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第11話 妙に律義なんだから

「あ、齋和さいかだ! 齋和さいかが来たぞッ!」


 家の中からひとりの少年が現れ、大喜びでその名を呼ぶ。歳は恐らく楽毅がくきと同じくらいか。太い眉毛が凛々しく、気が強そうな印象だ。


「おお、元達げんたつ。久し振りじゃな。元気にしておったか?」

「まあな。齋和さいかは相変わらずちっさいな」


 元達げんたつと呼ばれた少年がそう言うと、余計なお世話じゃクソガキ、と齋和さいかが笑って返す。お互い憎まれ口に笑って答えるくらいに仲が良いようだ。


「こら、元達げんたつ。失礼よ。齋和さいかはこう見えてもあなたの大先輩なんだから」


 家の中から今度は二十歳くらいの若い女性が数人の幼い子供を引き連れて現れる。

 スラリと伸びた細身の長身。顔立ちや身形みなりは地味で素朴な印象を感じさせるが、どこか齋和さいかと同じように芯の強さを感じさせるりんとしたたたずまいの女性だ。

 親にしては若すぎるし、姉弟きょうだいともどこか違う。どことなく、子供達の代表リーダーといった印象を受ける。


 子供達は齋和さいかを見るや否や喜んでけ出し、一斉に抱きつく。中には彼女の左右結びツインテールをぐいぐいと引っぱる者もいたが、齋和さいかは意に介さず笑顔で迎え入れた。


「みな、元気にしておったか?」


 うん、と子供達は満面の笑顔で答える。

 齋和さいかも満足げに笑った。


「よく来てくださいました、齋和さいか


 子供達のはしゃぎっぷりに苦笑しながら、代表リーダーらしき女性が彼女の元へ歩み寄る。


「久し振りじゃな、れん。今日はオヌシの誕生日じゃからな、来てやったぞ」

「まったく、あなたって人は……。ふうさんとかんさんからうかがいましたよ。なんでも、貴族方が集う大事な会合をすっぽかしたそうじゃないそうですか?」


 れんと呼ばれた女性は黒ずくめの女性を目で示しながら、ため息交じりに言う。

 どうやらこの黒ずくめの二人組は齋和さいかの──孟嘗君もうしょうくんの──食客ファンのようだ。


「大の大人が偉そうにくだを巻くだけのくだらぬ会合よりも、オヌシの誕生日を共に祝す方が大事じゃからのう」

「もう……あなたって、昔っからそういうところだけは妙に律義なんだから」


 齋和さいかの言葉が余程うれしかったのだろう、れんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 この二人はどうやら古くからの友人らしく、しかも齋和さいか孟嘗君もうしょうくんである事を理解した上での付き合いの様だ。


 ──本当の友達って、こういう人達の事を言うんだろうなぁ。


 気の置けない関係の二人を見て、楽毅がくきは心からうらやましいと感じた。


「あら? そちらは初めてお会いする方ですよね? 初めまして、私は魯蓮ろれんと申します」


 楽毅がくきの姿に気づいた女性が自己紹介をする。


「は、初めまして。楽毅がくきと申します」


 慌てて自己紹介を返す。


「今日知り合ったばかりでな。この娘、おとなしそうに見えてなかなかの博徒ギャンブラーじゃぞ」

「あ、あれはたまたまだからッ!」


 齋和さいかの捕捉を慌てて否定する。


「ふふふ、あなたも競馬に付き合わされたのですね? このコ、ホントに競馬好きだから」


 事情を察したれんたおやかに笑う。


「ええ、そうなんです。成り行きというか済し崩しというか、ここまで付いて来ちゃいました」

「理由が何であれ、いらしてくださってうれしいですわ。ご覧の通り見すぼらしい孤児院で何のお構い出来ませんが、歓迎致します」


 なるほど、ここは孤児院でれんはその代表者リーダーなのか、と楽毅がくきは納得した。


「それなら心配無用じゃ。ほれ、こうしてちゃんと食材を用意したからのう」


 齋和さいかが荷車いっぱいに積まれた食材を誇らしげに指し示すと、れんと子供達は一斉に驚きの声を上げた。


「こんなにたくさん……。一体どれほどの値だったのです?」

「三金じゃ」


 それを聞いて思わず天を仰ぐれん


「金のことなら気にするな。なんせ、ここにいる楽毅がくきの冴え渡る勘のおかげで競馬で勝ちまくったのじゃから」

「なるほど。たしかに博徒ギャンブラーですね」

「ホントにたまたまなんです!」


 れんや子供達からの驚嘆の声に、楽毅がくきはブンブンとかぶりを振る。


「しかし、お気持ちは大変ありがたいのですが、さすがにこれは多過ぎです。私達だけではとても食べきれません」

「そうか? ワシならこれくらい、ひとりでも平らげられるがのう」

「それはあなただからです」


 やれやれ、といったていれんが苦笑する。


「でしたら、ご近所の方達もご招待するのはどうでしょうか? 祝い事はひとりでも多い方が楽しいと思いますし」


 おずおずと手を上げて楽毅がくきが言った。


「それは名案ですね」

「ふむ。オヌシがいなければこれだけの食材はそろえられなかったワケじゃしな。よし、そこらの者達もみな呼ぶとしよう。きっとにぎやかなうたげになるぞ」


 齋和さいか達は笑顔でそれに賛同するのだった。

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