プレックの路地裏、薄暗い建物の一角に【カブタ商会】が借りている部屋がありました。
その部屋で、派遣されてきた商人ベハラと、なんとあのローブの男が二人で怪しい密談をしています。
「失敗したようだな」
「なんの、まだ小手調べだ。たかが鳥が一匹駄目になったぐらいで、俺の計画は狂わない」
「その言葉が嘘でないことを願うがな。分かっているとは思うが、あの小僧は傷つけるなよ? 商品価値が下がるからな」
どうやら、ベハラはローブの男にソーティを襲うように指示してようです。しかし、商品価値とは一体どういう事でしょうか?
二人はまだまだ話を続けます。
「小僧の魔術は昨日見たがな、所詮子供騙しだろ? 見栄えだけで、役には立たない」
「それは所詮お前のような暗殺者の視点だ。その子供騙しに大人は金を出す。派手なものが好きなのは子供も大人も無いからな。……奴は金のなる木だ。絶対に物にする」
「あんたも酔狂だな。ただ雇うだけじゃなく、きっちり脅してやろうなんてな」
「ただ雇うだけじゃ、いつかは逃げられる可能性がある。そんな気を無くすぐらいに徹底的に恐怖を植え付けてやる。その上で一生飼い殺すのさ」
なんということでしょう。カブタ商会のベハラはソーティのマジックがお金になると考え、私腹を肥やす為に物にしようなどと恐ろしい考えを持っていたのです。
密談を終えると、ローブの男はそそくさと建物を離れて行きました。
その姿をとある男女に見られているなどとは露知らずに。
◇◇◇
「いやあ、面白かった! 悪いねアレコレ教えて貰っちゃてさ」
「いんえぇ。わ、…ぼくも、人に教えるなんて初めての経験で楽しかったですだ」
「確かに、楽しかったですよ。この瞬間にもモナーガ様が外で楽しんでいらっしゃるのかと思うと、それがちらついてイライラしますが、そこそこ忘れる事が出来ました」
楽しそうに会話をする三人。マジックを通じて仲が随分と深まったようです。
そんな中、店の掃除をしていたマスターはある物を発見しました。
「おや? こんなものあったかしら?」
テーブルの周りを綺麗にしていた時のこと、椅子の上に小袋が置いてあるのに気が付きました。
お客さんの忘れ物でしょうか? しかし、昨日見回った時にはこのような物は確認されていませんでした。
マスターがそれを手に取ろうとした時、後ろから声が掛かりました。
「ああ、それはアタシのだよ。済まないねマスター、まさかこんな所に落としてたなんて」
「うっかりですね。物忘れには早いのでは?」
「うるさいよ。そうだ、早速教わったマジックでもこいつで試そうか」
ロゼルーエは、小袋を摘むと素早く宙に投げると、途端に火がつきはじめ、そのまま燃え尽きてしまいました。
キィ……ッ
「あれ? 失敗しちゃった。やっぱり付け焼刃じゃまだまだこんなものかな」
本来なら、光の粒となって煌びやかに舞い散るはずでしたが、そのまま燃え尽きてしまったのです。
「今、何か聞こえなかったかしら?」
「そうでしょうか? わたくしの耳には何も。きっと疲れていらっしゃるのでしょう。女性一人で切り盛りしているようですし」
マスターの疑問を、ライフィードは否定すると共に気遣いの言葉を掛けます。
その気遣いの言葉に気を良くしたのか、マスターはそれ以上の疑問の追求を止めてしまいました。
「んー、そうかも。最近忙しくって。でも、ソーティちゃんが手伝ってくれるから、大丈夫よ」
「マスターには住むとこと飯を食わせて貰ってますだ、当たり前の事ですだよ。もう一人のおっかあみてえだ」
「いやだわ、私はまだ一人身よ。お姉さんぐらいにしておいて」
そんな談笑を、店の外から隠れて見ている男がいました、あのローブの男です。
「……ちっ」
男が思わず歯を噛み締めてしまうのには理由があります。
実の所あの小袋は、気づかれないように、ネズミを呼び出して運ばせて置いたものでした。
袋を開けた途端、毒虫が飛び出して針を刺した相手を痺れさせる、という仕組みになっていたのです。
ローブの男は失敗を悟ると、次の手を打つ為にその場を離れるのでした。
しかし何故、ロゼルーエはあの小袋を自分のだと言ったのでしょうか?
もしかしたら、彼女は気づいていたのかもしれません。
それが、どのタイミングでかはわかりませんが。
「とりあえずは、今のところ順調ってとこだな」
ローブの男の後を追う、男女。
それこそがモナーガとザリカでした。
二人は、ローブの男が商会の建物を出てからずっとその後を追い続けていました。
「あの男の行動、エスカレートしていく危険性があります。十分にお気を付けを」
「気を付けるのは、俺じゃなくてソーティとマスターだろ。将来有望なソーティとうら若きマスターには傷一つ付けさせんさ」
「確かに、ソーティ殿は有名になっていく事でしょう。私は実際にその術を見た事はありませんが」
「俺の言っているのはそういう意味じゃないんだが。……んな事はどうでもいいか。尻尾出すまでこのまま焦らして行こうぜ」
「了解いたしました」
二人はそこで会話を終わらせると、再び追跡を再開しました。