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第12話 わ・た・しで~~~~~すッ!

「申し上げます。民家の瓦礫の下から生存者を発見しましたので、連れて参りました!」


 その時、兵士がひとりの女性を伴い、そう告げた。

 兵士の後ろに立つその人物に見覚えがあった楽毅がくきは、


えいおばさん⁉︎」


 驚きをもってその名を呼んだ。

 それは、昔からの顔なじみである肉まん売りの女性だった。


「ああ、楽毅がくきちゃんかい……。無事でよかった……」


 所々流血し、やや憔悴しょうすいしているが、彼女はか細い笑みで答えた。


「おばさんこそ、ご無事で何よりです」

「そうなのよ~。昨日の晩、突然街中が炎上してね。慌てて逃げようとしたらさぁ、ちょうど崩れてきた瓦礫に押し潰されちゃったのよ~」


 知り合いの顔を見て安心したのか、彼女はいつもどおりの饒舌じょうぜつさを取り戻す。


「そうでしたか。それで、昨晩のことなのですが、何があったのかもう少し詳しく教えてはいただけないでしょうか?」

「ええ、わかったわ。昨晩はたしか……落城するってんで周囲が異様に騒がしくてね。外に出てみたら、家は燃えていて、みんな倒れていて……」

「誰か怪しい者は見かけませんでしたか?」

「怪しい人かい? ……ああ、そうそう、白装束の人だよ。白装束の人たちが──」


 不意にある人物を見やった彼女は、その顔を見るなり途端に凍りついたように体が硬直してしまう。


「どうしたのですか、えいおばさん? 白装束の人たちがどうかしたのですか?」

「そ、そうだよ、この人だよ。あの時、この人が白装束の人たちを指揮して……。街に火をつけて、街の人たちを……殺して」


 おびえた瞳で、わなわなと震える指で、彼女は白髪の宰相さいしょうを──司馬熹しばきを指し示した。

 その場にいた全員が、驚きをもってその老人へと視線を向ける。


「……と、突然何を……。まさか、太子たいしはこんな女の戯言たわごとを信じるおつもりですか⁉」


 司馬熹しばき狼狽ろうばいぎみに訴える。その際も、両手に抱えた袋はがっちりと離さない。


「……宰相さいしょうよ。私はお前を信じたい。しかし、どうにも不審な点がある」

「わ、私のいったいどこが怪しいと言うのですか?」

「その服……無数の血痕が付着しているが、お前自身がケガしているようには見えない。ならば、その血はいったい誰のものだ?」

「これは、その……身をていして私を護り、死んでいった兵士たちの血です。きっと、その時に付着したのでしょう。ああ、尊い犠牲でした……」


 司馬熹しばきは天を仰ぎ、芝居がかった体裁ポーズを交えてそう主張する。


「……そうか。では、先ほどから大事そうに抱えているその袋。中は何が入っているのだ?」

「こ、これは……」


 姫尚きしょうの問いに司馬熹しばきは途端に挙措きょそを失い、深いしわが無数に刻まれた額に大量の汗をにじませる。


「どうした? なぜ見せられないのだ?」

「うう……くそッ!」


 言葉にきゅうした司馬熹しばきは、突然その場からけ出す。


「逃がさん!」


 すぐさま楽乗がくじょうが手にしていたげきを握り直し、柄の方を前にして彼の足元目がけて一閃すると、


「ぎゃんッ‼」


 柄の先がちょうど足首を刈るように捉え、司馬熹しばきは足をもつらせて翻筋斗もんどりを打つ。その拍子に大事そうに抱えていた袋が手から離れ、中身が地面にぶちまけられた。


「こ、これは⁉」


 その場にいた誰もが驚きの声を発した。そこには、目もくらむような金銀・宝珠と、美麗な色彩に彩られた着物と反物がたくさん転がっていたのだ。

 司馬熹しばきが慌ててそれらを拾おうと手を伸ばすと、楽乗がくじょうは彼の眼前の地面にげきを突き刺してそれを制する。


「……宰相さいしょうよ、これは、宮中の財宝ではないのか? なぜ、お前が持っていた?」

「ひいぃぃぃぃッ‼」


 姫尚きしょうが冷眼をもって見下ろすと、司馬熹しばきは無様な悲鳴を上げる。


「答えよ、宰相さいしょう。本当にお前が父上や母上を殺したのか? まちに火を放ったのか? ……無辜むこの民を殺したのか⁉」

「……くく……クカカカカカカカカッ‼︎」


 姫尚きしょう詰問きつもんにしばらく沈黙していた司馬熹しばきであったが、突然肩を小刻みに揺らし出したかと思うと、まるで気が違えたかのようにわらい出す。


「貴様、何がおかしいッ⁉」


 楽乗がくじょうが怒りと共に彼の首元にげきを向けるが、司馬熹しばきはまったく意に介さず、


「ああ、そうですよ。私が霊寿ここをメチャクチャにしてやったのですよ。【墨家ぼっか】の連中を使ってまちを燃やし、愚民共を滅してやったのですよ。カカカカカカカカカカカカッ‼」


 急に立ち上がると、まるで開き直ったように周囲を煽るのだった。

 突然の豹変を目の当たりにし、楽毅がくきたちは唖然あぜんとする。


「そう、【墨家ぼっか】を招き入れるように王陛下に進言したのも私ですよ。何を隠そう、この私も【墨家ぼっか】の一員なのですよね~~ェ」


「アナタが……【墨家ぼっか】? それでは、東垣とうえんが落城した際に父を──楽峻がくしゅんを殺させたのも……?」

「そ~う、わ・た・しで~~~~~すッ!」


 人を食った口調で答える司馬熹しばきに、楽毅がくきは怒りを通り越して呆然としてしまう。


「……なぜ、このような非道を……」

「なぜって~ぇ? 決まっているでしょおぉぉぉぉが。こうして城やまちを徹底的に破壊すれば、【ちょう】軍の悪名が高まり、悪名が高まれば、他の国々は【ちょう】に対し徹底抗戦する。そうなれば我々【墨家ぼっか】の需要は高まり、勢力が拡大してゆく。そして……戦はより混迷してゆくのですよぉぉぉぉぉ! 美しい戦火が、もっともぉぉぉぉっと広がるではありませんかぁぁぁぁぁ‼」


 自分に酔いしれているような恍惚こうこつとした表情を浮かべ、司馬熹しばきは演述した。


「そんな……そんなことのために、アナタは……」

「まあ、東垣とうえんの時は宝珠を手に入れるためでもあったのですがね~ぇ」

「……宝珠⁉」


 その言葉に、今現在それを所有している楽毅がくきの体がピクリと揺らぐ。


楽峻がくしゅんのヤロウが隠し持っていたのを、最近知ったんですよぉ。だから、東垣とうえんが落城した騒ぎに乗じて強奪しようとしたのですが、まさか逃げ延びて、宝珠があなたの手に渡っていたとは思いませんでしたよ」


 ──それでは、わたしに凶手しかくを差し向けたのも……。


 それもこの男の差し金だと、楽毅がくきは確信した。


「……では、貴様が王陛下やそのご家族を弑逆しいぎゃくしたのか……?」

「ええ、そうです。特別に、この私が直接手にかけてやったのですよォ」


 楽乗がくじょうの問いに、司馬熹しばきは口の端を吊り上げて答えた。


「ホントに、最後まで愚かな男でしたよね~~~ぇ。私に踊らされ、自ら国を滅ぼしているとも気づかずに、死の直前まで私のことを信じきっていましたよ。私が剣で胸を一突きしたら、なぜだ、ってね。ホントに、あの時のマヌケなつらは傑作でしたよ。カカカカカカカカカカカカッ‼」


 天をあおぎ、司馬熹しばきは全身を揺らして哄笑こうしょうする。


 と、その刹那だった。

 じっと黙して聞いていた姫尚きしょうが不意に右拳を振り下ろすと、それは司馬熹しばきの左頬をえぐるように捉えた。


「ぐぼあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ‼」


 司馬熹しばきの体は大きくのけ反りながら吹っ飛び、地面にいつくばった。その口の端からは血がしたたり、歯も何本か欠けていた。


「な、何を……ひいぃぃぃぃぃぃぃぃッ‼」


 姫尚きしょうの無機質な冷眼を向けられた司馬熹しばきは小動物の様におびえ、そのままの姿勢で後ずさる。


楽毅がくきお姉様。太子たいし。こやつを……いかがなさいますか?」


 楽乗がくじょうが再びげきを構え、きっさき司馬熹しばきに向けながら問う。


「わたしは……」


 楽毅がくきは考えた。

 たしかにこの男は愛すべき家族である楽峻がくしゅんを死へと至らしめ、【中山国ちゅうざんこく】を攪乱かくらんした黒幕だ。しかし、だからと言ってここでこの男を斬った所で事態が好転する訳でもない。

 楽峻がくしゅんが彼女に託した願い。それは、紅い宝珠を護ることと、この戦乱の世を終わらせること。仇討ちではないのだ。


「今のこの男の姿を見ていたら、憎いだとか、許せないだとか、そんな風に考える自分が何だかバカらしくなってきました。ですので、処遇は太子たいしにお任せいたします」


 何かを吹っ切ったような、穏やかな笑みを浮かべ、楽毅がくきは答えた。

 そうか、とひとつうなずいてから姫尚きしょうは、


「私も同じだ。一発ブン殴ったら、何だかスッキリした」


 そう言って呵々かかと笑い、姫尚きしょうは向き直ると、


「……司馬熹しばきよ。長年の功績に免じて見逃してやる。そこの金銀・宝珠は餞別にくれてやるから持ってゆくがよい。ただし、着物と反物は私の母の形見……。それだけは置いてゆけ」


 地の底から震わすような低い声で告げた。


「は、はひぃぃぃぃぃぃぃ‼」


 得も言われぬ威圧感に、司馬熹しばきはただうなずき、言われた通り着物と反物以外の物をき集め、それを袋に収めて抱きかかえると一目散にどこかへと走り去って行った。


「……本当によろしかったのですか?」


 楽毅がくきの問いに、姫尚きしょうは小さくうなずき、


「私には、これだけで充分だ」


 地面に転がった母の形見を拾い上げた。


「……葬儀を執り行おう。父上たちと楽峻がくしゅん。そして、犠牲となったすべての人々の……」


 姫尚きしょうが静かな声で言うと、楽毅がくきたちはコクリとうなずいた。

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