俺は、ゴールデンウィークが嫌いだ。特にマ◯ドナルドのバーガーとの組み合わせが大嫌いだ。
10年と少し前。まだ親父が生きていた頃。
両親と何不自由なく暮らしていた俺は、ゴールデンウィーク中、旅行先の船の上で、一家揃ってモンスターに遭遇。
親父は俺をかばって、目の前で首を飛ばされた。
死んだと理解した直後。自分の中で何かが確かにキレて、わけがわからなくなって。
先々代が言うには、気がつけば肉片と血溜まりの中に、気を失って立たまま、……だったらしい?
覚えているのは1ヶ月近く、酷く全身が熱くて、何度も死ぬかと思った事だけだ。
母親とはそれから、一度も口をきけていない。
会っても、俺を俺と認識してくれない。
まるでモンスターにでも会ったように、怯えて、泣き叫んで、もうわけが分からん。
家で食べるマクド◯ルドのバーガーは、いつでも特別なごちそうだった。
必ず店員にありがとうと言われて、幸せで……。
あれ以来、一度も食えた試しはない。
「んっ……」
「おはよ、珍しいわね。飲んでこんなに寝ちゃうなんて……」
いつの間にか、寝ちまってたらしい。確か、
「って、お前かよ!」
「飲み過ぎよ、銀。……それと働き過ぎ。気持ちはまあ、ねぇ……」
目の前でグラスを片付けているのは、
「お前に同情されるほど、焼きは回ってねえよ」
「最近若い子にコナかけてる癖に?」
「ブフォ!?」
酔ざましに溶けかけていた氷を噛み砕こうとして、吹き出しちまった。
「ばっ……あれはそんなんじゃねえぞ!?」
「あら、マジみたいね。顔が青ざめてる。アンタのそんな顔初めて」
「滅多な事言うんじゃねえよ、マジで。一応タレント同士なんだからな?」
「そのタレント様が、こんな所で飲……」
禿のツッコミを遮るように、ぐぎゅるるるると盛大に俺の腹が鳴った。呆れながら禿は片付けようとしたチーズの束を、皿ごとよこしてくれた。
「流石の胃袋ね。あれだけ飲んで、もう催促するなんて」
「人よかずっと食うからな。ガチで腹減った……」
「残り物で良い?」
「良いのか?」
「仮にも飲食店でその腹の虫で返したら、周りに何言われるか分かったもんじゃ無いわよ」
「悪いな」
「食べたら帰ってちょうだい。営業時間なんてとっくに過ぎてるし、あの子たちも待ってるわよ」
「ああ、いつも通り家にツケといてくれ」
「大変だったそうじゃない。彼女」
「なに? 何のことだ?」
「ほら」
禿が見せた動画には、ゴールデン事件と銘打たれていて、佐藤が救出活動を行った事が解説されていた。
俺のスマホを見ると、数人のメンバーから通知が届いていた。いずれも佐藤を心配する内容だった。
「ちっ……くそったれ、やっちまったか」
「無理にでも起こした方が良かった?」
「いや、ダンジョンならどこまで行っても自己責任だ。どっちにしろ間に合わねえ。相談の通知ぐらい、入れた方が良かったがな」
残り物と言うには温かい飯をかっこんで、少し急ぎ気味に店を出ようとしたら、まだ朝日は昇っていなかった。
「今度はその佐藤って子、連れて来なさいよ」
「アイツ、酒飲めんのか……?」
2人して白み始めた空を見つめて、腕組みしてわりと真剣に考えたが、わからなかった。
「可愛い子だし、特別メニュー出すわ」
「あの外見でこの店居るだけで犯罪臭えだろうが。まぁ、奥の座敷でも開けといてくれ」
「あら、やっぱりそう言う手合い?」
「んなわきゃねえだろ、タッパがいくらなんでも足りねえっつーの。またな」
「ん、じゃあね」
バイクにまたがって、店の裏手から表通りに向かって速度を上げる。
ようやく。長かった雨上がりの空模様に、朝日が顔を覗かせていた。
◇◇◇
アーリアは私室に置いてあった、回転式猫用爪研ぎが、カラカラ回る音で目が覚めた。
よく眠れた。ダンジョンから仮眠しか取っていなかったので、スッキリとした目覚めだった。
「ゥニャーン!」
「おはよ、ボス。今開けるね」
癖でSNSをチェックすると、シルバーやその舎弟から、心配する連絡が届いていた。
軽く心配無いよとSNSに投稿して、襖を開ける。
「あっ」
襖の隙間から元気に駆け出して行く、ボスのお陰で踏まずに済んだ。アーリアは一馬がそこで布団を敷いて、眠っている事を完全に忘れていた。
ダンジョンの暗い中で交代で寝泊まりした事はあったが、一馬は猫たちに群がれながら、深く寝息を立てている。
身を寄せ合って眠る姿は、まるで大きな猫鍋のよう。2匹、毛布ごともみもみされているが、彼はまったく起きる気配はない。
アーリアは無防備な姿にムラッとして、いつもゴロゴロ寝転んでいる猫のように、ついノドや頭を撫でてしまった。
「ひおぃかすぅる…」
寝言にビクッとして、指先が一馬の唇に当たった。軽く空いた口。わずかに見える舌。無垢な吐息。男性にしてはツヤい唇。目が、離せない。
「ニャァア?」
「わっ……、あぅ……顔、あらぉ……」
猫がスリスリ身をよせた拍子に、アーリアは我に返った。
羽織った上着で赤くなった顔を覆って、パタパタスリッパの音を響かせて、彼女は一馬から離れた。
一通り煩悩を払うように、走り込みや日課の鍛錬。巫女服に着替えて境内の掃除を進める。
ルーチンワークは心を落ち着かせてくれるが、身は入らなかった。もんもんと彼の唇が何度も頭をよぎって、早めに終わらせてしまう。
私室前の廊下に戻ると、今度は猫3匹に彼は占領されていた。
背中、足、腕の中にそれぞれ猫たちが好き勝手に潜り込んでいる。特に一馬自身は苦しそうでもない。彼らを撫で、苦笑しながら起こそうと近づく。
「きゃっ……ふふっ」
揺り起こそうとすると、一馬が身をよせてきた。ちょうど膝枕するような形になってしまった。
「もう、朝だよ。カズマくん」
「んぅぅ〜……」
「わ。……もう、実は、もう起きてるでしょ?」
「ぐうぐう」
甘えるようなわざとらしい寝息で、一馬は腕を回してアーリアの太ももを囲うように抱きついた。
「おはよ」
「おはようアーリア、どうしたの?」
「カズマくんの、寝顔見てたの」
「恥ずかしいんだけど……」
本当に猫のように、アーリアは巫女服の袖を一馬にくしゃくしゃにされている。まだ、彼の頭は目が覚めきっていない。
「そんなに好きなら、カズマくんも巫女服着る?」
「えぇ〜、良いのぉ〜?」
「ノリノリかぁ〜……」
「アーリア……?」
耳元に口を寄せるように、アーリアは身体を折り始める。ふわりと、残ったもみあげの毛が、一馬の首筋を隠す。
「(えへへっ、目、閉じて……)」
耳元で囁かれて、左手で優しく、軽く目元を覆われる。一馬は素直に目を閉じた。
唇に、湿った軽い感触。
「んふふっ、引っかかった」
右手の指2本を押し当てただけだったらしい。2人とも真っ赤な顔で、目をそらす。
「からかわないでよ……。キス、ごめんね」
「良いよ、嬉しかったから。……禀さんとも、えっと、したの……?」
「したよ。何度も」
「このぉ、すけこましさん……ふふっ」
「ニャ、ニャ、ニャニャぅ〜……!」
帰って来たボスが、窓枠で遊ぶスズメたちを見つめて、求めるように鳴いて身体を伸ばしている。
アーリアは冗談めいた口調のままで、一馬は楽しそうに鼻を軽くつままれた。
そういえば、禀には膝枕してもらった事は無かったなと、彼はまどろみが抜け始めた頭でぼんやりと、雨上がりの息吹を感じていた。