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第11話 みんな殺されていた

 翌日──


 楽毅がくきたちは、楽峻がくしゅんの葬儀をり行った。とはいえ状況が状況だけに形式だけの仮の葬儀ではあったが、彼の人柄を知る兵士や領民はその死をいたみ涙するのだった。


 ──この戦が落ち着いたなら、きちんとした葬儀をり行います。だから、それまでは……。


 喪主である楽毅がくきは、胸の奥でそう誓うのだった。


 それが終わるとすぐ、霊寿れいじゅから送られた使者が昔陽せきようを訪れた。


「また、出頭の催促か? 生憎だが、我々は喪中だ。何度来ようが応じることは出来ん」


 楽乗がくじょうが使者の前に仁王立ち、にべも無く答えた。

 しかし、その使者は前日のような横柄な態度の者と違っていたく疲労しており、さらには叩頭の姿勢を崩さず慇懃いんぎんな口調で告げた。


「……霊寿れいじゅは現在、【ちょう】軍の総攻撃を受けて未曽有みぞうの危機におちいっております。太子たいし様に援軍を請うように、とのお達しでございます」

霊寿れいじゅが⁉」


 思わぬ報告に、楽毅がくきたちは驚愕する。

 霊寿れいじゅは山岳に囲まれた天然の要塞である。どんな大軍に攻められようとも、優に数か月は耐えられるはずであった。


 ──やはり、趙奢ちょうしゃの開発した攻城兵器の力なの?


 それは間違いないだろう。でなければ東垣とうえんがあっさりと崩壊したり、堅牢けんろう霊寿れいじゅがこんな簡単に危機におちいるはずは無いのだから。


「……楽毅がくきよ。私は霊寿れいじゅを──霊寿れいじゅにいる人々を救いたい。お前が被った疼痛とうつうを考えたらこのようなこと、言うべきではないのだが……しかし、それでも力を貸してほしい」


 決意を固めた姫尚きしょうが、楽毅がくきに頭を下げて請うた。


「どうか、頭をお上げください、太子たいし。わたしも太子たいしと同じ思いでございます」


 楽毅がくきはかすかに笑みを浮かべ、


霊寿れいじゅに参りましょう!」


 決意を伝えるのだった。



 姫尚きしょう率いる五千の兵は、すぐさま昔陽せきようった。

 昔陽せきようは、霊寿れいじゅから見ると東垣とうえんよりもさらに離れた場所にあり、どんなに早くても優に三日はかかる距離であった。仮に、救援を請う使者が三日前に霊寿れいじゅっていたのだとしたら、それから援軍が霊寿れいじゅに着くまでの三日間と合わせた六日もの間、霊寿れいじゅは孤立したままとなる。


 果たして、間に合うのか?

 焦燥しょうそうが、彼らをより一層り立てた。



 三日もの間、ほとんど不眠不休でけた彼らは、遂に霊寿れいじゅへと辿り着いた。

 しかし、そこで彼らが見たものは、


 完全に崩壊した城壁──

 延焼し、消し炭と化した建造物──

 そこかしこに転がる、死体の山──

 東垣とうえんとまったく同じ惨状を晒す廃墟であった。


 幸い周辺に【ちょう】軍の姿は無く、彼らは難なく入城することが出来た。しかし、誰もがその絶望の光景を直視することが出来なかった。


「……間に合わなかった」


 家族と共に過ごした実家も、馴染みの肉まん屋も、姫尚きしょう逢引きデートをした通りも、そのすべてにかつての面影は無く、瓦礫の山と化した街を見回る楽毅がくきの胸中は、無念と罪悪感でいっぱいになった。


 宮中から──宮中だった場所から姫尚きしょうが配下と共に、楽毅がくきたちの元へ戻って来る。その配下の者たちは、それぞれ大きな木のはこを担いでいた。


太子たいし。王陛下たちは……?」


 楽毅がくきの問いに、姫尚きしょうは青白く生気の失せた顔のまま、静かにかぶりを振った。


「そ、そんな……」

「父も、母も、義弟おとうととその母も……みんな殺されていた」


 後ろにあるはこ──ひつぎを見つめ、姫尚きしょうはさめざめと涙した。

 楽毅がくきたちはかける言葉も無く、ただそれを見守ることしか出来なかった。


 その時、ひとりの兵士が彼らの元へ駆け寄り、


「申し上げます。瓦礫の下から宰相さいしょうを発見しました!」


 きびきびとした口調で伝えた。


宰相さいしょうが⁉︎」


 楽毅がくきたちはそろって驚きの声を上げた。

 これだけの惨劇の中、なぜ宰相さいしょう司馬熹しばきだけが生き延びることが出来たのか?


宰相さいしょうは無事なのだな?」

「はい。ですが……」


 姫尚きしょうの問いに、兵士は言葉をにごす。


「どうした?」

「はい……。どうやら崩れた瓦礫の下敷きとなっていたようなのですが、少し様子がおかしいのです。大きな袋を大事そうに抱えたまま、我々が保護して太子たいしにお引き合わせしようとすると、それをかたくなに拒んだり……」

「いったい、どういうことだ……? とにかく、ここに連れて来てくれ」

「ははっ!」


 兵士は拱手こうしゅと共にその場を後にした。


 ほど無くして、二人の兵士に引きられるような形で、宰相さいしょう司馬熹しばき楽毅がくき達の前に現れる。報告通り、彼は両腕に大きな白い袋をさも大事そうに抱えていた。


宰相さいしょうよ、無事であったか」

「た、太子たいし……」


 司馬熹しばきはなぜか、子犬のようにおびえた視線をあちこちに漂わせ、そわそわと落ち着きが無かった。

 よく見ると、彼の着ている白い衣にはあちこちに血痕が付着していた。


「ん? ケガをしておるのか? 瓦礫の下敷きになっていたと聞いたが」

「い、いえ……大した傷ではありませんので……」


 司馬熹しばきは、姫尚きしょうの問いに盛んにかぶりを振る。

 触れられたくない、と言わんばかりの態度を取るこの老人に、誰もが不審を抱いた。

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