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第4話 胸は関係無いでしょ

 刹那、楽毅がくきのお腹から、ぐぅ、と何とも気の抜けた音が奏でられる。


 ──そういえば今朝は何も食べてなかったわ。


 気分は落ちこんでいるというのに、そんな事などお構いなく空腹は訪れる。それが何とも情け無く、余計に自己嫌悪に囚われてしまう。ちょうど近くの露店から充満する肉まんの香ばしい匂いが、風に乗って彼女の鼻をくすぐり、それがまたさらなる食欲を誘うのだった。


 ──食も生きる為の立派な動機だわ。


 そんな言い訳めいた事を思いながら、楽毅がくきはその店へと足を運ぶ。

 要は肉まんの誘惑に負けたのだ。


 まだ昼時まで間があるにも関わらず、店先にはすでに十人以上の列が出来ていた。

 楽毅がくきはその最後尾に並ぶ。

 ひとり二人と列が進むにつれ、蒸し上がったばかりのホカホカの熱気が伝わり期待が膨らむ。


「いらっしゃい、お嬢さん!」


 ようやく楽毅がくきの順番が回ると、店主の気風のいい声がかかる。一直線に生えそろった口髭が特徴的な、気さくな中年男だ。


「うむ、いらしてやったぞ」


 しかし、尊大な物言いで答えたのは、楽毅がくきのすぐ後ろに並んでいた少女だった。


 楽毅がくきも店主も思わず唖然とする。

 なぜならその少女はどう見ても楽毅がくきより年下で、せいぜい十二歳といった外見でありながら、その時代がかった口調とふんぞり返った横柄な態度は大人のそれであったからだ。


 身長はせいぜい百四十センチ弱。

 土色がかった黒髪を左右でわえたその髪型ツインテールは、広めのおデコをさらに際立たせていた。


「じゃが生憎あいにくワシは今、金を持ち合わせておらぬのじゃ。すまぬがそこの娘よ、立て替えてはくれぬかのう?」


 おデコの少女は構うこと無く楽毅がくきにたかる。


「……あのね、お嬢ちゃん? 肉まんを食べたくて仕方が無い気持ちは分かるわ。でもね、だからって知らない人からいきなりお金を借りるのはいけない事なのよ?」


 このコは一体何なの、と言いたいのをこらえて、ムリヤリつくろった笑顔でとくとさと楽毅がくき


「何じゃ、度量の狭い娘じゃのう。胸はそんなに大らかなクセに」


 しかし、少女はまったく悪びれること無く、逆に楽毅がくきをなじるのだった。


「なッ⁉ む、胸は関係無いでしょ、胸はッ!」


 楽毅がくきはとっさに両腕を前に組んで胸を覆い隠す。

 その顔がみるみる内に赤く染まっていく。


 確かに楽毅がくきは十五歳にしてはかなり発育が良好であり、身長は低い方であるにも関わらず胸や尻周りなどの肉付きが目立つ。

 しかし、それゆえに時々男性からの不純な視線にさらされ、本人はそれを大いに気にしているのだった。


 ──何て不躾ぶしつけなコなのかしら。親の顔が見てみたいわ。


 そう心でつぶや楽毅がくきだったが、それでも大人の対応を崩す事無く、


「わかったわ、お嬢ちゃん。今回だけはお姉さんが買ってあげる。だけどもう、こんな事しちゃダメよ?」


 要望に応じつつもしっかりたしなめる。


「上から目線なのが何ともしゃくじゃが、まあよい。ありがたく馳走になるとしよう」


 少女は満足げにうなずく。

 楽毅がくきは諦めのため息をくと、


「すみません。このコとわたしにひとつずつお願いします」


 と店主に告げる。


「おい、誰がひとつでよいと言ったのじゃ?」


 しかし、少女は憮然ぶぜんと言い放つ。


「えェ⁉ じゃあ、いくつ食べるつもりなの?」

「そうじゃなぁ。まあ、今日はオヌシの世話になる手前、控えめに十個といったところかのう」

「十個ッ⁉ 控えめで十個ッ⁉」


 再び唖然とする楽毅がくき

 厚かましいと思うより、その小さな体でそんなに食べられるのか、という疑問の方が勝る。


 楽毅がくきは自分の財布の中身をたしかめる。

 足りない訳ではないが、実家から仕送りをしてもらっている身なので余裕がある訳でも無かった。


 ──今さら後には退けない、か。


 楽毅がくきは再び大きなため息をくと、


「すみません。このコに十個とわたしに……一個ください」


 店主に告げる。

 良いのかい、という店主の問いに力無くうなずくのだった。


 こうして楽毅がくきは、肉まんの入った大きな袋を抱えて満足げに破顔する少女と共に店を後にした。


 ──どうしてこうなったのかしら?


 思いも寄らぬ事態に自問するが、答えが出るはずも無かった。

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