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第51話 404 not found

 朝。都内シナガワ駅から降りて町中を歩き、そう時間をかけずアーリアたちは、目的の建物前へと到着した。


「ここだね」


 見上げれば箱型の建物が、視界のほとんどを覆っている。


 警備員スタッフに証明書を見せ中に入ると、広いホールが広がっていた。どこかホテルのような印象を受ける。


 見覚えのあるバーコード頭が振り返った。どうやら隣の色つきサングラスをかけた男性と、談笑していたようだ。


「どうも。お疲れ様です。皆さん」


「お疲れ様です、佐久間さん。申し訳ありませんが、ご連絡差し上げた通り家の聖は、まだ入院中でして……」


「いえいえ、そもそもこちらが気を使わせてしまった結果ですから、誠に申し訳なく……」


「お気にし過ぎないで下さい。どこまでも、こちらの判断で行った事ですので……」


 敬語で話していたアーリアの視線と、隣の男性の目が合った。男性はにこやかに片手をあげて陽気に挨拶してきた。


「どうも〜、わたくしカクテル中崎と申します〜」


「はじめまして、アーリアって言います。ふふっ、普段からそうなんですか? カクテルさん?」


 いかつい容姿からは想像できないような、間延びしたひょうきんな声が飛び出して、つい少し強張っていたアーリアの表情がほころんだ。


 カクテル中崎。数々のラジオパーソナリティ、イベント司会、さらには声優業などを手がけるマルチタレントである。


 今回、リアルイベントとして開催される、TDD公式生放送イベントの司会者として、彼はここで待機していた。


「ほぼ素ですねぇ〜お噂はかねがね〜、配信も拝見させていただいてます〜皆さん〜」


「あ、どうも恐縮です……」


「なんや、別にクマ吉が出るわけあらへんやろ?」


「き、緊張するに決まってるだろ? カクテルさんだよ!?」


「カクテルさんですよぉ〜? いやあ、本当にクマに変身するんだから、すごいよね〜?」


「は、はい! 織田一馬って言います! お会いできて光栄です!」


 カクテルはTDDでも声優として、一線で活躍している。いわゆるモブ役だが、妙に濃い役どころと印象深い演技で、プレイヤーたちの注目を集めていた。


「こちらこそ〜、抽選席漏れはざ〜んね〜んだけど、裏側は始まる前にたくさん見学していいから、みんな楽しんでね〜」


「は、はい!」


「よろしくお願いだね、カクテルさん。ところで、シルバーさんは?」


「先に参加声優様方と一緒に、スタッフと確認作業に入ってます。子供の頃から好きなんですよ、彼」


 雑談しながらイベントホールに入ると、顔見知りのストロング・ボックスメンバー数人と、イベントスタッフたちが慌ただしく準備に勤しんでいた。


 小型の映画館のような印象を受けるが、暗幕が後ろに張られている。


 今回はいつもの横断幕に、シルバーの愛車であるバイクも左右スペースに飾りつけられている。


 プロジェクター用の大型投影シートも、正面に吊り下げられていた。


「わ〜……本当に居るよぉ……。宮白みやしろさん……」


「桐絵さんも、居る……」


 宮代藤由、桐絵マリ子。それぞれ、TDD主人公のダイアン・ナイフマンと、メインヒロインであるバクティ・ヨールマーを演じる若き名声優たちである。


 2人ともシルバーと仲良さそうに、談笑しながらセットを整えていた。


「奥、開発プロデューサーのナガブチサトルさんもおるやん……!」


 段取りをチェックしているのだろうか。元、ダンジョン探索シルバーライセンス所持者であり、現TDD開発プロデューサーの1人。


 ナガブチサトル氏も、トレードマークの10面ダイスイラスト入りのシャツを着て仕事に勤しんでいる。


 技術屋である真司は、元マッパーで一線級で活躍した、彼の大ファンだった。


「ほらほら、ここでボーとしていてはよくないんじゃ無いですか? 皆さん、ちゃんと控え室に向かわないと」


「そ、そうだった。行こっか、今は邪魔にしかならないもんね」


「ああん、いけずぅうぅう……!」


 禀の指摘でシルバーたちに手だけ振って挨拶し、気持ちの悪い言動の真司を引きずり、アーリアたちは控え室に向かった。



◇◇◇



 たっぷり用意してきたアーリアの名刺が、交換を終えると1枚も無くなってしまった。


 それだけ多くの人物と挨拶し、慣れない事で少々疲れた頃。体格の良いカクテルが担いで、スタッフと共に飲み物を配り始めた。


 カクテルは疲れているだろうと察し、早めにアーリアたちに飲み物を差し出してくれた。


「慣れないで疲れたでしょ〜、はい」


「ありがとう、カクテルさん。ふぅ……」


「トップバッターだもんね〜。リハ見てたけどよかったよ〜。近くで良く見るとやっぱコスプレと違って、歴戦の装備なんだね〜、カッコいい〜!!」


「あはは……、ありがとうございます」


 禀が照れながら返事を返した。


 アーリアは、既にいつも通りの探索者としての格好に着替えている。


 サプライズイベントである前説で彼女は、会場の注意事項を壇上で読み上げる予定だった。


「会場もそろそろ人入れるってよ。おーい! 藤由! マリ子さん!」


「はいはーい。どうしました?」


「シルバーくん、どーしたのー?」


 スタッフと打ち合わせをしていた声優陣2名が、返事をしながら彼らの近くに来てくれた。


 毎日TDDで聞いている美声を前に、アーリアは天にも登るような、恍惚の表情を浮かべ始めた。


「アーリア。もう、ここに住みたいよう……!!」


「気持ちいはわかるよ、アーリア」


「何言ってんだお前ら? ま、いいや。ファンなんだってよ」


「お、マジですか!! うれしいです! サイン要ります?」


「本当!? 是非、この鎧に!!」


「それは駄目ですアーリア先生!! 広告になっちゃいます!!」


 禀の的確なツッコミに、全員どっと沸いたあと、快く彼らは全員分色紙にサインしてくれた。


 その後円陣を組み全員で気合を入れ、アーリアの前説が始まった。


「TDD公式イベントにお越しの皆様! イベントに先立ちまして、アーリアからお願いがあるよー!!」 


「キャー! うっそ、マジでエルフ先生だー!!」

「うお。マジか!?」「出るって噂、マジだったのかよ!?」「エルフ先生ー!!?」


 サプライズに騒々しく観客たちは黄色い声援を上げるが、アーリアは笑顔で彼らに小さく手を振った。


「イベント中の携帯電話、スマートフォンと言った、通信機器のご利用は控えてねー! 先生とのお約束だよー!」


「「「はーい! せんせー!!」」」


「じゃあみんな、イベント楽しんでねー! アーリアもガチャ待ちするよー!!」


「「「はーい!!」」」


 前説は無事に終わり、イベントが始まった。


 アーリアたちは、出入りするスタッフの邪魔にならないように、控え室でその様子を眺めていた。


「うわっ、コラボキャラ。シルバーさん、まんまじゃん!」


「アーリアよく見て。声優さんは流石に本人じゃないみたい、だけど……ふぇえ……」


「うわっ、イラストカッコいい……!!」


 一喜一憂しながら、全員で手渡されたタブレットを覗き込んでいた。


 会場のコメントを見るに、イベントも大成功。

 ほくほく顔でアーリアたちは、シルバーモチーフのキャラクター実装を心待ちにしていた。


 イベントも終盤に差し掛かり、スタッフたちも撤収の準備を始める頃。


 それは前触れの無い通知だった。控え室で作業する中。スタッフの1人が、備え付けられたノートパソコンに送信されてきた、奇妙なメールを確認していた。


「なんだこりゃ、誰か分かるか?」


 パソコンのメールボックスに表示されているのは、httpで始まるプロトコルを経由したメールでは無い。


 httpのメールと混在しているせいで、ブラウザからの警告が表示されている。


「エラー出てるな。どこのバカだよ。こんなもん突然送りつけて来たのは?」


 スタッフの中でパソコンに詳しい1人がメールを消去するために、ゴミ箱アプリへとメールを移そうとした。


 その時だった。ぬっと、パソコンの画面上に暗い影が表示されてきた。


「は?」


 画面から突然飛び出てきた毛むくじゃらの手が、パソコンの縁を掴んでいる。


「な、な、なんだこりゃあ!!?」


「キャアアアアアアアアア!!!?」


 意味が分からない現象に、ガタッとスタッフたちは、立ち上がって一斉に身を引いた。


 女性スタッフのただならない悲鳴を聞きつけ、アーリアは浮ついた気分から即座に脱却し、敏感に反応した。


 悲鳴を聞きつけた佐久間プロが、廊下から控え室のドアを蹴破るのと、パソコンから這い出てきたそいつらが、コウモリのような破けた茶色い翼を広げたのは同時だった。


「グレムリン! 全員机の下に伏せて!!」


「わぁああ!!?」


 突然の事でパニックになりながらもスタッフたちは、アーリアの呼びかけで机の下めがけて、頭を守りながら伏せた。


「げっげっげっゲゲッエ!!」


「ふんッ!」


 伏せたスタッフに鋭い四本爪で襲いかかろうとしたグレムリンを、手に持っていた資料を投げつけて、佐久間プロは上手く牽制した。


 紙束を投げつけられて注意を引かれたグレムリンたちは、一斉にアーリアたちに襲いかかってくる。


「ふッ……!」


「このぉッ!!」


 アーリアと一馬は、佐久間プロの脇をすり抜けて、飛びかかってきたグレムリンに応戦した。


 アーリアは飛びかかってきたグレムリンを、飛び膝蹴りで頭部を弾き飛ばす。


 一馬は変身しながら飛びかかってきた1体を、爪で貼り付けにするように壁に押さえつけた。


「グググ……グゲェ!!」


「グレェ! グレッ!!」


 1体大きめのグレムリンが叫ぶと、全員で翼をいきなり強く動かし始め、机上の紙が宙を舞い、視界を覆われてしまった。


「だめ! 逃がしちゃっ!!」


「ギギギ、バーァアアアアア!!!」


 グプッ……と喉元が膨らんだグレムリンが、口から粘性のある液体と炎を吐き出し始める。


 狙いは宙を舞う紙と、伏せたスタッフ達だった。


「うわぁあああああ!!?」


「くっ…………!?」


 アーリアが机に手をついて、身体ごと横に回転するように足先を振るう。


 それだけで、液体燃料系の火炎放射器のような攻撃は、またたく間にすべてかき消された。


 だが、炎が晴れるとまるで最初から何も居なかったように、グレムリンたちは忽然とその場から姿を消していた。

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