目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第8話 人の運命が視えるだけ

「やれやれ、説教じみたくだらぬ話であったな。時間のムダというものじゃ」


 手をヒラヒラとさせながらそんな憎まれ口を叩く齋和さいか


「そんな事はありませんッ!」


 一際ひときわ大きな声でそう叫んだのは田単でんたんであった。

 齋和さいかは思わず後ずさる。


れいどの。とても素晴らしいご高説、大変感服致しました。金言きんげんの数々、しかとこの胸に焼きついております!」


 雪のように真っ白なれいの手をガッチリと握り、田単でんたんは目を爛々らんらんと輝かせながら興奮を発露させた。


陰陽道おんみょうどうに【天輪てんりん】……またひとつ私の中で世界が広がりました。知識を得る度に私は感動を禁じ得ません!」

「……ホメられるのはうれしい。でも……ちょっと引く」

「えぇッ⁉︎」


 れいのその一言に衝撃ショックを受ける田単でんたん


「あ~、誠に不本意ではあるがそれに関してはワシも同感じゃ」

「えェェェェェッ⁉︎」


 挟撃とも言える齋和さいかのその言葉に、田単でんたんは本気でへこんでしまうのだった。


「でも、齋和さいかのお友達は本当にスゴい方ばかりね」


 田単でんたんの背中をポンと叩いて慰めながら、楽毅がくきが言う。


「こやつが友達なものか! 胸クソ悪い……」


 心外だ、とばかりに齋和さいかが毒づけば、


「……不本意だけど同感」


 と、れいも返すのだった。


「言わせておけば……おい、オヌシ達。あまりこの娘に気を許さぬ方がよいぞ。心の奥底までのぞき見られてしまうからな」

「心の奥底?」


 意味深なその言葉に、楽毅がくき達は一様に首をかしげる。


「……人聞きの悪い。ワタシはただ、人の運命がえるだけ。のぞいているワケでは無い」


 すかさずれいが反論する。


「人の運命……つまり、その人の未来が分かるという事ですか?」


 信じられないといった口調で楽毅がくきたずねる。


「【天輪てんりん】のことわりからかんがみれば、未来だとか過去だとかいう概念自体が無意味。繰り返し廻る輪には端緒たんしょも終焉もなく、あるのは今のみ。今を積み重ねる事によって──」

「まぁた、くどくどと説教じみてきたのう」


 うんざりとした口調で齋和さいかさえぎる。


「要はその者がこれまでどう生きてきたかを視覚情報として認識する事が出来、そうして得た情報からこれからどう生きるのか示唆しさを与える。それだけの事じゃ」

「……多少の誤謬ごびゅうはあるけれど、おおむねはそのとおり」


 風がそよぐような静かな声でれいは言った。


「……ワタシはただえたモノを伝えるだけ。それをどう受け取るかはその者次第。ただし、る事が出来ない者もまれに存在する……」

「どちらにしても、常人には無い特別な目を持っているワケっスか……。これも何かの縁だし、ジブンの運命をてもらえないっスかね?」

「え?」


 趙奢ちょうしゃの言葉に、楽毅がくきの口から思わず驚きの声が漏れる。


「やめておけ。興味本位に首を突っこむと後で後悔する事になるぞ」


 そう苦言をていする齋和さいかであったが、その口調は別段強いものでは無かった。


「でも……ジブンはやっぱり知りたいっス。ねェ、みんなはどうっスか?」

「わたしは……」


 楽毅がくきは即答出来なかった。

 ただの名も無き女として一生を終える事に嫌気を感じて臨淄りんしまでやって来た彼女であるから、果たして自分の望むみちひらけるのかどうか知りたい、という思いはある。

 しかし、やはり齋和さいかの言うとおりそういうものに軽々しく首を突っこむべきでは無い、という思いもあり、それらが心の中でせめぎ合っている状態であった。


「私は……知りたいです!」


 楽毅がくきより先に田単でんたんが高らかに答える。

 どちらかと言えば控えめで、決して高望みをしない彼女がそう答えたのは意外で、楽毅がくき趙奢ちょうしゃもやや面食らってしまう。


「私は本が好きです。本に囲まれていればそれだけで幸せです。しかし……いくら本を読んで知識を得たとしても、それを人生にかさなければ何の意味もありません。私は知識をかしたい。たくさんの本と稷下しょっかの学士で満ちあふれたこの国の為に。だから、それが叶うのかどうか知りたいです」


 熱のこもった口調でそう告げる田単でんたん

 彼女の秘めたる情熱に楽毅がくきは目をみはった。


「ジブンもっスよ。ジブンの発明でこの世界を変えられるかどうか知りたいっス!」


 それに呼応する様に趙奢ちょうしゃが思いの丈を吐露する。


「わたしは……」


 そんな二人の姿を見て、楽毅がくき韜晦とうかいしていた己を恥じた。


「わたしの力がこの世界でどれだけ通用するのか、それを知りたい! ただの名も無き女として一生を終えたくない。孟嘗君もうしょうくんと肩を並べるまでとはいかないまでも、孟嘗君もうしょうくんに少しでも近づきたい。あのそらの果てまで羽ばたきたい!」


 そして胸の奥底で沸々ふつふつと湧き上がる願望を──野心を─みんなの前でさらけ出す。


 ──迷惑に思ったかしら?


 チラリと齋和さいかを横目でうかがうが、彼女は特に驚いた様子もなく穏やかな笑みを浮かべていた。


 楽毅がくき達三人は互いにうなずくと、


「どうかていただきたい」


 れい拱手こうしゅを向けて請う。


「やれやれ、こうなる運命じゃったという事か」


 ため息交じりにつぶや齋和さいか


「で、どうする? てやるのか?」


 そう問われるとれいはわずかに口元を弛緩しかんさせて言った。


「……えにしというものは真に奇なるもの。齋和さいかという大きな力に導かれてここに来てみれば、その周囲で新星のごとくか弱きまたたきを放つ者達に出逢えた」

「なんじゃと⁉ では、この者達は……?」


 驚嘆きょうたんする齋和さいか

 れいは無言のまま小さくうなずく。

 何の事か分からない楽毅がくき達は、首をかしげるしかなかった。


「どういう事?」

「なぁに、世界はひろいようで狭い。それを痛感しただけじゃ」


 楽毅がくきの問いに笑みと共に答えた齋和さいかは、


れい、こやつらをてやってくれ。運命を知った上で、その運命とどう向き合ってゆくのか、ワシも見てみたくなったぞ」


 彼女達の思いを後押しするように言うのだった。


 れいは三人の顔を一見し、


「……この者達にも相応の覚悟があるようだし」


 了解した、と涼やかな声色で告げた。


「「「ありがとうございます!」」」


 三人はれい拝手はいしゅし、その後で齋和さいかにも向ける。


「……では、この宿の一室を借りてそこでる事にしよう」


 楽毅がくき達が宿泊する予定の宿に入るれい

 その後を楽毅がくき達が追う。


「はてさて、一体どうなる事やら」


 茜色に染まった夕空を見上げながら、齋和さいかは誰に言うでもなくそうつぶやくのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?