グレムリンたちの襲撃開始から、1時間。
日が傾き始めた頃、真司がアーリアに報告したグレムリンの討伐数は、80匹を越えていた。
「かなり入り込んでたんだね」
「関係のない、街に潜んでたグレムリンも討伐したのかも。……それでもかなり多いね」
アーリアは遠くを見て、少し気の毒そうな様子で告げた。
彼女たちも20匹以上討伐し、街の住民たちやゴールデンウィークの観光客たちも、ある程度の避難をしたようだ。
シーフォートスクエアの屋上から見下ろすシナガワ区の通行は、一時的に停止され警察車両や探索者たちが住人や観光客を、襲撃に備えて防衛しているようだ。
「来たね。予想通り」
待ち構えていたアーリアたちの眼下に、不気味に身体をボコボコと泡立たせている、大きな白いグレムリンが現れた。
リーダー各なのか、グレムリン20匹ほどを率いて飛んでいる。
よく見ると体中に何かの模様が刻まれ、警察がテーザー銃や拳銃で牽制して、追跡しているようだ。
白いグレムリンが、アーリアと目が合う。
「いけない! 飛ぶよ!!!」
返事も待たず一馬の背を掴んで、アーリアは屋上から飛び出した。
直後にグレムリンの口から、ギィヨンッッッと光がまたたく。背後の給水塔と屋上の一部が、木っ端微塵に吹きとんだ。
「うわぁああッッッ!!! な、なんだぁッ!?」
「光線!! 警察と連携して! アレはアーリアが対処する!!」
手を離しつつ一馬は警察の方へ、アーリアは白いグレムリンに突っ込み、肉薄した。
「せえいッッッ……!!?」
彼女の一撃は確かに、白いグレムリンの腹部に風穴を開けた。
だが、直後に灼熱の感覚と、肉に圧迫される不快な感覚がアーリアの脚を襲う。
グレムリンの傷は、まるで絵を瞬時に取り替えたように、アーリアの脚を取り込んだまま完治していた。
「アーリアッ!!?」
「(コイツ、この再生力。まさか……!?)」
「ギツゥアッッッ!!!」
剣のように鋭い爪が、両脇から逃れられないアーリアを襲う。
「ふぅんッッッ」
身を震わせるだけでアーリアは見事爪を受けて、最小限の出血が飛び散る。同時にガパっと、グレムリンが口を開く。
「ッッ……!!」
接触距離で放たれる光線。アーリアは熱量に囚われず、専心。指先のみの「雨切り」で、迫りくる光線を真っ二つに切り裂いた。
「アーリアッ!!!?? え!?」
キンッッと言う、鍔鳴りの音。直後に飛び込んで来た棒状の物が、グレムリンの額に直撃した。
鞘。正確には、一見柄に偽装した長巻の鞘が、バネ仕掛けで飛び出し、グレムリンの額をしたたかに打ち据えたのだ。
「佐久間さんッ!!?」
バイクから飛び降りながら佐久間プロは、グレムリンたちに呼吸さえも悟らせず、薙刀に似た長巻きを、ぬるりと宙に走らせた。
ずるりっ、どしゃっ
殺傷音すらわずかに許さず。老獪かつ鋭利過ぎる切り口に、グレムリン4匹は何をされたのか一欠片も分からず、血の海に沈んだ。
「チッ……!?」
「グッッッオォ!!」
佐久間プロから舌打ち1つ。唯一切られても瞬時に再生した白いグレムリンが、身を引いたアーリアに襲いかかる。
「させっかァッ!!!」
「ギアァッッ!!??」
いななく排気音。反転したシルバーのバイクが、白いグレムリンを車輪で突き飛ばした。
翼を巻き込まれながら宙に逃げたグレムリンは、忌々しげに探索者たちを見下ろし身を震わせ始めた。
「んな……!?」
逃亡。しかも身を分身させて。5つに別れたグレムリンは、4体が再びガパッと口を開き。
「いかん!? 避けろ!!」
叫ぶ佐久間プロ。威力は先ほどではないが、乱射される拡散光線。
全員警官が応射しているパトカーの影に、何とか退避した。
「探索者さんたち!! なんなんでありますか!? あのモンスターはッ!?」
「見た目はグレムリンだけど!! デストルドーみたいな気配を感じるッ!! カズマくん追える!?」
すんっ、と鼻を鳴らす。
感じる。佐久間プロやアーリアが傷つけたおかげで、遠くなら完璧に血の匂いを嗅ぎ分けられる。
「行ける!!」
「シルバーさん!! 一緒に追って!!」
「だが!!!?」
「援護するから!! 逃がしたらまたッ……!!」
アーリアが足を魔法の水で冷やしながら叫んだ。
脳裏に蘇る空白。乗り手に応えるように、
「乗れッッ!!!!」
「はいッッ!!!」
アーリアと佐久間プロ。彼らと息を合わせた警察の射撃に合わせて、爆音を響かせ一馬とシルバーは飛び出して行った。
◇◇◇
バイト先の倉庫を出た直後、携帯から緊急警報が鳴り響き、どうにか彼はダンジョンの入り口まで駆けつけていた。
しかし、緊急警報の影響か、警備が物々しい。
駐車場から覗くだけでも、バタバタと駆け抜けていく職員が大勢居る。
いっそ、後部座席で寝ているグレムリンを解き放って、囮にするかと考えたが、あどけない寝顔に、伸びた手は何度も止まってしまっていた。
「くそっ……んっ!?」
何人も職員が駐車場を横切って出ていく。
どうやらここにもモンスターの襲撃があったらしい。偶然。強引に割り込めば、資材輸送用のダンジョン入り口まで飛び込めそうに、道が空いていた。
「今しかねえッッ!!!」
「クルッ!?」
アクセルを踏み込み、グレムリンが後部座席から投げ出される。停止バーを粉砕して車ごと敷地内に飛び込んだ。
警報がけたたましく鳴る。真人はすぐに車を降りて、ろくに後ろも見ずに、ダンジョンへと踏み込んで行った。
◇◇◇
爆音を響かせバイクが走る。グレムリンは時々こちらを向いては光線を放つが、シルバーのテクニックで見事に回避していた。
「このままじゃラチがあかねえ!! 何かねえか!?」
「とは言っても……!!」
届くような攻撃手段はない。ガサッとシルバーのイヤホンに、通信が入った。
〝シルバーくん、聞こえる!? 〟
「あん!? 佐藤、そっちは!?」
〝分身は片づけたよ!! グレムリン達も逃げ出して、佐久間さんたちが今追ってるの! どうにかしてもっと高い位置に、あの白いの吹き飛ばせないかな!? 〟
「吹き飛ばせないかな、つったって……!」
白いグレムリンの高度は、徐々に降下している。
周囲には高層ビル。グレムリンの攻撃で、斜めに壊れた高速道路。ニヤリとシルバーは笑った。
「一馬ぁあッッッ!!」
「はいッッ!!」
「悪魔みてえに! 俺と飛べるかッ!!」
「やれますッッ!!」
前輪を浮かせ、
異音に気づいたグレムリンが、さらに攻撃しようと口を開いた。
「弾けぇえッッ!!!」
シルバーの想定通り、一馬は熊手で地面を思いっきり弾いた。
バイクは宙を舞い、グレムリンの光線は直撃せず、背後で爆発を起こす。
高速道路にひとっ飛びで到達し、さらに加速。
全ニトロを連続解放。この一瞬に賭ける。
「飛べやぁああああああああッッッ!!!!」
「ロオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
壊れた高速道路を発射台に、高層ビルに到達。
そのまま壁走りしてさらに飛び出し、グレムリンに襲いかかる。
「ッッッ!!!!!???」
予想もつかない大跳躍に一瞬硬直したグレムリンは、飛びついてきたシルバーの拳と、一馬の4本爪をまともに食らった。
「ここだぁあッッッ!!!」
金色の雷光が、天を貫く。
パイルバンカーのように中指の爪跡から打ち出された雷光が、高層ビルの遥か上空まで、白いグレムリンを爆発的に打ち上げた。
「見えた! これで終わらせるッッ!!」
屋上に再び待機していたアーリアは、一馬の雷光を見逃さず。
人知及ばぬ
彼女の踏み込みだけでビルに大きく亀裂が走り、窓ガラスは全て砕け散った。
「はぁッッ!!!」
彼女は、「渾身の」蹴りを放った。
膨大なエネルギーに大気が電荷し、瞬時にプラズマ化。まるで世界を終わらせる大隕石墜落のような衝撃が、厚い雲を割り、空を一途に駆け抜ける。
「グッッッ!!?」
打ち上げられながらもグレムリンは、死力を尽くして大光線を放った。
「カペッ……」
鍔迫りえるわけもなく、紐がほどけていくように。白いグレムリンは全存在を、膨大な力そのものにかき消されて、完全にこの世から消滅していった。