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第49話 彼女の事情

餌の用意はいつでも郵送で、冷凍して送られてくる。

 檻は頑丈で、網目も細かく、モンスターが外に出ることは無い。


 大型レンジで温めて、定期的に奴らの餌場に餌を落とすだけ。


 教えれば自分たちの粗相も掃除するし、道具も壊さない。猿よりもずっと知能は高い。


 犬や猫を同数飼うよりも、楽な仕事と彼は感じていた。


 ここ1ヶ月で、モンスターたちは随分と男の言う事を聞くようになった事に、彼は驚いていた。


「また残してやがるな」


 男は目の前のモンスターたちに、一匹一匹見分けがついていた。翼の欠け方や性格。毛艶の色や、目の形ですっかり見分けが付くようになっていたのだ。


「もう、明日かぁ……」


 壁際に吊られたカレンダーの日付に、丸印がされている。3日前に送られてきた指示書と、メモリーディスク。


 男は内容を既に確認済みだった。イベントでとある会社がこのモンスターたちを、明日の朝から使うらしい。


 当日は指定されたメモリーディスクを時間通りにノートパソコンに差し込んで、出てきた会社名のアドレスを指定して、檻内部の映像を送る。


 モンスターたちの生映像を見せて、宣伝広告に使うのだという。


「変わったバイトだよなー、なぁ?」


 男の問いに、モンスターたちも牙を見せて笑った。

 その後、少し相場よりも高めの金額が支払われる。男は1ヶ月の付き合いで、素直なモンスターたちに、淡い愛着を持ち始めていた。



◇◇◇



 場所は聞いた事はあったが、実際に来るのは初めてだった。


「(こんな道つーか、バスあったのか、おっ?)」


 信号でバイクを停止させていると、見覚えのある後頭部と岩でできたようなブタが、バス停から降り立った。


「よう。リン、つったか? 嬢ちゃん」


「え? えっと……?」


「俺だ、俺さんだ」


 フルフェイスヘルメットのバイザーを上げると、シルバーの目元が出てきた。禀は一瞬呆気に取られたが、声でシルバーだと思い至った。


「あ、どうも……」


「乗ってけ。俺も佐藤に用事だ」


「わっ」


 後部座席に括り付けたヘルメットを、シルバーは禀に軽く手渡した。


「え、なんのご用事でしょうか……?」


「あんな事があっただろ。どうせ明日会うがその前に、……顔見とくのが、スジだと思ってな」


 明日はTDDの公式公開イベントであり、シルバーはコラボイベントのゲストとして、アーリアは観客への前説をそれぞれゲーム公式運営から、依頼されていた。


 言われるままにヘルメットを付けて、禀は遠慮気味にバイクに跨ろうとした。


 だが、禀の足元に立っていた精霊ブタが、大きくなってシルバーを潤んだ瞳でじっと見つめて、遮ってしまった。


「なんだ、専用が居るんじゃねえか。なら道案内を頼むぜ」


「あ、はい……」


 禀はすっかり慣れ始めた、精霊ブタの背によじ登って座り込んだ。


 あまり人とすれ違わず。さほど時間をかけず、神社まで辿り着いた。何か、バジバジと言う火薬が連続で弾けるような、妙な音が遠くから聞こえる。


「なんだ? 春祭りにしちゃ、のぼりがねえぞ?」


「バクチクの音じゃ、無いと思いますが……?」


 境内の裏手に回ると、一馬が右腕を押さえながら、中指の先から金色の光を放っている。


 青筋を立てて全身汗びっしょりで、アーリアが中指に左右手を触れずに添えて、何かを制御しているように見えた。


「くっ……、ぬぅ……ぐ………んんんっ……!!」


「良いよ、そのまま、そのままぁ……!」


「なんだ、そりゃ?」


「うぁあ!?」


「きゃっ!?」


 シルバーに声をかけられた拍子に、金色の光は稲妻のように弾け飛び、枝分かれして空へと向かって飛んで行ってしまった。


「あー…………」


「悪い、なんか邪魔したか?」


「いえ、どっちみちアーリアの補助無しじゃ、ぜんぜん上手くできませんでしたから、……ふぅ」


 尻もちをついて、一馬は砂利の上に大の字に寝転がる。驚いた禀と精霊ブタは、一馬の指先を見つめていた。


「え、カズくん。前はきれいに、刃物みたいにできてたよね?」


「駄目みたい。アーリアが補助して、それでも小さいの、指先に出すのがやっとだったの」


「もう一回変身しようとしても、ぜんぜんできない。すっごく疲れるんだよ、これ」


 一馬はもう一度変身しようとしたが、肌が少し黒っぽくなるだけで、すぐ元に戻ってしまった。


 どうやらこの技を使うと、変身する事も一時的に出来なくなるようだと、彼は感じた。


「なんだ新技の訓練か、つーか本当に短くなったんだな……」


「あ、あはは……いらっしゃい」


「おう。まぁそのなんだ。……似合ってんぞ」


「あ、うん。ありがとう」


 一馬は全身汗びっしょりになってしまったので、風呂に入って汗を流す事になった。


 その間にアーリアは、小袋いっぱいのハルピュイアたちの羽根を、机の上に置いてシルバーに手渡した。


 事情を知っている彼は、なんとも言えないような気まずそうな顔でそれを受け取った。


「あのね、そんな顔しないでよ。協力してくれたハルピュイアたちも、生放送は見てくれるって言ってたよ?」


「お前は……お前らは、それで良いのかよ?」


「気にしないで、好き勝手した結果だもの」


「アーリア先生。その事も含めて1つ、お話があって今日。私は参りました」


 禀がいつになく真剣な表情で、アーリアに話しかけた。そして、背負っていたバッグから、1枚の茶封筒を机の上に置いた。


「私の遺書です。私の事情をお話する間。一時的にお預かりして頂くことは、可能でしょうか?」


「え。良いけど、いきなりどうしたの……?」


 禀はチラッとシルバーに横目で見た。禀が遺書を持ち出した事から、他人に気軽に話せる内容ではないと、彼は察した。


「俺は席を外した方が良いか、嬢ちゃん?」


「申し訳ありませんが……」


「分かった。じゃあ神社の猫どもと、ちょっと遊んでくるわ」


 少々思い詰めた禀の表情に、シルバーは怪訝に思うしか無かった。

 入れ替わるように、廊下から足音が響く。一馬が風呂から上がって帰って来た。


「禀。もう話すのか?」


「うん。手がかりが欲しいし、アーリア先生」


「聞くよ。どうぞ」


「では。……私の血液は、モンスターを生み出す事が、なぜか出来るんです」


 禀はそう言いながら、岩の上に何気ない仕草で、ことりと一本のナイフを置いていた。

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