競馬──
この時代、それは貴族や王族といった高貴な者の為の娯楽であった。
しかし数年前、【
これにより、王族・貴族達だけの間にしかなかった金銭の流れがより広く流動化されたのだ。
さらに
もはや【
その恩恵により、馬主である貴族達は自ら金銭を賭けずとも配当金という形で収入を得られるようになり、今や馬の飼育係や調教師、騎手などは立派な高給取りであった。
「ねえ……ここって競馬場よね?」
慣れない場所とあふれ返る人ごみに戦々恐々とする
そうじゃ、と前を行く
「
「ええ。初めてだわ」
そもそも、うら若き乙女が来るような場所ではない。周囲を見回せばほとんどが男性で、そこかしこに腰を降ろし、酒を飲んで
しかし
「なかなか楽しい所じゃぞ」
そう言って
「おっ、
札の傍らに座っている従業員らしき中年男性は、
「うむ。最近忙しくてのう」
「この前ボロ負けしたから、悔しくて泣き寝入りしているのかと思ってましたよ」
「ぬかせ。今日は勝ちまくって前回の借りをキッチリ返してやるわい!」
憎まれ口に少女は笑って返す。
そんなやりとりを経て男からいくらかの金を受け取った
「オヌシにも協力してもらうぞ」
そう言って
「でもわたし、競馬なんて初めてだし、
「よいよい。オヌシなりの意見を聞かせてもらえれば、それで充分じゃ」
自信満々の少女の背中を
「まずは
「
「出走前の馬を一般に公開する場所じゃ。馬の状態を自らの目で確かめられるぞ」
そう言って彼女が指さした場所を見ると、柵で囲まれた草地に数字の記された布を下げた数頭の馬の姿があった。
元気よく駆け廻っているもの、モリモリ草を食べているもの、横になってくつろいでいるものなど、その様子は実に個性的であった。
「一番有力視されておるは五番の馬じゃな」
「それは何?」
「この
【
「五番の
『五番・
「確かに馬格も他の馬より一回り大きいし、食欲も旺盛みたいね」
「ふむ。あの馬は前走から三ヶ月の休養をとり、英気を養っていたらしいからのう」
「へえ、そんな事まで書かれているのね」
「どうしたのじゃ?」
「うん。あの
「そうじゃな。短距離向きの馬なんじゃろう」
「でも、次の
「ふむ……。競争馬には適正距離やそれぞれに見合った脚質というものがある。そう言われると確かに危ういかもしれぬな」
「それに、前走の時より体重が十六キロ増ってなってるけど、もしこれが調教不足によるものだとしたら、この体重増は不利になると思うの」
「なるほど。休養時の体重増を絞り切れておらんとなれば、いくら実力馬とて苦しい
「短距離だけでは飽き足らず、中長距離にまで手を伸ばす。強欲で身のほど知らずなあの男らしいやり方じゃな」
と、なぜか楽しそうに笑うのだった。
「よし、この
方針を定めた
「ううむ、とはいえ他の馬の戦績はどれもドングリの背比べじゃなァ。どうじゃ、
「そうねェ……。強いて挙げるなら八番の馬かしら。体が引き締まっていながらトモがすごく充実していて、毛艶もキレイでとても優雅な馬体をしていると思う」
「ほう。八番の
「誰の馬かって、重要なことなの?」
「うむ。競走馬の管理に力を入れている者とそうでない者がおるからのう。その点では八番は申し分無いな。過去の戦績はあまり
「よし、八番の一点賭けに決めたぞ。人気も十頭中五番手と妙味があるしのう」
そう言ってさっさと
「ちょ、ちょっと。そんな簡単に決めちゃっていいの? わたし、シロウトなのよ?」
「構わぬ。当たるも八卦。当たらぬも八卦じゃ」
サバサバとした口調で答える
──不思議なコだわ。
一方的に振り回されているはずなのに、いつの間にか不快な気持ちは失せ、今では少女の一挙手一投足にハラハラしている自分が楽しいとさえ感じるのだった。