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第6話 貴様を斬り捨てるまでよ

 楽毅がくきは、迫り来る死を前に目を伏せた。


 と、その時だった。

 じゃらり、と音を立て、首に下げていた紐──その先に結わえられていたものが、乱れた衣服の中からこぼれ落ちるようにしてその姿を現した。

 紅い宝珠だ。


「なッ! 貴様もそれを持っていたのか⁉」


 それを視界に入れた武霊王ぶれいおうがカッと目をき、驚きの声を上げる。


 ──父上……。母上……。


 霞がかったような虚ろな意識のまま、楽毅がくきは残されたすべての力を振りしぼって上半身を起こし上げる。その拍子に紅い宝珠は、傷を受けて流血している胸の辺りへと滑るようにして移動する。


 と、その時だった。

 宝珠が傷口に触れた瞬間、それが血を吸収しているかのように紅みがかった淡い光を放ち始めると、楽毅がくきの体に刻まれていた傷という傷が、まるで何事も無かったかのように瞬時に癒えてゆくのだった。


「こ、これは一体……?」


 完全に意識を取り戻した楽毅は立ち上がり、宝珠を手に取る。すると、宝珠はまばゆいばかりの閃光を放ち出す。


「ぬうぅッ⁉」


 危険を察知した武霊王ぶれいおう楽毅がくきに斬りかかる。


『《煉獄の火柱》』


 その刹那、聞いたことも無い言葉が風の囁きのように楽毅がくきの脳裏に響く。


「『煉獄の火柱』!」


 楽毅がくきは反射的に相手に向けて手を掲げ上げ、頭の中でそよいだその言葉を詠唱する。すると、武霊王ぶれいおうの足元から忽然と大きな火柱が立ち昇り、彼の進路を塞いだ。


「チッ!」


 彼はすぐさま後方に跳躍してそれをかわす。


 ──今の……もしかして宝珠の力?


 楽毅がくきは驚きと戸惑いの中、ゆらめきと共に儚く消えゆく火柱をただ呆然と見つめていた。


「貴様もソレを──【八紘はっこうの宝珠】を持っていたとはな」


 彼女と同じように炎の消滅を見届けた武霊王ぶれいおうは、愉悦たのしそうにほくそ笑むと、


「おもしろい。貴様は俺を満足させてくれそうだな」


 そう言って、光の紋を有する右手を前に掲げ、その手のひらを楽毅がくきへと向ける。再び紫色の渦が発生し、ひとところに収束してゆく。

 ただ先ほどと違うのは、その渦に巻きこまれるような器物がその周辺にはもう存在しないということだった。


「俺の宝珠は【無限の波動】を意のままに操る力を持っている。貴様の宝珠は炎を操るようだな。その力、もっと見せてみろ‼」


 そう言って、武霊王ぶれいおう楽毅がくきに向けて紫紺の衝撃波を再び放つ。

 それに立ち向かうように剣を構える楽毅がくき

 しかし、それは楽毅がくきの体に触れると同時に、まるで見えない盾にでも護られているかのように霧散し、消滅してしまうのだった。


「ば、バカな……しゅが効かないとでもいうのか⁉」


 信じられないとばかりに立て続けに衝撃波を放つ武霊王ぶれいおうであったが、何度やっても結果は同じだった。


「やはりダメか。最初の攻撃にしても、お前にダメージを与えたのは衝撃波ではなく、衝撃波と共に襲った器物──つまり物理攻撃のみだった」

「どういうことなの?」


 現状がまったく呑みこめないまま首をかしげる楽毅がくきに、


「貴様はしゅを──宝珠から得た特異能力による攻撃を一切受けつけない、そういう体質の持ち主だということだ」


 簡潔に告げた。

 しゅ──それはつまり、武霊王ぶれいおうの衝撃波や先ほど楽毅がくきが発した火柱のような人知を超えた力のことであり、彼女はその作用を受けつけない体質なのだと言う。


まれに存在する不可視の体質──ワタシはこれを【虚空こくう】と呼ぶのだけれど、どうやらその稀有けうな体質の持ち主らしい』


 楽毅がくきは、かつて陰陽道の求道者くどうしゃであるれいから告げられた言葉を思い出した。彼女は人の運命がえるという不思議な力の持ち主であるが、どういう訳か楽毅がくきの運命だけはることが出来なかったのだ。


「物理しか効かぬというのなら、貴様を斬り捨てるまでよ!」


 再び詰め寄ると武霊王ぶれいおうは剣を一閃する。楽毅がくきは退いてそれをかわそうとするが、剣の切っ先がまるで意思を持ったように急に手元で伸び上がる。


「くぅぅっ!」


 かろうじて剣の腹で受け止めるがその衝撃は凄まじく、彼女は薙ぎ払われるようにして吹っ飛んでしまった。


「どうした。貴様の宝珠の力、もっと見せてみろ。それとも、もう使えぬのか?」


 武霊王ぶれいおうは再び剣を構え、じわりじわりと間合いを詰めてゆく。


楽毅がくきお姉様ッ!」


 楽乗がくじょうが呼びかけるが、


「他人の心配をしているヒマはありませんよッ!」


 廉頗れんぱの振り回すハンマーが、まるで蛇のあぎとの様に次々と楽乗がくじょうに襲いかかる。


「くそ……何て馬鹿力だ。この剛力おてんば娘ッ!」


 楽乗がくじょうはそれをかろうじて受け流す。目の前の難敵と対峙するのが精いっぱいで、とても救援には向かえそうもない。


「お姉さん!」

「姉上!」


 それはツェイ楽間がくかんも同様で、泉のように次々に湧いて現れる【ちょう】兵に、そろそろ体力的に限界が訪れようとしていた。

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