「あ、齋和だ! 齋和が来たぞッ!」
家の中からひとりの少年が現れ、大喜びでその名を呼ぶ。歳は恐らく楽毅と同じくらいか。太い眉毛が凛々しく、気が強そうな印象だ。
「おお、元達。久し振りじゃな。元気にしておったか?」
「まあな。齋和は相変わらずちっさいな」
元達と呼ばれた少年がそう言うと、余計なお世話じゃクソガキ、と齋和が笑って返す。お互い憎まれ口に笑って答えるくらいに仲が良いようだ。
「こら、元達。失礼よ。齋和はこう見えてもあなたの大先輩なんだから」
家の中から今度は二十歳くらいの若い女性が数人の幼い子供を引き連れて現れる。
スラリと伸びた細身の長身。顔立ちや身形は地味で素朴な印象を感じさせるが、どこか齋和と同じように芯の強さを感じさせる凛とした佇まいの女性だ。
親にしては若すぎるし、姉弟ともどこか違う。どことなく、子供達の代表といった印象を受ける。
子供達は齋和を見るや否や喜んで駆け出し、一斉に抱きつく。中には彼女の左右結びをぐいぐいと引っぱる者もいたが、齋和は意に介さず笑顔で迎え入れた。
「みな、元気にしておったか?」
うん、と子供達は満面の笑顔で答える。
齋和も満足げに笑った。
「よく来てくださいました、齋和」
子供達のはしゃぎっぷりに苦笑しながら、代表らしき女性が彼女の元へ歩み寄る。
「久し振りじゃな、蓮。今日はオヌシの誕生日じゃからな、来てやったぞ」
「まったく、あなたって人は……。馮さんと驩さんから伺いましたよ。なんでも、貴族方が集う大事な会合をすっぽかしたそうじゃないそうですか?」
蓮と呼ばれた女性は黒ずくめの女性を目で示しながら、ため息交じりに言う。
どうやらこの黒ずくめの二人組は齋和の──孟嘗君の──食客のようだ。
「大の大人が偉そうに管を巻くだけのくだらぬ会合よりも、オヌシの誕生日を共に祝す方が大事じゃからのう」
「もう……あなたって、昔っからそういうところだけは妙に律義なんだから」
齋和の言葉が余程うれしかったのだろう、蓮の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
この二人はどうやら古くからの友人らしく、しかも齋和が孟嘗君である事を理解した上での付き合いの様だ。
──本当の友達って、こういう人達の事を言うんだろうなぁ。
気の置けない関係の二人を見て、楽毅は心から羨ましいと感じた。
「あら? そちらは初めてお会いする方ですよね? 初めまして、私は魯蓮と申します」
楽毅の姿に気づいた女性が自己紹介をする。
「は、初めまして。楽毅と申します」
慌てて自己紹介を返す。
「今日知り合ったばかりでな。この娘、おとなしそうに見えてなかなかの博徒じゃぞ」
「あ、あれはたまたまだからッ!」
齋和の捕捉を慌てて否定する。
「ふふふ、あなたも競馬に付き合わされたのですね? このコ、ホントに競馬好きだから」
事情を察した蓮が嫋やかに笑う。
「ええ、そうなんです。成り行きというか済し崩しというか、ここまで付いて来ちゃいました」
「理由が何であれ、いらしてくださってうれしいですわ。ご覧の通り見すぼらしい孤児院で何のお構い出来ませんが、歓迎致します」
なるほど、ここは孤児院で蓮はその代表者なのか、と楽毅は納得した。
「それなら心配無用じゃ。ほれ、こうしてちゃんと食材を用意したからのう」
齋和が荷車いっぱいに積まれた食材を誇らしげに指し示すと、蓮と子供達は一斉に驚きの声を上げた。
「こんなにたくさん……。一体どれほどの値だったのです?」
「三金じゃ」
それを聞いて思わず天を仰ぐ蓮。
「金のことなら気にするな。なんせ、ここにいる楽毅の冴え渡る勘のおかげで競馬で勝ちまくったのじゃから」
「なるほど。たしかに博徒ですね」
「ホントにたまたまなんです!」
蓮や子供達からの驚嘆の声に、楽毅はブンブンとかぶりを振る。
「しかし、お気持ちは大変あり難いのですが、さすがにこれは多過ぎです。私達だけではとても食べきれません」
「そうか? ワシならこれくらい、ひとりでも平らげられるがのう」
「それはあなただからです」
やれやれ、といった態で蓮が苦笑する。
「でしたら、ご近所の方達もご招待するのはどうでしょうか? 祝い事はひとりでも多い方が楽しいと思いますし」
おずおずと手を上げて楽毅が言った。
「それは名案ですね」
「ふむ。オヌシがいなければこれだけの食材はそろえられなかったワケじゃしな。よし、そこらの者達もみな呼ぶとしよう。きっと賑やかな宴になるぞ」
齋和達は笑顔でそれに賛同するのだった。