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第52話 グレムリン・テロリズム

 渦中の男は、混乱の極みに合った。


 指示書通りに、指定されたメモリーディスクを時間通りに差し込んで、出てきた会社名のアドレスを指定して、檻内部の映像を送った。


 するとグレムリンたちが急に騒ぎ出して、次々に檻の天井に備え付けられていた、カメラの中に吸い込まれるように入って行き、どこかへ行ってしまった。


「ちょ、なんで、お前ら行くなッ!?」


 制止の声を聞いてくれたのは、たった一匹だけ。

 いつも餌を残している小柄なグレムリンだけである。


 男はパソコンを必死に操作しようと試みたが、パソコンは操作を受け付けてはくれない。


 電源を押し込み強制終了かけようと試みても、まったく反応がない。

 コンセントを抜いても、影響無く稼働している。


 男は非常に不気味に思い、指示書に記載されていた電話番号に電話をかけようと、机の上に置いたスマホに手を伸ばした。


 振動している。スマホに表示された名前は、このバイトを紹介してくれた先輩だった。


 男はすぐに通話ボタンを押した。


「も、もしもし!?」


〝おい! いま送った動画見たか、真人まなと!? 〟


「動画!?」


 通知をチェックし、ライブ動画を開く。


 そこには、白いドレスに五芒星のようなデザインの入った服を着た少女が、グレムリンのような銅像を背に演説していた。


〝昨今、エルフなど人間以外の異生物が、この世界では確認されている!! 〟


〝そもそも! 我々を嗜好品と断じる生き物と、相入れる訳が無いのだ!! 〟


〝即刻すべて予断なく殺処分し、ダンジョンを軍事的に侵攻できる軍隊を新たに組織すべきだ!! 〟


〝我々は本気である! 本気で渇望している!! その証拠に、既に民衆にモンスターの脅威を知らしめるため、グレムリンを世に放った!! 〟


「せ、先輩!! これって……!?」


〝持てるもん持って逃げろ!! ダンジョンなら連中の手も届かない! 俺も行……あぁあッ!? 〟


「先輩! 先輩ぃい!!?」


 通話からは、軽く何かがぶつかる音と、悲鳴。モンスターのような声に、何かを強くぶつけるような音のあと、通話が切れた。


「く、クソッ……!」


 素早く荷物を集めて部屋を出ようとした所で、檻の中のグレムリンと目が会った。


 潤む瞳でこちらを見つめている。彼は大きくため息をつくと、鍵を錠前に差し込み、開けた。


「行け! 行くんだ! って、お前……?」


「クルルゥ……!」


 グレムリンは真人の後を飛んでついてくる。


 このままでは悪目立ちすぎると思い、そっと首根っこを捕まえて、荷物ごと車の後部座席に投げ込んだ。


「ちくしょう……! マジでなんだってんだ!?」


〝我々の名は……! 〟



◇◇◇



「ユルス会?」


 つま先で軽く触れるだけで、一馬の押さえていたグレムリンを討伐し、見下ろしていたアーリアが佐久間プロに問い返した。


「犯行声明が出てます。ご丁寧に、こちらに送りつけてきたようです」


 佐久間プロが開いたノートパソコンには、白いドレスに五芒星のようなデザインの入った服を着た少女が、グレムリンのような銅像を背に演説している。


 声は少女の物そのものだが、背景も含めて、CGを被せて演説しているようだ。一馬が怒りを押し殺すように拳を握りしめた。


「フザけてる……!」


 佐久間プロはパソコンを操作し、コメント表示を呼び出して、アーリアたちに見せた。


〝なんだ、これ? 〟


〝ユルス会の公式チャンネルだよな? 〟

〝ユルス会って、なんぞ? 〟


〝世界的なモンテロ……モンスター被害者を支援してる団体だよ。黒い噂も絶えねえけど〟


〝支援って言うか、過激派だろ? 〟


〝この子可愛いなwww〟


〝グレムリンなんか居るわけ無いじゃん。ちゃんと対策されてんだからさ〟


〝じゃ、フェイクか、チャンネルジャックして、どっかのバカが好き勝手してんのか? 〟


〝イベントじゃね? 〟

〝春先だしなぁ……〟


「フェイク。あるいは、ゴールデンウィークのイベントとだと思っている人々が、現在では大半のようです。……提案が」


 佐久間プロが言い切る前に、アーリアはライセンスカードを佐久間プロに預けて、彼の発言を制した。


「緊急襲撃宣言を要請。同時に繋がる探索者全員でグレムリンを探索、討伐。ここの編成割りは、私と一馬くん、真司さんは通信でバックアップ。禀さんは警察がすぐに飛んで来るから、後は佐久間さんと彼らの指示に従って」


 シルバーライセンス以上の登録カードを使えば、即時ダンジョン庁に掛け合い、全探索者たちに、対モンスターにおける緊急防衛要求を要請する事ができる。


 もちろん。虚偽の報告を行った場合は責任を取らなければならないが、この場合は正当な行動とみなされるだろう。


「……ですが」


 佐久間プロは渋い顔を浮かべた。対応に間違いは無い。だが都心は広い。まして、相手は電子の海を苦も無く飛行する怪物。


 一度解き放たれてしまった大都市のモンスターを探索する事は、見渡す限り広大な砂漠で、小さな針を複数拾い上げる偉業に等しい。


 専門家をもってしても、見つけ出すのは困難を極める。いくら探索者全員でも、すぐに対処できるとは思えない。


「あのね。アクセスコードは、私の妖精の詩Elfen Liedで良いよ。あなたの懸念通り、地下鉄を含めるとダンジョンよりずっと複雑で、人間さんも沢山居るし、難しいかもだけど……」


 アーリアは絶対の自信を持って、得意げに骨伝導マイクとイヤホンを取り出して答えた。


 真司は既にニヤリとアーリアに笑いかけて、自慢のマッピングアプリの数々を、パソコン上で立ち上げて待機していた。


「アーリア。今まで生きてきて、ダンジョンに逃げ込んだ悪い人やモンスター。逃がした事なんて、生涯一度も無いもの」


 不適に笑いかけて、何も知らないスタッフたちが呆然と見つめる中。


 アーリアが一馬を誘うように、ビルの窓から止める間もなく、飛び出して行った。

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