翌日の事です。またいつものように、朝の風に揺れる風見鶏と共に、商いの街が目を覚まし始めます。
しかし、街が動き始めたその頃、街の外に広がるゴルタード邱の草原では、ある異変が起きようとしていたのです。
草むらの中で、一人の少年――ソーティ・ラノッテは、この草原に咲く花【ピアル】を摘みにやってきました。
その花自体は、さして珍しい花というわけではありませんでしたが、彼の奇術で使う道具に必要な魔力を秘めていました。
元来、節約家のソーティは店で花を買うような事をせず、こうしてよく摘みに来ていたにです。
今日も必要な分の花を籠へと詰めて終えたその時でした。
不意に、自分を大きく覆う影が現れたのです。
気になって見上げてみれば、なんとそこにいたのは全長三メートルはあろうかという怪鳥【リリアス】ではありませんか。
本来、人里の近くに現れることがないその鳥がなぜこのような場所にいるのか? それは誰にも分かりません。
しかしソーティにとっては、そのようなことを考える余裕すらありませんでした。
ソーティはこのような大型の魔物と対峙した経験などなく、思わず足がすくんでしまいました。
その隙を逃すはずがありません。リリアスはソーティへと狙いを定めて飛びかかろうとしたその時の事です。
「グエエエエェェェッッ!!??」
どこからか光の線がリリアスへと向かって飛んでいき、なんとリリアスは断末魔の悲鳴を上げるとそのまま地に倒れてしまいました。
ソーティは目をパチクリと繰り返ししまいます。何が起きたのか理解が出来なかったからです。
そんなソーティに近づく影が四つ。
「大丈夫かい? 坊主」
そう話掛けてきたのは青いジャケットを来た青年、その後ろにも同じ格好の女性が三人おりました。
ソーティは悟りました。いかなる手段を用いてかはわかりませんが、この人たちが自分を助けてくれたのだと。
ソーティは心の底からの感謝を口に出しました。
「た、助けてくだすってっ! あ、ありがとうごぜぇますだっ!!」
ソーティは深々と頭を下げます。
ちなみにソーティの出身は、プレックから遥か来たにある小さな村。
プライベートでの彼は、幼い頃からの言葉遣いをそのまま用いていました。
そんな彼らを遠くから見る者が一人、昨日の酒場にいたローブ姿の人物です。
ローブの奥で、眉間に皺を寄せ苦虫を潰したような顔でソーティ達を睨んでいましたが、やがてその場を立ち去って行きました。
◇◇◇
道中で自己紹介をしながら、自分を助けてくれた男性を伴い、居候をさせてもらっている酒場へとソーティは帰ってきました。
事情を話すソーティにマスターもまた、保護者の立場で彼ら――モナーガと名乗った男性とザリカ、ロゼルーエ、ライフィードと名乗った女性達――に深々と頭を下げました。
「いや何、人としての当然の行動というやつですよ。ハハハ!」
謙遜な言葉を口にするモナーガですが、その態度はどこか尊大でちぐはぐな印象をソーティに与えました。
それが面白かったのか、ソーティは思わずクスクスと笑ってしまいます。
「あ、すまねぇだ。命の恩人に向かって……」
「気にしなさんな。笑えるって事は元気な証拠だぜ? 自分の命に感謝だな」
「な、なんですだかそれ。ふふふ。でんも本当に感謝ですだ。なにかお礼をしないと気が済まねぇ」
「そうだな、じゃあ気が済むまで俺の助手達にマジックを教えてやってくれ。俺はちょこっとこの街を見てくるからさ」
「そんな事でええんならいくらでもやりますだ!」
「なぜ、わたくしたちが勝手に助手扱いは受けなければいけないのでしょうか? 心外です」
「まあ、良いじゃないか。アタシは興味あるよ」
不満を口にする助手の一人、ライフィードでしたが、もう一人の助手であるロゼルーエに宥められます。
そんなやりとりを横目に、最後の助手であるザリカにモナーガは声を掛けました。
「あ、ザリカちゃんは俺と一緒に来てくれる? さすがに一人は寂しくてさ」
「了解しました。ご同行いたします」
「へぇ、デートですか? いいご身分ですね」
「ぶつくさ言うんじゃないの。おとなしくお勉強してな」
チクチクと刺さるような言葉を溢すライフィードですが、そんな彼女にモナーガは釘を刺しつつ、彼女の耳元まで近づき囁きました。
「(ちゃんと打ち合わせ通りに、な)」
「(わかっていますよ。でもちょっとしたわたくしのお茶目に付き合ってくれてもよろしいでしょう? ごく自然体に)」
「(……俺はお前にもう少しおとなしくしてほしいんだけどよ)」
「(心外ですわ。わたくしはいつだっておしとやかを心がけておりますので)」
二人がいったい何を話し合っていたのかはわかりませんが、短い会話を終えるとモナーガはザリカを連れて街へと出かけて行きました。
「じゃあ、早速教えてくれ。こういうのを学ぶ機会なんてそうそうなさそうだしね」
待ちきれない様子で、ロゼルーエはソーティを急かしました。
「はいですだ!」
ソーティもまた、初めてできた教え子に気分が高揚しておりました。
そんなやりとりを見てマスターも、微笑んでいました。