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第14話 焼き討ちにしてあげましょう

 ぜぇぜぇ、と息を切らしながら──

 ズルズル、と足を引きりながら──

 白髪のその男──司馬熹しばきは山林の中をけていた。


「【ちょう】です。【ちょう】に行きましょう。私はこれまで陰で【ちょう】とよしみを通じてきましたからねぇ。【中山国ちゅうざんこく】の情報を売ったり、愚かな王をそそのかしたリ、【ちょう】のために手を尽くしてきました。その私が行くんですから、喜んで出迎えるに決まっているでしょ~~~~~!」


 誰に言うでも無く、かつて【中山国ちゅうざんこく】の宰相さいしょうに居座っていたその老人は、この先にある展望が順風であることを微塵も疑っていなかった。


「【ちょう】でも宰相さいしょうになって~、またぐっちゃぐちゃにかき乱して。も~~~~っと大きな戦乱を起こしちゃいますよ~~~~~~☆」


 子供が軽い気持ちでいたずらに興じるように、この老人もワクワクと胸を躍らせていた。


「んげっ⁉」


 その時、地表をっていた木の根に足を取られ、彼の体は大きく翻筋斗もんどりを打って転がり落ちた。大事に抱えていた袋も中身をぶちまけるようにして転がり、そこからまばゆいばかりの金銀・宝玉がこぼれ落ちる。


「あ"あ"ッ、私の財宝が~~~!」


 慣れた手つきでそれをかき集めながら、


「それにしてもここは不愉快な場所ですねぇ。この私に膝をつかせたのですから。後で焼き打ちにしてあげましょう」


 などと言い出す。


「そもそも、こんなコソ泥みたいなマネをしなければならなくなったのも、瓦礫の崩落に巻き込まれたせいです。まったくあの役立たずの連中は、ただ好き勝手にメチャクチャにすれば良いと思って、ホントに浅慮あさはかですね。せっかくゆっくりと財宝を物色してたのに、とんだ巻き添えですよ」


 しまいには、己の強欲が招いた因果でさえも他人のせいにして文句を垂れる始末である。


 と、その時であった。

 前方から、まったく足音を響かせる事無く現れた無数の人影が老人をおおい尽くす。


「ん? ……げぇ、きょ、鉅子きょしッ⁉」


 顔を上げた老人の目に映ったのは、白装束姿で顔の右半分だけを面でおおった男。そして、その男の背後にはべるのは、同じく白装束に身を包んだ男たちだった。


 白──

 白────

 白────────


 禍々まがまがしいまでの白一色に統一された異様の集団であった。そして、彼らの袖下でなびく大きな太極図たいきょくずが、その存在感をより一層際立たせていた。


「よォ、随分と羽振りがいいみたいだなぁ、司馬熹しばきィ」


 半面の男が愉悦そうな笑みを浮かべて言う。


「い、いや~、コレはその……献上品ですよ。貴方がたへのお・み・や・げ。私が独り占めする訳無いじゃないですか~~~。ささ、どうぞお納めください、鉅子きょし


 司馬熹しばきはけらけらと笑いながら、財宝の詰まった袋を半面の者に差し出す。

 しかし、鉅子きょしと呼ばれた半面の者はそれを受け取ること無く、口許を大きく吊り上げて笑みを浮かべながらも、氷のような冷たい視線でただ老人を見下ろすのだった。


「【墨家ぼっか】の掟は何だっけな?」

「え? えっとぉ……」


 半面の者──鉅子きょしから向けられた匕首ナイフのように鋭い問いに、何とか言い訳を繕おうとした老人であったがどうしても思い浮かばず、


「城が落ちる時はすなわち、自らも死ぬ時」


 苛烈とも言える鉄の掟をそらんじる。

 半面の男は満足そうにコクリとうなずくと、


「じゃあ──」


 死ねよ──


 吐き捨てるように言い放つ。


 刹那、老人の足下の地面がモコモコと盛り上がると、そこにあった土塊が鋭利な三角錐を形成すると下から司馬熹しばきの胴体を貫き、その体を軽々と舞い上がらせる。


「ぐ……がはぁ……」


 串刺しにされたまま周囲の木々と同じ高さまで掲げて挙げられた司馬熹しばきは、下を見下ろしながら何とか抜け出そうと腕を動かして足掻くが、やがて時間の経過と共に動きも声もか細くなり、やがて舌をだらりと垂らした無念の形相のまま息絶えるのだった。


 半面の者が指をパチンと鳴らすと、高く盛り上がった円錐形の土塊は瞬時に風に流されて消え失せ、司馬熹しばきは──司馬熹しばきの死体は自らが不愉快と言い放った場所に落下すると同時に、大きな空洞を穿たれた胴体から鮮血を垂れ流しながら横たわる。


「相変わらずやることがえげつないですねぇ」


 刹那、木々の狭間から獣の頭をかたどった面で顔を覆い、やはり白い装束に身を包んだ者が風と共にスッと姿を現すと、男のものとも女のものとも判じ得ぬ無機質な声色で呟く。


「……ケッ、アンタに言われたかねぇよ」


 獣面の者の軽口に、半面の男は少し不貞腐れたように答えると、


「そんで、紅い宝珠はどうすんのよ?」


 獣面の者に問う。


「貴方に任せますよ。私は別件がありますので」

「へっ、そいつはありがてぇ。俺はあの楽毅がくきちゃんにがぜん興味が湧いてきたところだからよ!」


 両の拳を胸元で重ね合わせ、半面の男は不敵にわらう。


「……では、そろそろ参りましょうか、鉅子きょし


 目の前に転がる哀れなむくろ瞥見べっけんし、鉅子きょしと呼ばれた半面の男と獣面の者、そして白装束の集団──【墨家ぼっか】は、音も無くその場から姿を消した。



 そこに残された司馬熹しばきが──かつて司馬熹しばきだった者の亡骸が発見されたのは、それから五日後のことであった。

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