券売所にやって来た
「次の
高らかに告げる。
替わりに係の者から特殊な印がほどこされた木片が手渡される。これが
「全額賭けたの?」
「うむ。とはいえこの前大負けしたので三百銭しか残ってなかったのじゃがのう」
三百銭では、せいぜい肉まんが三個買える程度である。
「一番人気の
「外れたらどうするの?」
「外れたら……今着ているこの着物を売ってまた勝負するまでじゃ!」
「着物を売るって……何でそこまでするの?」
先程は負けても構わない様な事を言っていたはずである。
「……実は今日は大切な友達の誕生日なのじゃ。ワシはその者に何か馳走してやりたいと思っておる。その為にある程度まとまった金が必要なのじゃ」
「だから競馬?」
「ワシのようなか細き娘がすぐに金を得られるとすれば、後は身体を売る以外あるまい。しかし、ワシはそんなのゴメンじゃからな」
確かに、色を売る他に女性が手っ取り早くお金を稼げる手段はこれくらいしか無いのかもしれない。
「まあ、負けたら負けたで、すまなかったと頭を下げればその友達も許してくれるじゃろう」
そう言って
「そっか……」
出来れば自分が資金を提供してあげたいとも思ったが、
しかし、それでありながら
──スゴイな、このコ。
繊細さと剛胆を
その時、係の者達が一斉に
「馬券購入の締め切りじゃ。そろそろ
数千人は収容出来そうなその観覧席はほぼ満員で、むせ返るような熱気が充満していた。
全部で十頭となる競走馬が
係の者がドンと
最初に猛然と飛び出したのはこの
「逃げに出たわね」
「うむ。あの馬はこれまで全て逃げ切り勝ちしてきた。しかし、二千四百メートルは未知の領域。果たして最後まで
この展開は予想通りで、二人は冷静に
「八番は中団辺りにいるわね」
「この馬はじっくり脚を溜めて、最後の直線で勝負する
確かに彼女は
そして
各馬最終
残り六百メートルの地点で、まだ五番が後続に四馬身の差をつけて逃げている。
各馬にムチが盛んに入ると同時に、
「逃げろ!」
「差せ!」
という怒号があちこちで飛び交い、観客席は興奮の
残り四百メートル。
後続が先頭との差を詰めるが、それでもまだ二馬身ほどの差があった。
そして八番はまだ同じ位置にいた。
──やっぱりダメなのかしら。
緊張のあまり目を伏せる
しかし、残り二百メートル。
ここにきて先頭を行く
「いける。いけるぞ!」
──お願い。
そして――
両馬ほとんど差が無いまま一斉に
「……ど、どうなったの?」
ゆっくりと目を開き、そう
「……勝った」
呆然とした表情で
「え?」
「勝ったのじゃ! 八番の
ようやく我を取り戻した
「勝った……の?」
たしかに係の者は声高に、一着八番、二着五番と到達順位を伝えていた。
不意に
「お、おい。大丈夫か?」
急に崩れるようにして座ったので心配して顔をのぞきこむ。
「あはは……何かホッとしたら力が抜けちゃったみたい」
「ワシもじゃ。着物を売らずにすんで本当はホッとしておるのじゃ」
そう言って、二人は顔を見合わせて笑うのだった。