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第2話 霧ですよ

「──さま。が…きお姉…ま」


 甘い微睡まどろみみの中、誰かが耳元で呼びかける声が聞こえる。


「……ん」


 ゆっくりと覚醒する楽毅がくき。その体に一枚の毛布がかかっているのに気づく。


楽毅がくきお姉様、おはようございます。仕事熱心なのは結構ですが、キチンと休んでおかないと体がもちませんよ」


 寝ぼけまなこ楽毅がくきを見守りながら、長身の少女──楽乗がくじょうがやや呆れたような口調で苦笑した。


「この毛布……楽乗がくじょうさんがかけてくださったのですか?」

「ええ。だいぶ暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷えますから。風邪など召されぬよう、ご自愛くださいませ」

「すみません。ありがとうございます」


 楽毅がくきは眠い目をこすりながら、ゆっくりと立ち上がった。

 外に目を向けると、透き通るような青の色彩が広がっている。


「今日も暖かくていい天気ですね。外を散歩したくなりますわ」


 もちろん、砦から少し離れた山の中腹には【ちょう】軍の軍旗がはためいており、叶うことは無いのだが。


「そういえば昔を思い出しますね。丁度今くらいの時期、お姉様と二人でやしきを抜け出し呼沱水こたすいの付近まで朝方に散歩した時のことを。あの日はもの凄く冷えて、河から濃い霧が立ちこめて。すぐに迷子になってしまって、その場で泣きじゃくってしまったのですよね」

「ええ、そうでしたわね。結局、霧が晴れるまで身動きが取れなくて。後で父上や大人の方たちが心配して迎えに来てくださったのですよね」

「ホントに、あの時はいつもの通い慣れた場所がまるで異世界のように感じられて、怖かった思い出があります」


 二人は昔話に花を咲かせる。

 その刹那、楽毅がくきはハッと何かに気づくと、


「そうです、霧ですよ! 霧が発生する時間帯をあらかじめ予期できれば、敵の本陣に奇襲出来ます‼」


 楽乗がくじょうの手を取り、興奮気味に言った。

 突然のことに動揺した楽乗がくじょうは、その言葉をすぐに嚥下えんか出来ずにいた。



 楽毅がくきはすぐに、兵士の中から気象の先読みが出来る者を探した。すると、ひとりの中年男性兵が彼女の前に現れた。


りょうと申します」


 男は名乗った。


「ご苦労様です。アナタは気象の先読みが出来るそうですが、本当ですか?」

「先読みと呼べるほどのものではありませんが……。オイラは昔から空を見上げるのが好きで、雲の動きや湿度の変化からある程度の天気の予測が出来るようになりました」

「それでは、霧が発生する条件などもお分かりですか?」

「はい。霧は、大気が急激に冷えて湿気が多くなると発生しやすくなる傾向にあるようです」

「なるほど……。それで、先読みが的中する確率は如何いかほどでしょうか?」

「そうですね……およそ、七割といったところでしょうか」

「七割……」


 それだけあれば、すべてを賭けるのに充分だと思った。


「それで、近い内に霧が発生するとすれば、いつくらいになるでしょうか?」

「そうですね。過去の経験から推測すると恐らく……明後日の未明あたりかと」


 りょうはおもむろにそらを見上げ、そう言った。

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