後で爆発を起こす。


 高速道路にひとっ飛びで到達し、さらに加速。

 全ニトロを連続解放。この一瞬に賭ける。


「飛べやぁああああああああッッッ!!!!」


「ロオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」


 壊れた高速道路を発射台に、高層ビルに到達。

 そのまま壁走りしてさらに飛び出し、グレムリンに襲いかかる。


「ッッッ!!!!!???」


 予想もつかない大跳躍に一瞬硬直したグレムリンは、飛びついてきたシルバーの拳と、一馬の4本爪をまともに食らった。


「ここだぁあッッッ!!!」


 金色の雷光が、天を貫く。


 パイルバンカーのように中指の爪跡から打ち出された雷光が、高層ビルの遥か上空まで、白いグレムリンを爆発的に打ち上げた。


「見えた! これで終わらせるッッ!!」


 屋上に再び待機していたアーリアは、一馬の雷光を見逃さず。


 人知及ばぬ技術量スキルのみで、星の地軸に空間・空気ごと干渉。力を一滴たりともあます事なく、自らに集中・流転させる。

 彼女の踏み込みだけでビルに大きく亀裂が走り、窓ガラスは全て砕け散った。


「はぁッッ!!!」


 彼女は、「渾身の」蹴りを放った。


 膨大なエネルギーに大気が電荷し、瞬時にプラズマ化。まるで世界を終わらせる大隕石墜落のような衝撃が、厚い雲を割り、空を一途に駆け抜ける。


「グッッッ!!?」


 打ち上げられながらもグレムリンは、死力を尽くして大光線を放った。


「カペッ……」


 鍔迫りえるわけもなく、紐がほどけていくように。白いグレムリンは全存在を、膨大な力そのものにかき消されて、完全にこの世から消滅していった。

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