グレムリンの襲撃から数時間前。ガン・ハンターズのベテランである
「よ。加減はどうだ」
「たった今、不景気なツラをみてしまったので、悪くなりました」
「そうか。軽口が叩けるほど元気で、何よりだ」
憂いを帯びた表情で、雨上がりの空を見つめていた沙耶は、本庄の方を見向きもせず吐き捨てた。
外をずっと眺めていた彼女は、彼が病院の入口から入ってくるのを目撃していた。
ベッドの下には叩きつけられたように、ガラス画面の割れたスマホが投げ出されている。
彼女はスマホを使う気には、どうしてもなれなかった。
使ってしまえば、先輩である爛子が、絶対に帰って来ない事実が書いてある気がして。
あまつさえ先日のダンジョン探索が、非難されている気がして。
触る事すら、彼女はずっと出来ずにいた。
「眠れたか」
「不本意ながら」
「報告書だ。今読むかどうかは、任せる」
「…………子供扱い。はぁ…………サイアク」
長い時間をかけて、彼女は噛み締めるように報告書を読んだ。
遊びのない文章で、爛子の死と遺体の回収経緯。損失。関わったモンスターの詳細が綴られている。
人の死だ。それも可愛がってくれた大好きな先輩の。だと言うのにたったこれだけ。たったこれだけの文章。あんまりだとしか、彼女は思えない。
「モンスター、が……?」
「ああ。佐藤氏のお陰だ」
「………………なっさけな」
「違いない。ベテランでもこの程度だ。幻滅したか?」
問いは返せなかった。あまりにも情けない。もちろん本庄たちを非難したいわけではなく、彼女は己の無力さに、苛立たしくて仕方が無かった。
「葬儀は本人の意思で、家の身内だけで行う」
「は? なんで?」
「…………彼女の、ご両親が、な」
「どういうことよ、ふざけないでっ……!?」
「知らん方が良い。絶対だ」
穏やかな口調だが、ピシャリと叩きつけられるように言われて、沙耶は身を竦ませてしまった。
詳しくは聞いていないが、爛子は実家の事を聞くと、必ずはぐらかしていた。周囲も軽めに聞いても本人に聞けの一点張りだったので、彼女は不審に感じていた。
なんとなく、仲が悪い程度では済まない、何かがある気がした。
「なあ、提案なんだが……」
その時だった。スマホからグワッグワッグワッと言う。緊急時独特の警報音が激しく鳴り響いた。
本庄は素早くスマホ画面を見た。子供でも分かるような、抽象化されたドラゴンモチーフのデザイン画が、画面いっぱいに表示されている。
黄色と黒で描かれた、万一色覚が薄い者でも見落とさないエリアメールである。
「沙耶!!」
「リモートでしょ!? 分かってるから早く!!」
沙耶はベッドから飛び降りると、割れたスマホフィルムを素早く剥がして、クラン用のリモートアプリを立ち上げた。
「全員リモート用意」
「各自、対モンスター防衛体勢は万全だな?」
本庄と沙耶は、手近な椅子と果物ナイフを念のため握り込んで、多数のメンバーが映るリモート画面を見つめた。
「あいよぉ」
画面右側の向こうでは、ガン・ハンターズのメンバーの1人、
「こっちもOKよ。始めて」
壁を背に周囲を油断なく警戒した沙耶が答えた事で、中央に映るダンジョン庁職員は連絡事項を話し始めた。
「今から35分前。ゴールドライセンス所持者から緊急襲撃宣言の要請が来た。アクセスコード名
「
「ユルスのクソどものネタだからな。……誰にも分からないのさ」
一条の皮肉に、他のメンバーも即座に情報を調べ上げ、頷いていた。
「準備はどうだ?」
「
「なんか、イイ感じに探索しやすい注意事項のおまけ付きだ。これなら、どんなボンクラでもマジで迷わねえぜ」
本庄の問いに、配信スタッフたちが答えた。
彼らはアーリアの探索予報を元に、素早く対応策を講じて見せていた。
「ホ。こりゃお釣りが出るな」
「各クランへの情報統制も、準備OKです!」
「よし、無茶な要求はダンジョン庁からの期待の表れだと思ってくれ。幸運を祈る」
「了解。私のテーザーでよければ……」
「お前のテーザーなんざ、
沙耶のどこか不安の残る言動に、一条はあえて厳しい言葉と温かい声音で、彼女に口を出した。
リモートが終了し、沙耶は深いため息をつくと、本庄に向き直った。
「行くわ」
「だが」
「死を、いいえ、殺しを1人でも知っている人の方が良い。でしょ?」
「引っ張られるなよ。共倒れはゴメンだ」
「こっちこそ、貴方たちとなんかクソ食らえよ。一条さんには、後で一発撃ち込んでやるわ!!」
カラカラと笑って準備する沙耶に、本庄は少々浮ついた危うさを感じたが、それでも今は手が足りないと彼は判断するしか無かった。
「弾代と修理代は請求するぞ」
「もちろん。命なんかより……ずっと、軽いもの」
彼らガン・ハンターズは沙耶を除いて、元陸上自衛隊の退役者たちのみのクランであり、元プロである。
ダンジョン庁とも関わりが深く、平均的な戦闘能力、許可されている装備面では、ストロング・ボックスの面々を大きく上回る。
沙耶は現役訓練生で新人だが、有能さを認められ、インターンで初の未成年メンバーとして、ガン・ハンターズに所属していた。