オリビアがトイレに感動している頃、ロベルトとソフィア、そしてアーロンは頭を抱えていた。
来週の喜楽日(曜日のこと。金曜日に相当)に王都から王妃と第二王子、第二王女がヴァルト領に来るのだ。
三人とも不安に襲われ、悩んで悩んで、考えるのを放棄した。
なるようになれ精神だ。
ヴァルト領の玄関口であるアルディージャの南門の門番や南通りに面する店に事前に知らせ、当日は私兵たちと、雇った傭兵で通行整備を行ってもらうように手配だけはした。
観光地も張り紙をして、当日は王族貸し切りの為、観光地に行けなくなる旨を記載した。
王族と国民が鉢合わせとか、なんの罰ゲームか、という状況になるからだ。
美味しい料理と美しい観光地があれば、問題はないだろう。
迎えた火月(時期的に8月)23日喜楽日は快晴で、ロベルトとソフィア、そしてアーロンが天に感謝した。
午後1時頃に、騎士たちに先導されて豪奢な馬車が南門から入ってきた。
騎士、従者等合わせて約40名の一団だ。
騎士が掲げる旗や馬車に刻印された紋章は、豪華に飾られた緑の盾の上に、2本の剣が交差して描かれている。その下に王冠を被った黄金のライオンが描かれている。
馬車はトラブルに見舞われることなく、迎賓館前にやってきた。
「王国の偉大なる月、そして輝ける星々に栄光あれ」
「「栄光あれ」」
月は王妃、星は王子や王女(厳密には、王女の場合は流星)を指す。
跪くロベルトやソフィア、アーロン、そして使用人たちを見て苦笑を浮かべたのは王妃だった。
「堅苦しい挨拶はなしよ。わたくし達は観光の為に此処に来たの。楽にして」
「お気遣い感謝します。では、お三方を迎賓館にご案内しましょう」
新領主館のすぐ隣にある迎賓館の中にロベルトとソフィア、アーロンが王妃たちを案内した。
迎賓館は新領主館とは違うロマネスク様式で、クリュニー修道院に似た館だ。壁は白い煉瓦、屋根は深緑。
木材と煉瓦でこの迎賓館を作ったのは、ドワーフたちだ。
入り口には創造の二神の像が飾られている。
「これは何の石でできているのかしら」
「アダマンタイトでございます」
「……それは伝説の鉱物ではなくて?」
「はい、偶々入手できまして」
「そう、贅沢ねぇ」
「ははは、(アーロンが作ったから無料、とか言えないな)」
「この階段と手すりは硝子かしら、宝石が中に散りばめられているのね、とても高い技術がないと作れないわ」
「え、ええ、それはもう職人が苦労して……(アーロンが簡単に作ったなんて言えない)」
「賓客をもてなす為に此処まで財を尽くす者は見たことがないわ。流石は
「恐れ多い……、王国の太陽の足元にも及ばぬ小さな街でございます」
「……過度な謙遜は自身の価値を落とすこともあるわ。気を付けなさい」
「はっ」
王妃たちは建物に大変満足しつつ、転移装置で最上階に上がり、部屋に入った。
「まあ、とても素敵な部屋ね」
白と深緑を基調とした上品で落ち着いた広々とした部屋がこの迎賓館の最上級の部屋だ。
「下がって良いわよ」
「はっ」
ロベルトたちはほっとしたような表情を浮かべて部屋を出た。
セキュリティなどの説明はスタッフに丸投げした。
スタッフは涙目だった。
「はあ、とんでもないことになってるわね、ヴァルト領」
王妃、マリア・セレーネー・エレツは溜息をつく。彼女は桜色の髪と瞳を持った美女なので、憂えるような表情も一枚の絵のように美しい。
「そうですね、領都アルディージャなんて、王都よりも立派でしたからね」
第二王子、シリウス・アステール・エレツは苦笑した。彼は母譲りの桜色の髪と父譲りの赤い瞳を持つ美少年だ。
「王家の威信に関わるわ……。貴族たちの前では、絶対にそのようなことは言わないように」
「はい、母上」
その時、お手洗いに行っていた第二王女マグノリア・ミーティア・エレツが、興奮した様子でお手洗いの方から出てきた。
彼女は父親と同じ金色のふんわりとした長い髪とローズピンクの瞳を持つ妖精のような美少女なので、興奮していようが可愛らしい。
「お母様、お兄様!あのお手洗いを王城にも付けるように依頼して下さいませ!」
「どうしたの、リア」
「そうね、お手洗いくらいで」
「お手洗いくらいで、ではありません。お母様。是非、体験して下さいませ。お兄様も」
この部屋にはお手洗いが男女別で2つ用意されている。
マリアとシリウスは疑問に思いつつ、お手洗いに入った。
そして、思い知った。
「こ、これは、お手洗いの革命だわー!!」
という王妃の歓声と、
「こんなお手洗いは見たことがない」
という第二王子の感嘆の声がトイレに響いたという。
因みに、お手洗いは広々とした部屋で、用を足す部屋とその隣に広々とした洗面台と化粧台がある部屋が男女どちらにも付いている。
お風呂も男女別だったりする。
大浴場は一つ下の階にある。
機能については、トイレは伯爵令嬢オリビアが体験したものと大体一緒で、洗面台は魔導具(アーロンがほぼ石で作った)になっていて、全身を浄化してくれる。
化粧台には様々な基礎化粧品と、化粧品、化粧道具が並んでおり、全ての容器や道具に魔法が付与されている。
全ての基礎化粧品、化粧品には精霊樹の葉が少しだけ混ざっている。ハーフリングが肌に優しい材料を混ぜて、ちょちょいのちょいで作っているらしい。
王妃は洗練された基礎化粧品と化粧品も気に入った。
何なら、クレンジングで今の化粧を落として、洗練された化粧品を使って、自分で化粧をやり直したくらいだ。
化粧のやり方を教えてくれるゴーレムのナビゲーターまでいたので、俄然やる気になってしまい、自分でやり直ししたようだ。
今の王妃は先ほどよりも相当に美しく、若々しい。
お手洗いから出てきた王妃は、ゲン◯ウポーズをしつつ、真剣な表情で言った。
「あのお手洗いは王城に必ず必要ですわ」
「分かってくれたのですね、お母様」
「リア、貴女が早く見つけてくれて助かったわ。セバスチャン」
侍従長であるセバスチャン・バトラーが王妃の元にやってきた。
「お手洗いを王城に設置するために交渉して頂戴」
「は、既に使いの者を男爵殿の元に送っております」
「ならいいわ。ありがとう、セバスチャン」
「とんでもございません、妃殿下」
すすす、とセバスチャンは壁と一体化するように他の侍従と侍女と共に待機する。
(素晴らしいお手洗い……体験したいが、使用人の部屋のお手洗いは普通だろうな)
とか内心思っているのだが、退勤後に使用人部屋のお手洗いで歓声をあげてしまうことになるとは、この時のセバスチャンは思ってもいなかった。