渦中の男は、混乱の極みに合った。
指示書通りに、指定されたメモリーディスクを時間通りに差し込んで、出てきた会社名のアドレスを指定して、檻内部の映像を送った。
するとグレムリンたちが急に騒ぎ出して、次々に檻の天井に備え付けられていた、カメラの中に吸い込まれるように入って行き、どこかへ行ってしまった。
「ちょ、なんで、お前ら行くなッ!?」
制止の声を聞いてくれたのは、たった一匹だけ。
いつも餌を残している小柄なグレムリンだけである。
男はパソコンを必死に操作しようと試みたが、パソコンは操作を受け付けてはくれない。
電源を押し込み強制終了かけようと試みても、まったく反応がない。
コンセントを抜いても、影響無く稼働している。
男は非常に不気味に思い、指示書に記載されていた電話番号に電話をかけようと、机の上に置いたスマホに手を伸ばした。
振動している。スマホに表示された名前は、このバイトを紹介してくれた先輩だった。
男はすぐに通話ボタンを押した。
「も、もしもし!?」
〝おい! いま送った動画見たか、
「動画!?」
通知をチェックし、ライブ動画を開く。
そこには、白いドレスに五芒星のようなデザインの入った服を着た少女が、グレムリンのような銅像を背に演説していた。
〝昨今、エルフなど人間以外の異生物が、この世界では確認されている!! 〟
〝そもそも! 我々を嗜好品と断じる生き物と、相入れる訳が無いのだ!! 〟
〝即刻すべて予断なく殺処分し、ダンジョンを軍事的に侵攻できる軍隊を新たに組織すべきだ!! 〟
〝我々は本気である! 本気で渇望している!! その証拠に、既に民衆にモンスターの脅威を知らしめるため、グレムリンを世に放った!! 〟
「せ、先輩!! これって……!?」
〝持てるもん持って逃げろ!! ダンジョンなら連中の手も届かない! 俺も行……あぁあッ!? 〟
「先輩! 先輩ぃい!!?」
通話からは、軽く何かがぶつかる音と、悲鳴。モンスターのような声に、何かを強くぶつけるような音のあと、通話が切れた。
「く、クソッ……!」
素早く荷物を集めて部屋を出ようとした所で、檻の中のグレムリンと目が会った。
潤む瞳でこちらを見つめている。彼は大きくため息をつくと、鍵を錠前に差し込み、開けた。
「行け! 行くんだ! って、お前……?」
「クルルゥ……!」
グレムリンは真人の後を飛んでついてくる。
このままでは悪目立ちすぎると思い、そっと首根っこを捕まえて、荷物ごと車の後部座席に投げ込んだ。
「ちくしょう……! マジでなんだってんだ!?」
〝我々の名は……! 〟
◇◇◇
「ユルス会?」
つま先で軽く触れるだけで、一馬の押さえていたグレムリンを討伐し、見下ろしていたアーリアが佐久間プロに問い返した。
「犯行声明が出てます。ご丁寧に、こちらに送りつけてきたようです」
佐久間プロが開いたノートパソコンには、白いドレスに五芒星のようなデザインの入った服を着た少女が、グレムリンのような銅像を背に演説している。
声は少女の物そのものだが、背景も含めて、CGを被せて演説しているようだ。一馬が怒りを押し殺すように拳を握りしめた。
「フザけてる……!」
佐久間プロはパソコンを操作し、コメント表示を呼び出して、アーリアたちに見せた。
〝なんだ、これ? 〟
〝ユルス会の公式チャンネルだよな? 〟
〝ユルス会って、なんぞ? 〟
〝世界的なモンテロ……モンスター被害者を支援してる団体だよ。黒い噂も絶えねえけど〟
〝支援って言うか、過激派だろ? 〟
〝この子可愛いなwww〟
〝グレムリンなんか居るわけ無いじゃん。ちゃんと対策されてんだからさ〟
〝じゃ、フェイクか、チャンネルジャックして、どっかのバカが好き勝手してんのか? 〟
〝イベントじゃね? 〟
〝春先だしなぁ……〟
「フェイク。あるいは、ゴールデンウィークのイベントとだと思っている人々が、現在では大半のようです。……提案が」
佐久間プロが言い切る前に、アーリアはライセンスカードを佐久間プロに預けて、彼の発言を制した。
「緊急襲撃宣言を要請。同時に繋がる探索者全員でグレムリンを探索、討伐。ここの編成割りは、私と一馬くん、真司さんは通信でバックアップ。禀さんは警察がすぐに飛んで来るから、後は佐久間さんと彼らの指示に従って」
シルバーライセンス以上の登録カードを使えば、即時ダンジョン庁に掛け合い、全探索者たちに、対モンスターにおける緊急防衛要求を要請する事ができる。
もちろん。虚偽の報告を行った場合は責任を取らなければならないが、この場合は正当な行動とみなされるだろう。
「……ですが」
佐久間プロは渋い顔を浮かべた。対応に間違いは無い。だが都心は広い。まして、相手は電子の海を苦も無く飛行する怪物。
一度解き放たれてしまった大都市のモンスターを探索する事は、見渡す限り広大な砂漠で、小さな針を複数拾い上げる偉業に等しい。
専門家をもってしても、見つけ出すのは困難を極める。いくら探索者全員でも、すぐに対処できるとは思えない。
「あのね。アクセスコードは、私の
アーリアは絶対の自信を持って、得意げに骨伝導マイクとイヤホンを取り出して答えた。
真司は既にニヤリとアーリアに笑いかけて、自慢のマッピングアプリの数々を、パソコン上で立ち上げて待機していた。
「アーリア。今まで生きてきて、ダンジョンに逃げ込んだ悪い人やモンスター。逃がした事なんて、生涯一度も無いもの」
不適に笑いかけて、何も知らないスタッフたちが呆然と見つめる中。
アーリアが一馬を誘うように、ビルの窓から止める間もなく、飛び出して行った。