翌日──
楽毅たちは、楽峻の葬儀を執り行った。とはいえ状況が状況だけに形式だけの仮の葬儀ではあったが、彼の人柄を知る兵士や領民はその死を悼み涙するのだった。
──この戦が落ち着いたなら、きちんとした葬儀を執り行います。だから、それまでは……。
喪主である楽毅は、胸の奥でそう誓うのだった。
それが終わるとすぐ、霊寿から送られた使者が昔陽を訪れた。
「また、出頭の催促か? 生憎だが、我々は喪中だ。何度来ようが応じることは出来ん」
楽乗が使者の前に仁王立ち、にべも無く答えた。
しかし、その使者は前日のような横柄な態度の者と違って甚く疲労しており、さらには叩頭の姿勢を崩さず慇懃な口調で告げた。
「……霊寿は現在、【趙】軍の総攻撃を受けて未曽有の危機に陥っております。太子様に援軍を請うように、とのお達しでございます」
「霊寿が⁉」
思わぬ報告に、楽毅たちは驚愕する。
霊寿は山岳に囲まれた天然の要塞である。どんな大軍に攻められようとも、優に数か月は耐えられるはずであった。
──やはり、趙奢の開発した攻城兵器の力なの?
それは間違いないだろう。でなければ東垣があっさりと崩壊したり、堅牢な霊寿がこんな簡単に危機に陥るはずは無いのだから。
「……楽毅よ。私は霊寿を──霊寿にいる人々を救いたい。お前が被った疼痛を考えたらこのようなこと、言うべきではないのだが……しかし、それでも力を貸してほしい」
決意を固めた姫尚が、楽毅に頭を下げて請うた。
「どうか、頭をお上げください、太子。わたしも太子と同じ思いでございます」
楽毅はかすかに笑みを浮かべ、
「霊寿に参りましょう!」
決意を伝えるのだった。
姫尚率いる五千の兵は、すぐさま昔陽を発った。
昔陽は、霊寿から見ると東垣よりもさらに離れた場所にあり、どんなに早くても優に三日はかかる距離であった。仮に、救援を請う使者が三日前に霊寿を発っていたのだとしたら、それから援軍が霊寿に着くまでの三日間と合わせた六日もの間、霊寿は孤立したままとなる。
果たして、間に合うのか?
焦燥が、彼らをより一層駆り立てた。
三日もの間、ほとんど不眠不休で駆けた彼らは、遂に霊寿へと辿り着いた。
しかし、そこで彼らが見たものは、
完全に崩壊した城壁──
延焼し、消し炭と化した建造物──
そこかしこに転がる、死体の山──
東垣とまったく同じ惨状を晒す廃墟であった。
幸い周辺に【趙】軍の姿は無く、彼らは難なく入城することが出来た。しかし、誰もがその絶望の光景を直視することが出来なかった。
「……間に合わなかった」
家族と共に過ごした実家も、馴染みの肉まん屋も、姫尚と逢引きをした通りも、そのすべてにかつての面影は無く、瓦礫の山と化した街を見回る楽毅の胸中は、無念と罪悪感でいっぱいになった。
宮中から──宮中だった場所から姫尚が配下と共に、楽毅たちの元へ戻って来る。その配下の者たちは、それぞれ大きな木の匣を担いでいた。
「太子。王陛下たちは……?」
楽毅の問いに、姫尚は青白く生気の失せた顔のまま、静かにかぶりを振った。
「そ、そんな……」
「父も、母も、義弟とその母も……みんな殺されていた」
後ろにある匣──棺を見つめ、姫尚はさめざめと涙した。
楽毅たちはかける言葉も無く、ただそれを見守ることしか出来なかった。
その時、ひとりの兵士が彼らの元へ駆け寄り、
「申し上げます。瓦礫の下から宰相を発見しました!」
きびきびとした口調で伝えた。
「宰相が⁉︎」
楽毅たちはそろって驚きの声を上げた。
これだけの惨劇の中、なぜ宰相の司馬熹だけが生き延びることが出来たのか?
「宰相は無事なのだな?」
「はい。ですが……」
姫尚の問いに、兵士は言葉を濁す。
「どうした?」
「はい……。どうやら崩れた瓦礫の下敷きとなっていたようなのですが、少し様子がおかしいのです。大きな袋を大事そうに抱えたまま、我々が保護して太子にお引き合わせしようとすると、それを頑なに拒んだり……」
「いったい、どういうことだ……? とにかく、ここに連れて来てくれ」
「ははっ!」
兵士は拱手と共にその場を後にした。
ほど無くして、二人の兵士に引き摺られるような形で、宰相の司馬熹が楽毅達の前に現れる。報告通り、彼は両腕に大きな白い袋をさも大事そうに抱えていた。
「宰相よ、無事であったか」
「た、太子……」
司馬熹はなぜか、子犬のように怯えた視線をあちこちに漂わせ、そわそわと落ち着きが無かった。
よく見ると、彼の着ている白い衣にはあちこちに血痕が付着していた。
「ん? ケガをしておるのか? 瓦礫の下敷きになっていたと聞いたが」
「い、いえ……大した傷ではありませんので……」
司馬熹は、姫尚の問いに盛んにかぶりを振る。
触れられたくない、と言わんばかりの態度を取るこの老人に、誰もが不審を抱いた。