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第23話 演じるマジック

 緑生い茂るゴルタード邱から見えるその街の名前を、商街プレックといいます。


 その名の通り、商いが盛んなこの街には多種多様な商人と、そんな彼らから商品を買いたいと、地方から王都から、時にはエルフの里からも。様々な買い物客が足を運んできます。


 そして今まさにそんな街の大通りでは、ある光景が繰り広げられていました。


「ほら!  買わねえならどいてくれ! 次の広場行くからよぉ!!」


 大柄な男が声を張り上げると、周りにいた人垣が一斉にどいて道を作りました。


 そうして大男が率いる荷馬車が、馬蹄の音を響かせながら次の商場へと走っています。


 それを遠目に見ていた通行人の男は言いました。


「おい聞いたか? 今度はあの【カブタ商会】の奴らが来てるらしいぜ」


 隣で同じように見物していた男が相槌をうちます。


「ああ、なんでもまた商売を始めてるんだとか」


 そんな話をしていると、「やあやあ、皆さんこんにちは!」と威勢の良い挨拶が聞こえてきました。


 振り向くとそこには、先程までの男たちと同じ格好をしている青年たちが、声を上げて手を振って歩いてくるではありませんか。


「本日より、この街で商いをやらせて頂きます【カブタ商会】より派遣されました、ベハラと申します。皆さんには、今後ご贔屓にしていただきたく、挨拶へと参りました」


 青年は爽やかな笑みを浮かべながらそう言って、深々と頭を下げてみせました。


 こういった光景は、この街では珍しくありません。

 ここは商いの町。この国で最も人の行き交う、旺盛な町ですから。

 商人達は、今日も元気に駆け回り、商売に励みます。


 そんな彼を見守るは、雲一つない空。


 しかし、そんな街だからこそ、人の影も多く、大きい。

 街の裏で蠢く怪しい影もまた、他の街の比ではありません。

 それは夜ともなれば尚更のこと。路地の奥に灯った光が、幾度も闇に飲まれていきます。


 ですがそれでも、その光を消すような事はしてはいけないのです。




 とある酒場での出来事。

 その日も、商いを終えた商人や商人に雇われた傭兵、遠くから噂を聞きつけてきた冒険者などが賑わいを見せていました。


「おい、そろそろ始まるみたいだぞ」


 カウンター席に座っていた冒険者がそう言うと、皆の視線が自然とその方向へ向かいました。


 そこでは、店の奥の扉が開かれ、タキシードにシルクハット姿のマントを羽織った一人の少年が店内に入ってきています。


「おっ、来たな」


 誰かがそう呟くと、途端に店の中がざわつき始めました。


「あれが例の……」


「まだガキじゃねえか」


「あんなのが、本当なのか?」


 口々に囁かれる言葉。


 それを聞いた少年――ソーティは、小さくため息をつくと、目をカッと開いてステージへと向かいました。


 酒場の全員にその姿を目で追われながらも、物怖じせず、むしろ堂々とステージ中央へと進み、そして歩みを止めて振り返りました。


「レディース&ジェントルメン! 今宵も我がマジックの舞台へとようこそおいでくださいました! まずはこの私、ソーティ・ラノッテが、皆様を夢の世界へご案内致します!!」


 そう言って両手を広げ、大仰な身振り手振りをしてみせると、周囲から笑い声が上がりました。

 しかし、それも一瞬の事。次の瞬間には、誰もが口を閉じて、感嘆の世界へと誘われるのです。何故ならば……。


「さあ、始まりますよ。貴方が見たことのない世界が!」


 その声と共に、彼がマントを翻すと、突然箱が現れました。

 そしてその箱が開かれると中から無数の鳩が現れて、客席に向かって飛んでいったかと思えばその鳩は、ソーティが指を鳴らすと光の粒となって観客へと降り注がれました。


「おおっ……!!」


「すげえ!!」


 拍手喝采が沸き起こり、彼は満足気に微笑むと、次の道具を取り出しました。


「続いては、こちらのステッキをご覧下さい」


 そう言って取り出したのは、何処にでもある杖。それを床に置くと、なんと一人でに動き魔法陣を描き始めました。


 完成した魔法陣が光を放つと、飛び出てきたのは一羽の鳥。


「これはマジカルステッキ。これを使えば、このように様々なものを呼び出すことができます」


 そう言うとソーティは、今度はステッキを目の前で軽く振ってみせました。


 するとどうでしょう、彼の手に握られていたステッキは、たちまち炎に包まれ、やがて火球となりました。


「こんな風に、ね」


 ソーティが人差し指を立てると、火の玉はその先端に留まり続けていました。

 客席からまたも声が上がります。


「この程度で驚かないでいただきたい。ここからがこの奇術の本番なのだから! さて、では次に参りましょう。この小さな小瓶に何が入ると思いますか? ヒントは、もう片方の指にあるもの」


 何も入っていない小瓶を客席に見せ始めると、もう片方の人差し指にある火の玉を、その瓶の入り口に向けて押し込んでいきます。


 するとどういうことでしょうか? 玉の形をしていた火は、まるで液体のようにドロドロとその瓶の中へと入っていきました。


「さあどうです? 世にも珍しい火の水!」


 観客は大盛り上がり、あちこちから「おー」「いいぞー」などという歓声が上がっています。


 しかし、ソーティにとってはまだまだ序の口だったようでした。


「しかし、まだまだ。この水に今から魔法をかけて差し上げましょう。スリー、トゥ、ワン!」


 最後の数字を数え終えた時、火の水は勢いよく瓶から飛び出し、空中で弾けました。


 再び降り注ぐ光の粒、それに向かって先ほど呼び出した鳥が羽ばたくと、今度は鳥自体が炎の化身となり美しい軌跡を描き、やがてソーティの肩へと止まったのです。


「いかがですか皆様、これが私の生み出した奇跡の魔術マジック。皆様に楽しんでいただけたなら幸いです」


 そう言って頭を下げると、割れんばかりの拍手が響き渡りました。


「素晴らしいぞ少年!」


「ブラボー!!」


 そんな声が客席から次々と飛び出し、まさに大盛況。これには、酒場のマスターもにっこりと笑みを浮かべます。


 この日もまた、奇術師マジシャンソーティの舞台は成功のまま幕を閉じたのです。



 しかしその酒場の一角、ステージのソーティへと向けて、何やらよからぬ視線を向ける人物がいました。


 全身をローブで覆ったその人物は、ソーティが舞台を終えて掃けるまで視線を向けると、勘定を済ませて店から出ていきました。

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