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第3話 私にこそ責任がある

 その日の夜──


 楽毅がくきたちは姫尚きしょうの前にひざまずき、報告をした。


 【ちょう】軍の本陣の位置を突き止めたこと──

 そして、明後日の早朝にその本陣を奇襲すること──


「……そうか。奇襲を行うのか……」


 窓際にたたずみそこからのぞく漆黒のそらを見上げながら、姫尚きしょうは静かにつぶやいた。


「このような陋劣ろうれつな策しか思いつかず、大変申し訳ございません……」

「いや、この国をそこまでの窮地に追いやってしまったこの私にこそ責任がある。お前が気に病むことは無い」


 姫尚きしょうはそう言って席に戻り、


「では、具体的な段取りを聞かせてもらおう」


 王としての風格を充分に漂わせる凛々しい口調で言った。

 はい、と言って楽毅がくき姫尚きしょうの前に地図の記された大きな白布を広げ、説明を始める。


「それでは、こちらをご覧ください。わたしたちの砦はこの位置にあり、ツェイに調べてもらって判明した【ちょう】軍の配置はこれ。そして、武霊王ぶれいおうがいるであろう本陣の位置は……こちらになります」

「……よくここまで調べられたものだ」


 地図上に記された記号を眺めながら、姫尚きしょうは感嘆を漏らした。


「ご覧のとおり、わたしたちは各所に配置されている【ちょう】軍の目を盗み、遠く離れた本陣を迅速に強襲しなければなりません」

「まず、敵本陣に辿り着くまでに、早くても半日はかかる距離にあるな。そこまで敵に気づかれずに移動するのは至難の業であろう」

「はい。普通であればすぐに悟られてしまい、敵の虚をくのは難しいです。しかし、霧に乗じて移動すればいかがでしょう?」

「霧だと?」


 意外な言葉に、姫尚きしょうは思わず身を乗り出した。


「たしかに、霧の中であれば敵の目も届かず密かに移動するのも可能かもしれない。だが……まさか、明後日の朝に霧が発生するとでも言うのか?」

「はい。天候の先読みに詳しい方がおりまして、高い確率で明後日未明、発生するとのことです。今、その方には念のために呼沱水こたすいまで行っていただき、より綿密な調査を行っております」

「そうか……。地の利のある【中山ちゅうざん】の者であれば、霧の中でも目的地まで移動できる。だから、あらかじめに霧が発生する時間帯を把握していれば、それだけ素早く行動ができ、敵本陣まで安全に接近できる訳か……」


 姫尚きしょうはそう言ったきり、しばらく考えこんでいたが、


「よし、その策でいこう。詳細な進行と指揮は楽毅がくき、お前に全て一任する」


 立ち上がり、決意を口にした。

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