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第6話 迷惑な話じゃがな

 午後になり、楽毅がくき達は即墨そくぼくまちへと引き上げた。

 齋和さいかとその食客ファンの二人も一緒で、今夜は齋和さいかの取った宿にそろって泊めてもらう運びとなったのだ。


 黄海こうかいの浜から即墨そくぼくまちに着いたのは、日がだいぶ西にかたむいた夕方の事だった。


「わぉ、ホントにそんなスゴイとこに泊めてもらえるんスか?」

「うむ。このワシが一言口ぞえすればたやすい事よ」


 齋和さいかの力強い言葉に趙奢ちょうしゃが歓喜する。


「ねェ、聞いたっスか? 海鮮盛りっスよ、海鮮盛り。ジブン、初めてっスよ~」

「わたしも海のさちは初めてだわ。楽しみね」

「【せい】生まれの私でもたまにしか口にした事がありません。楽しみです」


今晩の食事の話題で三人はワイワイと盛り上がる。


「あら? あの人だかりは何かしら?」


 楽毅がくき達が目的の宿の前にたどり着くと、通りの先から十人以上もの民衆が群れを成してやって来るのを見かける。

 のどかなまちだけに、その集団の話し声はより喧騒に感じられた。


 よく見ると、その集団の中心にひとりの小柄な少女の姿が垣間かいま見えた。

 黒い──まるで黒鳥のごとく黒一色で染められた重厚な衣服ドレスをまとったその少女の様相を見て、楽毅がくきはハッと目をみはった。

 齋和さいかの後ろに控えるふうかんも黒ずくめであるが、その少女のまとう黒はより深く、より重く感じられた。そして何より意匠デザインが独特で、中華民族のものとは明らかにことにしていた。


 異国人の血を引く楽毅がくきの容姿も相対的に見れば異様だが、その少女の様相も同じように異様と言えるものであった。


 黒衣の少女に率いられたその集団は、まっすぐ楽毅がくき達の元に近づいて来る。

 楽毅がくき達は思わず息をするのも忘れ、魅入られたようにそれを見つめていた。


 集団は楽毅がくき達のすぐ側までやって来るとピタリと立ち止まり、左右に散り、黒衣の少女がそこに出来た道を悠然とした足取りで進む。


「……強い力にかれてここまでやって来たのだけど。またアナタだったの……齋和さいか


 年齢は齋和さいかと同じ十二、三歳──あくまで外見年齢だが──だろうか。

 その少女は白蠟のように肌が白く無感情な面持ちで、吐き出したその言葉もやはり何の感情も持たない、まるで氷の刃のごとく冷たいものに感じられた。


「フンッ! そっちが勝手にワシにつきまとってるだけじゃろう、れいよ!」


 心外だ、とばかりに鼻白む齋和さいか


齋和さいかちゃんのお知り合いっスか?」

「うむ。迷惑な話じゃがな」


 趙奢ちょうしゃの問いに、齋和さいかは渋い表情で語り出した。


「この趣味の悪い娘はれいというてな。陰陽道おんみょうどうなどというこれまた怪しげなものを広め廻っているという変わり者じゃ」


 ──散々ないわれようね。


 楽毅がくきは思わず苦笑する。


「……陰陽道おんみょうどうは怪しいものではないし、それに喧伝けんでんしているワケでもない。周囲が勝手にはやし立てているだけ……」


 れいと呼ばれた少女は独特の間と淡々とした口調で言うが、心なしか先程よりもわずかに苛立いらだちがこもっているように感じられた。


「どうだかのう。今だってこうして取り巻きを率いて愉悦ゆえつそうに歩いて来たではないか。実のところ、持てはやされて満更でもないのじゃろう?」


 したり顔で返す齋和さいか

 どうやら彼女は自分と同じように世間から注目されている存在をどうしても認めたくないようだ。


「……相変わらずアナタの言動は支離滅裂。彼らはワタシに相談に訪れた客人であって取り巻きではない。アナタの方こそ、偶像アイドルを気取って食客ファンにちやほやされて、さぞかし愉悦ゆえつなのでは?」

「ぬうぅ……。偶像アイドルはちやほやされてなんぼの存在じゃ。オヌシのような根暗な娘には到底務まらぬ崇高な職種なのじゃぞ!」

「……陰陽道おんみょうどうのなんたるかも理解出来ない様な低次元の頭で務まるくらいなのだから、偶像アイドルの底の浅さがうかがえる」

「何じゃと⁉ オヌシなんか友達がおらずいつもひとりぼっちではないか。本当はさみしいのじゃろう⁉︎」

「……アナタこそ、前髪の後退が気になってそろそろ髪型を変えようか迷っているクセに」

「ぼっち!」

「……デコ」


 双方の水掛け論はどんどんと低次元化し、ついには互いの劣等感コンプレックスののしり合う始末であった。


「……ふうさん? お二人は仲が悪いのですか?」

「いいえ。ああ見えて実はとてもウマが合うんですよ」


 傍観を決めこんでいるふうが、やや呆れたような口調で答える。

 その言葉に妙に納得してしまう楽毅がくきであったが、今はこの不毛な争いをどうやって収めるべきかと頭を悩ますのだった。

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