「ふぅ……そよ風が気持ちいいわ」
小一時間ほど遊泳し浜辺に戻った四人は、日傘の下に敷かれた茣蓙の上に寝そべる。
「そういえば前々から聞きたかったんだけど」
「お、少女会話じゃな? 好みの男子の話とかするのじゃろう?」
楽毅の言葉に齋和が目を輝かせながら食いつく。
「うぅん、そんな色っぽい話じゃないんだけど」
苦笑する楽毅。
「田単って【斉】の王族と同じ田姓だけど、ひょっとしてスゴイお嬢様だったりするの?」
右隣りの田単の方に首をかたむけて問う。
「私の家はそんな高貴なものではありません。事実、父は安平の邑の一役人にすぎませんし」
苦笑交じりに田単は続けた。
「確かに、家系図を遡れば公族の出自になりますが、しょせん傍流です。誇れる程のものではありません」
「ふむ。【斉】には田姓の者が有象無象におるからのう」
田単の言葉に齋和がしきりにうなずく。
齋和こと田文姫も田姓であり公族の出自であるが、彼女自身それを鼻にかける事は無い。
「孟嘗君……いえ、齋和どのは特別です。同じ田姓として誇りに思います」
「ふむ、そうであろう? 田単、オヌシとは仲良くやっていけそうじゃなぁ」
──でも、時々調子に乗っちゃうところがあるのよね。
と、田単におだてられ気をよくする齋和を眺めながら楽毅は思った。
「趙奢も、【趙】の王族と同じ趙姓だけどひょっとしてお嬢様……なワケないか」
「ちょ、何それ、ヒドくないっスか!?」
今度は左隣りの趙奢に問うが、一方的にその質問を完結させられた趙奢は不満げに頬を膨らませた。
「たしかにジブンは粗野だしィ、発明オタクだしィ、お父さんは将軍やってるっスけど……。楽毅ちゃん、それはあんまりっスよ」
「ゴメンゴメン。ほんの冗談よ」
楽毅は手を合わせて謝意を示す。
「ほう。オヌシの父は将軍か。名は何と申す?」
今度は齋和が問う。
「趙奢っスよ、齋和ちゃん。ちゃんと覚えて欲しいっス」
「そうかそうか。その名、二度と忘れまいぞ……って、誰がオヌシの名前を聞いておるか! ワシはオヌシの父の名を聞いておるのじゃッ!」
「やだなァ、齋和ちゃん、ほんの冗談じゃないっスか」
けらけらと笑う趙奢。
──齋和もたいがいノリが良いわよね。
それはその場にいた誰もが抱いた感想だが、あえて口に出す者はいなかった。
「ジブンのお父さん、趙与っていうんスよ」
「趙与……? はて、どこかで聞いたような名じゃが……?」
「十八年ほど前、兵法を学びに臨淄に留学していた学生の名でございます、姫様」
首をひねる齋和にそう告げたのは、彼女の側で直立不動のままでいる青年、驩であった。
「おお、行き倒れのあの貧乏学生か! 確かあの時、ワシが飯を馳走してやったのじゃったなぁ」
納得してしきりにうなずく齋和。
「お父さんにそんな過去が……?」
首をかしげる趙奢。彼女がまだ生まれる前の話なので、ピンとこないのも仕方の無いことだ。
「しかし、あの時の冴えない男が今や将軍で、しかもこんな眼鏡魔人をこさえるとは……【趙】の国はいろいろと終わっておるな」
「うっわ~、それ、本気で傷つくっスよ~」
齋和の容赦無い悪言に、趙奢は本気でへこんでしまうのだった。