怪物の三原則と、原理というものが存在する。
一つ、怪物は言葉を喋らない
二つ、怪物は正体がわからない。
三つ、怪物は不死身である。
そして、怪物の原理とは。
判明した時点で、人の手に決して、負える事のできない物でなければならない。
すいっと細い指先が、鈍い輝きの刃先を取り出しす。
ちくり。真っ白い腕に、切っ先が沈む。
ジワリと生命そのものを示すように、白い腕を伝って、鮮血は地面に流れ落ちるかに見えた。
「えっ」
目撃したことのないアーリアは、驚いてしまった。
地面に落ちる前に、血液は沸騰したかのように泡立ち始め、異様に増殖して1つの形を作る。
「ゴブ☆」
禀は頭を抱えた。人の気も知らないで、ノリノリで親指を立て、ヒーローのようなポーズを決めて、何も着ていないゴブリンが一匹。
禀の血液からたった今生まれたかのように、そこにふんぞり返っていた。
「なんであなたたち揃いも揃って、ノリノリでポーズキメて出て来るんですか? バカなんですか?」
「ゴブ☆」
「いや、女子高生みたいな、キメキメのポーズ取らないで下さいよぉッ!!」
「ゴ☆ブ……?」
「星の順番じゃありませぇん!!!」
「ぶふっ」
意思疎通はできているのかいないのか、からかわれているのか。
吹き出したアーリアをよそに、禀は困った表情で、顔を真っ赤にして裸のゴブリンに食ってかかっている。
いきなり生まれたゴブリンに、精霊ブタは驚きながらも、周囲を犬のようにぐるぐる回っている。
人、モンスター。精霊。ある意味祭りか何かと思われかねない。実にシュールでカオスな光景である。
「まあ、こういう事情なんだよ。何か思い当たる事ってある。アーリア?」
「ええっと、ちょっと無いないかなぁ。でも、ゴルゴンって知ってる?」
「ギリシャ神話の?」
「そう。あのね。首を切り落としたら、鮮血からペガサスや、他のモンスターが次々に生まれたって残ってるの」
「伝説……だっけ?」
「伝説だね。でもどうして遺書を? こんな力を持ってるから、モンスターみたいに討伐でもされるとでも思ったの?」
「…………はい。少し、言い出しづらくって」
「気持ちは分かるけど、アーリアはそんなこと無いよ。でもゴルゴンはともかく。流石にどうなってるのか、見当もつかない、かな……」
禀の詳しい説明では、血が空気に長い時間触れるとモンスターが生み出される。手で今のように押さえるか、血が固まっていれば、モンスターは生まれない。
最初に気づいたのは過去、雪山で酷い崖崩れに遭遇した時。大きなケガをしてしまって出血し、もっと大きなモンスターを出した事もあるのだと禀は説明した。
「おっきなモンスターって?」
「あの時は気絶しかけてて、何か、半端に崩れたような翼を持った、トカゲ、みたいな……?」
「僕も居合わせたんだけど、雪が酷かったし、すぐに背を向けてどこかに行ったから、詳しくは……」
「そうなんだ。それにしてもこの子。人間酔いしないね?」
「人間酔い?」
「以前モンスターにとって、人間さんはお酒やタバコだって、言った事があるでしょ? そんな風に普通少しは酔うんだけど……?」
ゴブリンは特に禀たちを気にもとめず、精霊ブタと砂利を掴んで遊んでいる。まるで無邪気な人間の子供のようである。
「先生、申し訳ありませんでした。弟子入り志願したのも、実はこれをなんとかしたくて……」
「まあ、事情はあると思ってたし、良いよ」
「おい、話は……ゴブリン?」
「あっ」
ずっと待たされていたシルバーが帰ってきた。
ゴブリンは陽気に相貌を崩して、精霊ブタに乗り込もうとしている。
完全に彼を失念していた3人は、結局禀の事情も含めて、シルバーにすべて説明することになってしまった。
◇◇◇
アーリアが杖を振ると、池の水がひとりでに持ち上がった。
さらに杖を振ると、くるくるくるくると縦回転に輪っか状に回り始めた。
速度はそれほど速くないが、まるで半透明なタイヤが、空中で回っているかのような光景である。
「アーリア。これが?」
「そうだよ。まだ早いかもだけど、一馬くんは1回もう、できちゃってたみたいだからね」
アーリアはくるくる回る水タイヤに、スイッと軽く手刀を通した。
「触ってみて。濡れて無いでしょ?」
確かに目の前でアーリアは水に手を通したはずだった。だが、一馬が触っても湿り気はまるで感じなかった。
「本当に濡れて無いんだな……?」
「うん。これがアーリア流の極意。
「そうなの?」
「あとは全部応用だもの。でも、簡単にはいかないよ」
「そりゃ、簡単にはできないだろうが……魔法じゃな無いんだろうが、どういう理屈の修行なんだ?」
「えっとね。メインはあくまで一番やりやすい水分干渉かな、応用すれば物質結合そのものを解く、逆もまた然りで、突き詰めていけば貫通、干渉技になるわけ」
アーリアがさらに杖を振って、水車を3つ。手を乾かす用の小さな炎と、渦巻く小さな風を作り出した。
全員で挑んでみるが、足や手、そのあたりで拾った木の枝、大きめの砂利まで成功させるアーリアと比べて、成功できる者は誰1人も居なかった。
「なんか、コツねえのか……!?」
「ぜ、ぜんぜんできません……!」
「ん〜……1回しか挑戦できないって、思い込むくらい深く集中することかなぁ。あとは
「あー……ますますわけがわからねえぞぉお?」
「………………」
一馬は金色の爪を出した感覚を、深く思い返した。チリチリと中指の先が、焦げるように感じる。
フッ……と水の流れを崩さず、手を通せた。
「お?」
手ごたえを感じて、握り込んでみる。
滴る程ではないが、手は残念ながら湿り気を帯びていた。
「…………駄目だ、さっきより濡れて無いけど、ぜんぜんできてない」
「おー……今の感覚を忘れないで。お風呂に入る時にでも、1日1回だけやると良いよ」
「何回もやるのは駄目なのか?」
「一点集中が重要だよ。今日はアーリアが見てるから、良いけどね」
「☆ゴブ〜ブババババ!!」
「あっ、ちょっとぉ!?」
ゴブリンが楽しそうに真似をしようとして、ずっこけて頭から水タイヤに突っ込んでしまった。
「そういやコイツ。どうすんだ?」
「猫くんたちと喧嘩しないなら、家でいろいろ調べてみるよ。現状この子しか、禀さんのこと手がかりないし……?」
「そうか。それもそうだな」
過去。モンスターに何度も襲われたシルバーは、水タイヤの中でぐるぐる回され目を回しているゴブリンに、呆れながらもどこか心を許せない、自分を自覚していた。