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第14話 こうなる運命だったのでしょう

 翌日──


 荷造りをしている楽毅がくきたちの元に趙与ちょうよが訪ねて来た。

 彼は楽毅がくきと顔を合わせるや否や、


「すまぬ。私が主上にお前を強く薦めたばかりに、逆に主上を煽ってしまったようだ。結果、お前を危険な目に合わせてしまった。大変面目ない」


 実直な口調でそう述べ、頭を下げた。

 最初戸惑いを見せた楽毅がくきだったが、すぐに微笑むと小さくかぶりを振り、


「いいえ。きっと、こうなる運命だったのでしょう」


 迷いの無い清々しい口調で答えた。


「運命……なるほど、そうかも知れぬな」


 趙与ちょうよは何かを悟ったように、彼女の言葉に同意した。


「もう荷造りを始めているようだな。行き先は決まったのか?」

「はい。【】に参ろうと思います」

「【】……か」


 そうつぶやくと、所々白髪が混じって貫禄を増した顎髭をさすりながらしばし沈黙する。

 楽毅がくきたちを迎え入れた【】が【ちょう】にとって吉と出るか凶と出るか、頭の中で瞬時に模擬検証シミュレートしているのだろう。


 そう察した楽毅がくきは、いついかなる時においても国の行く末を案ずる彼の姿に改めて敬服した。


「仕えるべき国、主君を選ぶことは、連れ合いを選ぶに等しい重大な決断だからな。大いに悩んだ末の結論なのだろう。善き出会いがあることを祈っておるぞ」


 もはや無理に引き留めはせず、彼女たちの新たな門出を祝す趙与。


「ありがとうございます。いろいろとお心遣いいただきながら、何ひとつ報いられずにここを去ることをお許しください」

「なぁに。私とてお前と娘との情を利用して無理矢理引き込もうとしたのだ。気にするな」


 サバサバとした口調で堂々と本音を吐露する趙与ちょうよに、楽毅がくきは改めて彼の懐の深さを感じ取り、好感を抱いた。


「その趙奢ちょうしゃは今日はどうしたのですか?」


 楽毅がくきたずねると、趙与ちょうよは苦笑を浮かべながら背後の曲がり角の辺りを顎でしゃくる。

 そこには、顔を半分だけ覗かせながら楽毅がくきたちの様子を伺う趙奢ちょうしゃらしき人物の姿があった。


「何か、前も同じようなことがありませんでしたか?」

「あやつは要らぬことには知恵が回るくせに、己の感情を表情するのは苦手ときたものだ」


 楽毅がくきたちは思わず吹き出した。

 二人がこちらに気づいていると感じた趙奢ちょうしゃはおずおずと姿を現し、そちらへと歩み寄る。


「よ、よう」


 以前と同様、何事も無かったかのような軽い口調で手を上げ、


「聞いたっスよ。主上の放った刺客に襲撃されたらしいじゃないっスか?」


 まるで世間話でも始めるように問う。


「うん。でも、趙勝姫ちょうしょうきどのに助けていただいたわ」

「ふぅん、偶像傾倒者アイドルオタクのあのコがっスか……。よっぽど楽毅がくきのことが気に入ったんスね」


 うんうんとうなずきながら、趙奢ちょうしゃは独り言のようにつぶやく。


 それにしても、と一息入れてから趙奢ちょうしゃは続けた。


「この前邯鄲かんたんに来たばかりなのに、もう行っちゃうんスか。急にいなくなるのは相変わらずっスね」

「ごめんなさい、趙奢ちょうしゃ。でも、わたしが仕えるべき場所はここではないと思う。だから──」

「わかってるっス。何となくこうなるような気はしてたんスよ。ンで、どこに行くんスか?」

「【】へ」


 楽毅がくきは凛とした声で答えた。


「【】っスか……。【】も大変っスよ」

「ええ。だけど今度は【中山国ちゅうざんこく】のようにはさせないわ」

「そうっスね。でも、なるべくなら戦場で相まみえることの無いよう願うっスよ」


 二人は笑みをたたえ、握手を交わした。

 お互い刃を交えることが再びあったとしても、決して後悔することの無いように。

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