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第54話 ガン・ハンターズ

 グレムリンの襲撃から数時間前。ガン・ハンターズのベテランである本庄悟志ほんじょうさとしは、入院した阿賀羽沙耶あがはねさやの見舞いに訪れていた。


「よ。加減はどうだ」


「たった今、不景気なツラをみてしまったので、悪くなりました」


「そうか。軽口が叩けるほど元気で、何よりだ」


 憂いを帯びた表情で、雨上がりの空を見つめていた沙耶は、本庄の方を見向きもせず吐き捨てた。


 外をずっと眺めていた彼女は、彼が病院の入口から入ってくるのを目撃していた。


 ベッドの下には叩きつけられたように、ガラス画面の割れたスマホが投げ出されている。


 彼女はスマホを使う気には、どうしてもなれなかった。


 使ってしまえば、先輩である爛子が、絶対に帰って来ない事実が書いてある気がして。


 あまつさえ先日のダンジョン探索が、非難されている気がして。


 触る事すら、彼女はずっと出来ずにいた。


「眠れたか」


「不本意ながら」


「報告書だ。今読むかどうかは、任せる」


「…………子供扱い。はぁ…………サイアク」


 長い時間をかけて、彼女は噛み締めるように報告書を読んだ。


 遊びのない文章で、爛子の死と遺体の回収経緯。損失。関わったモンスターの詳細が綴られている。


 人の死だ。それも可愛がってくれた大好きな先輩の。だと言うのにたったこれだけ。たったこれだけの文章。あんまりだとしか、彼女は思えない。


「モンスター、が……?」


「ああ。佐藤氏のお陰だ」


「………………なっさけな」


「違いない。ベテランでもこの程度だ。幻滅したか?」


 問いは返せなかった。あまりにも情けない。もちろん本庄たちを非難したいわけではなく、彼女は己の無力さに、苛立たしくて仕方が無かった。


「葬儀は本人の意思で、家の身内だけで行う」


「は? なんで?」


「…………彼女の、ご両親が、な」


「どういうことよ、ふざけないでっ……!?」


「知らん方が良い。絶対だ」


 穏やかな口調だが、ピシャリと叩きつけられるように言われて、沙耶は身を竦ませてしまった。


 詳しくは聞いていないが、爛子は実家の事を聞くと、必ずはぐらかしていた。周囲も軽めに聞いても本人に聞けの一点張りだったので、彼女は不審に感じていた。


 なんとなく、仲が悪い程度では済まない、何かがある気がした。


「なあ、提案なんだが……」


 その時だった。スマホからグワッグワッグワッと言う。緊急時独特の警報音が激しく鳴り響いた。


 本庄は素早くスマホ画面を見た。子供でも分かるような、抽象化されたドラゴンモチーフのデザイン画が、画面いっぱいに表示されている。


 黄色と黒で描かれた、万一色覚が薄い者でも見落とさないエリアメールである。


「沙耶!!」


「リモートでしょ!? 分かってるから早く!!」


 沙耶はベッドから飛び降りると、割れたスマホフィルムを素早く剥がして、クラン用のリモートアプリを立ち上げた。


「全員リモート用意」


「各自、対モンスター防衛体勢は万全だな?」


 本庄と沙耶は、手近な椅子と果物ナイフを念のため握り込んで、多数のメンバーが映るリモート画面を見つめた。


「あいよぉ」


 画面右側の向こうでは、ガン・ハンターズのメンバーの1人、一条実いちじょうみのるが銃を片手にウインクしていた。


「こっちもOKよ。始めて」


 壁を背に周囲を油断なく警戒した沙耶が答えた事で、中央に映るダンジョン庁職員は連絡事項を話し始めた。


「今から35分前。ゴールドライセンス所持者から緊急襲撃宣言の要請が来た。アクセスコード名妖精の詩Elfen Lied。襲撃種はグレムリンを確認。総数は不明。変種と思われ、ダンジョン庁はコンパクトな解決を望んでいる」


総数ケツも見えねえのに、見つけ出して始末しろたぁ、言ってくれるぜ」


「ユルスのクソどものネタだからな。……誰にも分からないのさ」


 一条の皮肉に、他のメンバーも即座に情報を調べ上げ、頷いていた。


「準備はどうだ?」


探索予報Elfen Liedからの情報を掬って、グレムリンが居る可能性を段階ごとに、仮想データを構築しました。送ります」


「なんか、イイ感じに探索しやすい注意事項のおまけ付きだ。これなら、どんなボンクラでもマジで迷わねえぜ」


 本庄の問いに、配信スタッフたちが答えた。

 彼らはアーリアの探索予報を元に、素早く対応策を講じて見せていた。


「ホ。こりゃお釣りが出るな」


「各クランへの情報統制も、準備OKです!」


「よし、無茶な要求はダンジョン庁からの期待の表れだと思ってくれ。幸運を祈る」


「了解。私のテーザーでよければ……」


「お前のテーザーなんざ、期待アテにしてねえよ」


 沙耶のどこか不安の残る言動に、一条はあえて厳しい言葉と温かい声音で、彼女に口を出した。


 リモートが終了し、沙耶は深いため息をつくと、本庄に向き直った。


「行くわ」


「だが」


「死を、いいえ、殺しを1人でも知っている人の方が良い。でしょ?」


「引っ張られるなよ。共倒れはゴメンだ」


「こっちこそ、貴方たちとなんかクソ食らえよ。一条さんには、後で一発撃ち込んでやるわ!!」


 カラカラと笑って準備する沙耶に、本庄は少々浮ついた危うさを感じたが、それでも今は手が足りないと彼は判断するしか無かった。


「弾代と修理代は請求するぞ」


「もちろん。命なんかより……ずっと、軽いもの」


 彼らガン・ハンターズは沙耶を除いて、元陸上自衛隊の退役者たちのみのクランであり、元プロである。


 ダンジョン庁とも関わりが深く、平均的な戦闘能力、許可されている装備面では、ストロング・ボックスの面々を大きく上回る。


 沙耶は現役訓練生で新人だが、有能さを認められ、インターンで初の未成年メンバーとして、ガン・ハンターズに所属していた。 

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