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第53話 脳焼かれ共の挽歌/泣く子に勝てない

 一馬は、アーリアと共に、空を落ちていく。


 高層ビルの隙間を彼女に手を添えられて、飛ぶ。

 雨粒のように、地面に落ちれば砕けるのが必定だと言うのに。


 彼女の温もりと、風の音。わずかなウルミの音。

 それだけで、恐怖は微塵も浮かばなかった。


「どう。カズマくん。嗅ぎ分けられそう?」


「匂いは捉えてる。……近くに居る!!」


「上々だね。……居た」


 眼下にグレムリンが三匹。走る大型トラックの天井に張り付いて、獲物を吟味するように涎をまき散らしている。


 明らかに人間の気配に酔っている証拠。

 あのままでは、運転手が襲われ、大事故に繋がりかねない。


 アーリアは一馬に目配せすると、ウルミをムチのように使って街頭に巻きつけ、一気に大型トラックに接近した。


「仕掛けるよ!!」


「グエェッッ!?」


 空中で身をひねり、手を離して、それぞれ攻撃を開始する。


 まったく予期してなかった奇襲に、一匹がアーリアの蹴りで、胴体に穴を開けられて吹き飛んだ。


「このぉっ!!」


 一馬の爪で引き裂かれ、片翼をもがれたグレムリンは、道路から吹き飛んで店先の壁に激突し、血の花になった。


「ギギギッッ……バァアアア!!!」


 グレムリンが興奮のまま、八つ当たり気味に大型トラックの運転席めがけて、炎を吹き出す。


「え!? うわぁあああ!?」


「アーリア!!」


 ようやく気づいた運転手は、慌てて急ブレーキをかけて停車し、一目散にフロントガラスが溶け出す直前に逃げ出した。


 幸い気づいて居たのか、後方車両は追突せず停車。アーリアたちは一馬の手足の爪をスパイク代わりに使い、大型トラックから投げ出される事は無かった。


「ギヒヒヒヒッ!!」


 グレムリンが勝機を逃さず、空から回り込んで突っ込んで来る。


 停車の衝撃に伏せたので、体制が悪い。鋭い爪が、アーリアの細い首筋を狙って迫る。


「それ!」


 アーリアは一馬にしがみついていた手を離して、あえて停車の勢いを殺さず転がり、そのまま上下逆さまの踵落としを繰り出した。


「グエガッ!?」


 盛大に空振った爪はアーリアの首に届かず。逆に足が突き刺さり、追撃の一撃でグレムリンは討伐された。


 アーリアは急いで大型トラックが爆散しないように、そのまま杖を振って氷を作り出し、運転席を中心に鎮火した。


〝センセ。準備は終わった。音声を通信で送るから、頼む! 〟


 真司からの通信に、アーリアは一馬に手を軽く振ると、深呼吸を一度して、話し始めた。


「了解。妖精の詩Elfen Liedとして報告、かついたします」


「現在。複数のグレムリンが東京都内に潜伏し襲撃を確認中です。これをお聞きの探索者諸君。迅速な対応を求めます。予測場所は、シナガワ区近隣の海洋大学。シーフォートスクエア、ならびにそのモノレール周辺。シブヤ区方面は……」



◇◇◇



 控え室の襲撃から数分後、イベントホールでも、グレムリンの襲撃が発生していた。


「な、なんだこいつら!?」


「モンスター!? なんでこんな所に!?」


「グググゲェエエエ〜♪♪」


 グレムリンたちは、プロジェクターに繋がれたパソコンから、次々に飛び出してくる。


 当然、イベントを視聴していたストロング・ボックスの舎弟ファン視聴者リスナーたちも、明滅するカメラから事態を把握していた。


〝モンスターッッ!!!??? 〟


〝イベント、いや、あんな狭いホールでありえねえ!? 〟


〝やべえ!? 色変だけどグレムリンだぞ!? 〟


 密集地帯に大量の人間である。

 グレムリンたちは濃い人の気配にへべれけに酔い、手当たり次第狂うように、爪や尻尾で座席や機械を飴細工のように破壊している。


 全員一瞬、アタマが白み切り。


「「「きゃあああああああッッッ!!」」」「どいてっ!!」


〝うわっ人が!? 〟

〝マジかよ!? 〟


 必然的にグレムリンから離れようと、壇上に人が倒れる将棋のように、多く押し寄せる結果となる。


 何人かは足を踏まれたのだろうか。転倒して動けず。酔ったグレムリンの瞳に、まだ幼い少女の姿が映る。


「ひっ……!」


「二羽ちゃん!? ちょっと、退きなさいっ!!」


〝女の子が!? 〟

〝ちくしょうテロだ!? 〟


〝やめっ……! 〟


 母親だろうか。二羽と呼ばれた少女は悲鳴を上げきる事もできず。

 息を呑む声に、下卑た欲望のまま暴虐の愉悦に震え、グレムリンは身を低く構えた。


「おい」


 壁を蹴って銀色の影が、かばうように少女の前に降り立つ。


「俺のシマで、襲いかけたな?」


 なんの抑揚も無い声。しかしすべてのグレムリンは、涎を垂らしながら一斉に目を向けた。


 毛皮の一本一本の毛が、シルバーの異常なまでの激怒に反応して、波打ち逆立っている。


 「殺す」 


 真に殺意抱くモノに。気の利いた言葉は存在し得ない。


 脳裏に蘇るのは、赤ではなく空白の記憶。


 その衝動そのままに、シルバーは二匹纏めて腕に掴み、壁ごとグレムリンを削り砕いた。


〝総長! 〟

〝総長ぉおっおおぉおおおッッッ!! 〟


〝な、なんだあの毛、あんなの今まで、見たこと……? 〟


〝クソァッ!! 固定カメラじゃよく見えねえ誰かドローン飛ばせドローン!! 〟


〝んな事より通報! 通報!! 〟

〝通報したッッ!!!〟


 過剰に込められた破壊力のせいで、小指が一本逆の方向に折れたが、彼はまるで痛みを感じ無かった。


「ゲ!? カカカカカッッッ!!」


 残り3匹。デカいのが1匹。2匹が喉を膨らませる。炎。防ぐ気すら起きない。


「シッッッ……!!」


 長い足を生かしたヤクザキック。足の裏で頭部を口ごと潰されて、グレムリンは内側から炎上した。もう片方の炎が迫る。


「させるかぁああああ!!」


 果敢にもシルバーの付き人として来ていた茂木勇樹もぎいさきが、破壊された座席を構えて、炎を噴き出しかけたグレムリンに飛び込んだ。


「このっ! このっ!! いてぇ!? オラァア!!? あちぃ!? このぉおおッッッ!!!」


「ゲッ、ガゥ!? ガ、グゲッッ……!!」


〝おぉ、ナイスストロング!!〟


〝くっそ、デブしか見ええねえええええ!! だがマジでナイスゥウウウ!! 〟


 馬乗りにグレムリンを抑え、悲鳴交じりに半泣きで、それでも座席を何度も振り下ろして、めちゃくちゃに振り回される爪に、漏れる炎に驚き、傷つきながらも必死に振り下ろしている。


 ボコッ……と、異音。


 大きいグレムリンが、コンクリートの壁をやすやすと外して、持ち上げる。


 嫌らしい笑みを浮かべて、シルバーにこれ見よがしに振りかぶった。


〝な、なんだ今の不気味な音……!? 〟


〝見えねえ、総長……! 〟


 視聴者たちは、カメラの角度が合わず。

 観客たちはグレムリンの異常な怪力に、理解すら追いつかない。


「上等」


 なんのリキみもせず。ただ歩む。


 グレムリンの手からコンクリートの壁が、シルバーに勢いよく叩きつけられる。


 彼は目を瞑る事すら、面倒で止めていた。


「きゃあああぁぁぁあッッッ!!!??」


 悲鳴よりも遥かに響く、破壊、崩壊の音。鮮血。もうもうと舞い上げる、瓦礫の粉塵。


 下の階までそっくり破壊され、瓦礫が崩れ粗雑な階段のように、一階まで大穴が空いている。


「そ、総長……?」


 巻き込まれなかった勇樹はその深さに、ぞっ……として、ニタニタ勝ち誇るグレムリンに慄いた。


「死んだ……? 死ん、あぁあ!?」


〝んな、バカな……? 〟

〝だって、総長だぞ? 〟


〝でも下……〟


「くそっ……!」


「カクテルさん!? 藤由くん!?」


 マリ子が制止するように叫ぶ、2人は危険な穴に降り、シルバーを掘り起こそうと必死に瓦礫を手に取った。


「ふん、ぎぎぎぎぎぎッッッ!!」


「が、アアアアアアアッッ!!」


〝頑張れ!! 頑張ってくれ!! 〟

〝持ち上げろぉおおおおおおッッッ!! 〟


〝ああ、くそっ!! 後ろから来てやがる!? 〟


「アニキィイイイイイイッッッ!!!!」






「あいよォおォッッ!!!」


 バスンッッと瓦礫が一気に跳ね飛び、大きなグレムリンが、壁際に押し付けられる。


「グ、ルゥㇽㇽぁぁあアアッ!!!?」


 頭から血を流したシルバーが、大きなグレムリンの頭部を四本指で鷲掴みにしていた。


〝そ、そうちょおおおおおおお!!! 〟

〝そうちょおッッッ!!! 〟


〝総長!! 総長!! 総長!!! 〟


〝ストボス!! ストボス!! ストボス!!! 〟


〝おおおおおおおおおおおッッッ!!! 〟

〝ああああああああああああ!!! 〟


〝信じてたぜ、銀〟


「どぉした力自慢。タフさがまるで、なってねーぞォッッ!!」


 自身の爪が砕けるのも構わず、グレムリンは必死にシルバーの腕をかきむしり、握り締めている。


 だが、彼は邪悪に顔を歪め、踊る毛と皮に包まれた腕はびくともしない。


「オッラァッッッ!!!」


 さほど時間を置かず。ブクブクと口から泡を噴き出し、グレムリンの頭部は、シルバーの親指一本ごと砕かれた。


 同時に、歪んだホールの入り口が、急いで駆けつけた佐久間プロに蹴破られた。


「銀二! 無事か!!」


「遅えよ先々代!! バイクで行く! ちょうど道も出来た! ……ここだけじゃねえんだろ!!?」


「すまん遅れた! 準備する、お願いします!!」


 佐久間プロは現役時代の装備を身に纏い飛び込んできた。瓦礫に埋もれかけたバイクを見つけると、起こしそうとカクテルと藤由に声をかけた。


 二羽と呼ばれた少女が1人、呆然とシルバーを遠くから見つめている。シルバーは心配して歩みよった。


「嬢ちゃん。ハデに壊しちまったが、無事か?」


「こ」


「こ?」


「こわい、よォ……」


 シルバーが差し出した手は、指が折れ、血まみれで。


 少女は泣きじゃくるでも無く。拒絶するようにペタンと座り、必死に震えて、目を手の甲で覆い隠している。


「銀二……くん」


 呼びかける声も遠く、意識できず。

 銀二はその日。二羽に差し出した手を、すれ違わせる事しかできなかった。

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