第3話 王の不興を買った次第です
それから十日後──
孟嘗君の食客である狼と名乗る男からもたらされた報告通り、臨淄を出立した【斉】軍ニ万が楽毅たちの立てこもる扶柳城の眼前に集結。【中山】軍は城門を開き、白旗を掲げた騎兵を先頭に姫尚が自ら出向き、そのすぐ後ろには楽毅がついていた。
「わざわざのお出迎え、痛み入りまする」
【斉】軍を率いる将が前に出て来て拱手する。
歳は二十代後半くらい。恰幅がよく丸顔で人懐っこそうな印象の男だ。
「私はこの軍を率います、韓徐と申します」
男は朗らかな声でそう名乗った。
「【中山国】の》太子でこの城を預かる姫尚と申します」
韓徐に負けない爽やかな声で答える。
「おお、太子が自らお出ましとは。しかし、太子ともあろうお方がなぜこのような僻地に?」
「……少々失敗を致しまして。王の不興を買った次第です」
苦笑で返す姫尚。
「左様でしたか……」
何と無く事情を察した韓徐は、あえてその話題を掘り下げることはせず、
「白旗を掲げているということは、城を明け渡してもらえる、と解釈してよろしいのですかな?」
確認のために問う。
「はい。我々は【斉】軍と争うつもりはありません」
「賢明な判断です。こちらも、【趙】軍の使いぱしりとして消耗させられるのはご免被りたいですからな」
韓徐は大きな体を揺らしながら、からからと笑った。
「ああ、そうそう。あなたが楽毅どのですかな?」
韓徐が姫尚の背後にいる楽毅の姿を捉え、話しかける。紅毛碧眼という特徴を知っていたようだ。
「ええ、そうですが……?」
「あなたのご学友である田単どのより、書簡を預かっております」
そう言って懐から竹束を取り出し、差し出す。
「田単が⁉」
驚きとうれしさの混じった声を上げる。
楽毅はそれを受け取ると、すぐに広げて見た。
「……え⁉」
しばらく穏やかな顔で読み進めていた楽毅だったが、突然眉を顰めた。
そして、すべて読み終えるや否や、
「太子、すぐに東垣に向かいましょう!」
切羽詰まった声で言うのだった。