目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第24話

「ほんっとごめん! すっかり返すの忘れててさあ! 督促状まで届いちゃった! 入り口! 入り口まででいいから!」


 二学期開始早々、李果に泣きつかれて、二人で放課後の図書館へと向かう。


 図書委員長におびえる李果の足はやけに重い。入口で止まってしまった彼女の背中を、断腸の思いでカウンターへ押し出した。しどろもどろになって言い訳を始めた李果を尻目に、私は棚の方へぶらぶらと歩いていく。


 今日の図書室も人気が少ない。私は引き寄せられるように窓へ寄り、ガラス越しの澄んだ空を見上げた。


 まだまだ勢いがある白い雲と、濃紺の空のコントラストが目に眩しい。


 あれからしばらくは、問答雲を見るたびに胸が締め付けられた。先輩の顔が頭から離れなくて、発作的に空港へ向かおうとしたことが何度もあった。

 直視しても平静を保っていられるようになったのは最近だ。


 両手の人差し指でバッテンの形を作り、角度を測る。雲同士のズレは約二十度。あの日の角度によく似ている。


 けれど多分、空港に行っても先輩には会えないだろう。あの世界の先輩は、二度とあそこに現れない気がするのだ。


 それは、私に会わないためかもしれない。あるいは――。


 そう。


 きっと、先輩は、あの空の向こうに行ったのだろう。


 本を片手に空を見上げていた先輩。

 私はずっと、飛行機を眺めているのだと思っていた。でも、それは違ったのかもしれない。


 見つめていたのは、空の彼方。

 あの世界の、笹井雪花がいる場所――……。


 その想像は痛みをともなうものだったけれど、同時に、先輩を忘れるよすがにもなるだろう。


 先輩を吹っ切って、先へ行けたら。

 そうしたら、そのときこそ、また先輩に会えるのではないだろうか。


 いつのことになるかわからない。

 けれど、いつか。




「私も、あの空の向こうに、飛んでいきたい……」




 その独り言は、ガラスを隔てた空の青に、すうっと溶けていくのだと思った。

 まさか、答える声があるとは思ってもいなかった。




「――いいね、それ」



 ――ああ、空、飛んでみたいなあ。

 ――いいね。それ。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?