目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第48話 それぞれの朝

 俺は、ゴールデンウィークが嫌いだ。特にマ◯ドナルドのバーガーとの組み合わせが大嫌いだ。


 10年と少し前。まだ親父が生きていた頃。


 両親と何不自由なく暮らしていた俺は、ゴールデンウィーク中、旅行先の船の上で、一家揃ってモンスターに遭遇。


 親父は俺をかばって、目の前で首を飛ばされた。


 死んだと理解した直後。自分の中で何かが確かにキレて、わけがわからなくなって。


 先々代が言うには、気がつけば肉片と血溜まりの中に、気を失って立たまま、……だったらしい?


 覚えているのは1ヶ月近く、酷く全身が熱くて、何度も死ぬかと思った事だけだ。


 母親とはそれから、一度も口をきけていない。

 会っても、俺を俺と認識してくれない。


 まるでモンスターにでも会ったように、怯えて、泣き叫んで、もうわけが分からん。


 家で食べるマクド◯ルドのバーガーは、いつでも特別なごちそうだった。


 必ず店員にありがとうと言われて、幸せで……。


 あれ以来、一度も食えた試しはない。


「んっ……」


「おはよ、珍しいわね。飲んでこんなに寝ちゃうなんて……」


 いつの間にか、寝ちまってたらしい。確か、舎弟ガキ共送って、歌舞伎町の店で飲んで、適当な女引っ掛けて……。


「って、お前かよ!」


「飲み過ぎよ、銀。……それと働き過ぎ。気持ちはまあ、ねぇ……」


 目の前でグラスを片付けているのは、禿かむろだった。源氏名で本名は知らねえ。女だてらにこの店、錦川の仕切りをやってる。よくわからん女だった。


「お前に同情されるほど、焼きは回ってねえよ」


「最近若い子にコナかけてる癖に?」


「ブフォ!?」


 酔ざましに溶けかけていた氷を噛み砕こうとして、吹き出しちまった。


「ばっ……あれはそんなんじゃねえぞ!?」


「あら、マジみたいね。顔が青ざめてる。アンタのそんな顔初めて」


「滅多な事言うんじゃねえよ、マジで。一応タレント同士なんだからな?」


「そのタレント様が、こんな所で飲……」


 禿のツッコミを遮るように、ぐぎゅるるるると盛大に俺の腹が鳴った。呆れながら禿は片付けようとしたチーズの束を、皿ごとよこしてくれた。


「流石の胃袋ね。あれだけ飲んで、もう催促するなんて」


「人よかずっと食うからな。ガチで腹減った……」


「残り物で良い?」


「良いのか?」


「仮にも飲食店でその腹の虫で返したら、周りに何言われるか分かったもんじゃ無いわよ」


「悪いな」


「食べたら帰ってちょうだい。営業時間なんてとっくに過ぎてるし、あの子たちも待ってるわよ」


「ああ、いつも通り家にツケといてくれ」


「大変だったそうじゃない。彼女」


「なに? 何のことだ?」


「ほら」


 禿が見せた動画には、ゴールデン事件と銘打たれていて、佐藤が救出活動を行った事が解説されていた。


 俺のスマホを見ると、数人のメンバーから通知が届いていた。いずれも佐藤を心配する内容だった。


「ちっ……くそったれ、やっちまったか」


「無理にでも起こした方が良かった?」


「いや、ダンジョンならどこまで行っても自己責任だ。どっちにしろ間に合わねえ。相談の通知ぐらい、入れた方が良かったがな」


 残り物と言うには温かい飯をかっこんで、少し急ぎ気味に店を出ようとしたら、まだ朝日は昇っていなかった。


「今度はその佐藤って子、連れて来なさいよ」


「アイツ、酒飲めんのか……?」


 2人して白み始めた空を見つめて、腕組みしてわりと真剣に考えたが、わからなかった。


「可愛い子だし、特別メニュー出すわ」


「あの外見でこの店居るだけで犯罪臭えだろうが。まぁ、奥の座敷でも開けといてくれ」


「あら、やっぱりそう言う手合い?」


「んなわきゃねえだろ、タッパがいくらなんでも足りねえっつーの。またな」


「ん、じゃあね」


 バイクにまたがって、店の裏手から表通りに向かって速度を上げる。


 ようやく。長かった雨上がりの空模様に、朝日が顔を覗かせていた。



◇◇◇



 アーリアは私室に置いてあった、回転式猫用爪研ぎが、カラカラ回る音で目が覚めた。


 よく眠れた。ダンジョンから仮眠しか取っていなかったので、スッキリとした目覚めだった。


「ゥニャーン!」


「おはよ、ボス。今開けるね」


 癖でSNSをチェックすると、シルバーやその舎弟から、心配する連絡が届いていた。


 軽く心配無いよとSNSに投稿して、襖を開ける。


「あっ」


 襖の隙間から元気に駆け出して行く、ボスのお陰で踏まずに済んだ。アーリアは一馬がそこで布団を敷いて、眠っている事を完全に忘れていた。


 ダンジョンの暗い中で交代で寝泊まりした事はあったが、一馬は猫たちに群がれながら、深く寝息を立てている。


 身を寄せ合って眠る姿は、まるで大きな猫鍋のよう。2匹、毛布ごともみもみされているが、彼はまったく起きる気配はない。


 アーリアは無防備な姿にムラッとして、いつもゴロゴロ寝転んでいる猫のように、ついノドや頭を撫でてしまった。


「ひおぃかすぅる…」


 寝言にビクッとして、指先が一馬の唇に当たった。軽く空いた口。わずかに見える舌。無垢な吐息。男性にしてはツヤい唇。目が、離せない。


「ニャァア?」


「わっ……、あぅ……顔、あらぉ……」


 猫がスリスリ身をよせた拍子に、アーリアは我に返った。


 羽織った上着で赤くなった顔を覆って、パタパタスリッパの音を響かせて、彼女は一馬から離れた。


 一通り煩悩を払うように、走り込みや日課の鍛錬。巫女服に着替えて境内の掃除を進める。


 ルーチンワークは心を落ち着かせてくれるが、身は入らなかった。もんもんと彼の唇が何度も頭をよぎって、早めに終わらせてしまう。


 私室前の廊下に戻ると、今度は猫3匹に彼は占領されていた。


 背中、足、腕の中にそれぞれ猫たちが好き勝手に潜り込んでいる。特に一馬自身は苦しそうでもない。彼らを撫で、苦笑しながら起こそうと近づく。


「きゃっ……ふふっ」


 揺り起こそうとすると、一馬が身をよせてきた。ちょうど膝枕するような形になってしまった。


「もう、朝だよ。カズマくん」


「んぅぅ〜……」


「わ。……もう、実は、もう起きてるでしょ?」


「ぐうぐう」


 甘えるようなわざとらしい寝息で、一馬は腕を回してアーリアの太ももを囲うように抱きついた。


 すがるような体勢だが、アーリアに顎をくいっと持ち上げられて、目を開けた。


「おはよ」


「おはようアーリア、どうしたの?」


「カズマくんの、寝顔見てたの」


「恥ずかしいんだけど……」


 本当に猫のように、アーリアは巫女服の袖を一馬にくしゃくしゃにされている。まだ、彼の頭は目が覚めきっていない。


「そんなに好きなら、カズマくんも巫女服着る?」


「えぇ〜、良いのぉ〜?」


「ノリノリかぁ〜……」


「アーリア……?」


 耳元に口を寄せるように、アーリアは身体を折り始める。ふわりと、残ったもみあげの毛が、一馬の首筋を隠す。


「(えへへっ、目、閉じて……)」


 耳元で囁かれて、左手で優しく、軽く目元を覆われる。一馬は素直に目を閉じた。


 唇に、湿った軽い感触。


「んふふっ、引っかかった」


 右手の指2本を押し当てただけだったらしい。2人とも真っ赤な顔で、目をそらす。


「からかわないでよ……。キス、ごめんね」


「良いよ、嬉しかったから。……禀さんとも、えっと、したの……?」


「したよ。何度も」


「このぉ、すけこましさん……ふふっ」


「ニャ、ニャ、ニャニャぅ〜……!」


 帰って来たボスが、窓枠で遊ぶスズメたちを見つめて、求めるように鳴いて身体を伸ばしている。


 アーリアは冗談めいた口調のままで、一馬は楽しそうに鼻を軽くつままれた。


 そういえば、禀には膝枕してもらった事は無かったなと、彼はまどろみが抜け始めた頭でぼんやりと、雨上がりの息吹を感じていた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?