「ほんっとごめん! すっかり返すの忘れててさあ! 督促状まで届いちゃった! 入り口! 入り口まででいいから!」
二学期開始早々、李果に泣きつかれて、二人で放課後の図書館へと向かう。
図書委員長におびえる李果の足はやけに重い。入口で止まってしまった彼女の背中を、断腸の思いでカウンターへ押し出した。しどろもどろになって言い訳を始めた李果を尻目に、私は棚の方へぶらぶらと歩いていく。
今日の図書室も人気が少ない。私は引き寄せられるように窓へ寄り、ガラス越しの澄んだ空を見上げた。
まだまだ勢いがある白い雲と、濃紺の空のコントラストが目に眩しい。
あれからしばらくは、問答雲を見るたびに胸が締め付けられた。先輩の顔が頭から離れなくて、発作的に空港へ向かおうとしたことが何度もあった。
直視しても平静を保っていられるようになったのは最近だ。
両手の人差し指でバッテンの形を作り、角度を測る。雲同士のズレは約二十度。あの日の角度によく似ている。
けれど多分、空港に行っても先輩には会えないだろう。あの世界の先輩は、二度とあそこに現れない気がするのだ。
それは、私に会わないためかもしれない。あるいは――。
そう。
きっと、先輩は、あの空の向こうに行ったのだろう。
本を片手に空を見上げていた先輩。
私はずっと、飛行機を眺めているのだと思っていた。でも、それは違ったのかもしれない。
見つめていたのは、空の彼方。
あの世界の、笹井雪花がいる場所――……。
その想像は痛みをともなうものだったけれど、同時に、先輩を忘れるよすがにもなるだろう。
先輩を吹っ切って、先へ行けたら。
そうしたら、そのときこそ、また先輩に会えるのではないだろうか。
いつのことになるかわからない。
けれど、いつか。
「私も、あの空の向こうに、飛んでいきたい……」
その独り言は、ガラスを隔てた空の青に、すうっと溶けていくのだと思った。
まさか、答える声があるとは思ってもいなかった。
「――いいね、それ」
――ああ、空、飛んでみたいなあ。
――いいね。それ。