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第19話 解窟

 あれから二時間程歩いた。木々が開けた先に、集落らしきものが見えてきて、辿り着いた俺たちを見た人々は驚いていた。いなくなった領主の子が現れたのだからそれも当然だっただろう。


 俺たちはその子供を助け出してくれら恩人として、そのまま屋敷まで案内されて、領主の前まで連れていかれた。


 まあ、そこまではいい。ここまでの流れは想定内だったさ。



 切っ掛けは何気ない俺の一言だった。



「いや、しかしこのお屋敷も見事ながら、ここで働きになる女性も美人で、それもまた多いときた。いやはや眼福ですな」


「そうか、やはり気づかれ申したか……」


「え?」


 領主である蕗之条の父は神妙な顔つきになり、居住まいを正した。


「お察しの通り、この屋敷では男の働き手が不足しております。恐らく、異国からやって来た貴方がたはご存知でないであろう。今、我が領土にて”燐侮りんぶ”と呼ばれる妖が巣を作っておるのだ」


「は、はあ。燐侮、ですか?」


 なんだそれ? そんなん聞いた事ねえぞ。そんなの居たか?

 マキナやドランが説明を求めるような顔で俺を見てくるが、俺もわかんない。


「蕗之条にきつく外出を禁じていた理由もまた、そこにある。そしてこの場に呼んでいないのもだ」


 領主は、重い口を開けて語り始めた。


「かの妖は、一匹ずつの力こそ弱いものの、群れを成し、数で攻める狡猾な奴等だ。今までにも何人もの男達が連れ去られ、行方知れずとなっている。だが……」


 領主は一旦言葉を止めた。言い淀む様子に只ならないものを感じたが、もう一度口を開くのを待った。


「だが、何よりも恐ろしいのはその繁殖能力。その為に奴等は男を拐っていくのだ」


 その言葉を聴いて、俺の中で恐ろしいピースが尋常でない勢いで組み上がっていく。ドランの顔をチラっと見れば青くなっていくが見えた。

 俺と同じ事を考えているのだろう。


 だが、俺はそうであって欲しくない思いで、領主に訪ねた。


「な、何故に……っ」


「人間の男を母体とするのだ。あれらは」


 当たって欲しく無かった予感が的中した。

 現実を受め止めきれないドランは、口をあんぐりと開けて固まってしまった。


 そんな俺達の心情を知ってか知らずか、領主がさらに続ける。


「取り分け、力のある屈強で大柄の男を選んで連れていくようだ。恐らく、丈夫な肉体の持ち主である方が、母体として適しているからであろう。既に屋敷の男衆が何人も被害にあっており、今だ帰らず、中には息子とも親しくしていた者もいる。だからこそ、この場に呼んでおらぬのだ」


 つらつらとそんな事を語られても困るもんで、正直言ってもう帰りたかった。

 いくら何でも話が変わり過ぎじゃないか? 付いて行けない、行きたくない。


 ドランの方を見れば、恐らく同じ事を考えているんだろう、その目は明らかなにこの場から離れたいと訴えていた。

 まさか、こいつとこんな所で意見が合うとは。


 俺は意を決して、口を開いた。


「そ、そのような事になっていたとは。これは露知らず、ならば我々も早々に立ち去って」


「父上! 何故そのような話をこの蕗之条めにお教えして下さらなかったのですか!」



 俺が帰ろうとその旨を言おうとした時だ。

 勢い良く、襖が開く。恐らく聞き耳を立てていたであろう蕗之条がそのにいた。


「部屋にいろと言っておいたはずだぞ。何故ここにいる!?」


「私とて、いつまでも子供ではありませぬ。村式の男子たる身ならばこそ、領土の危機を知らぬ訳にはいかぬのです!!」


「お前にはまだ早い話だ。子を巻き込みたくは無い親の気持ちにも理解を示せ!」


「しかしっ!」


「くどい!」


 何で親子喧嘩が急に始まるんだよ。頼むからもう帰らせてくれ。

 いっその事、このまま黙って屋敷を出るか? そんな事を考え始めた時だった。


 俺の膝に座っていたマキナが、二人の前に歩き出した。


「わかりました! では僕達にこの件をお任せ下さい!!」


 どういう訳か、マキナが親子に対してそう宣言したのだ。

 任せてって何? 僕達って俺も?

 理解が追いついていなかったが、このままではまずい!


「え? あ、あの、ちょっ」


「なんと! 猫が人の言葉を喋る!!?」


「まさか、貴方様は神獣に類する者では?!」


「ということは、後ろのお二人は神獣に使える御子様か!!」


「はぇ? な、なんですと?」


 盛り上がる親子を前に、全く状況をつかめないドランが声を裏返らせる。俺もドランと同じように驚きを隠せない。


 そもそもなんだよ神獣って? 

 俺関係ないだろうそんなん。なのに何で巻き込まれているんだ!?


 だが俺達の戸惑いなど気にも留めず、親子は白熱していた。


「なるほど、見えて来ましたぞ。貴方様は、罪なき民を苦しめる悪鬼を滅する為に、神の国より遣わされた使者様であると」


「初めて出会った時、天より現れたのも! そう考えれば辻褄が合う……!!」


「おお、まさか! 生きて神の使いに会うことが出来るとは!!」


 どうしてこうなった?


 俺は今まさに頭を抱えていた。隣にいるドランも呆気に取られていた。

 目の前では三人が俺達を置いてけぼりに、盛り上がってしまっている。


「罪もない人々を苦しめるなんて、見過ごせません! 必ずや僕達が、この事件解決してみせましょう!!」


「マキちゃん?!!」


「なんと、強く逞しき言葉か……っ! やはり神に仕えるお方には敵わない……っ!」


「この蕗之条、微力ながら神獣様方に協力致します!!」


 俺とドランは蚊帳の外のまま、何故かあれよあれよと化け物退治をすることになった。


「い、いやねマキナちゃん。確かにさ、可哀想だと思うよこのままじゃ。でもさ、流石に余所者が首を突っ込むっていうのは……」


「駄目なの? 何も悪い人達が苦しんでいるのを見ると、僕も苦しくなるんだ。でもそれって僕のお節介でしか無いのかなぁ……」


 尻尾が元気なくしなだれる。一気に暗くなったその表情だけでなく、全身から気落ちしているのがよくわかる。

 い、いやそれは反則じゃない。


「そ、そのね、別に悪い事とかじゃないんだけどね。あ、あ~と。……俺も実は同じ事考えてたんだ! やっぱ人助けって最高だよな!! な、ドラン!??」


「え? ……ええ、ええ! そうですとも!! ですからマキナ殿は何も気にする必要など無いんですぞ!!」


「ほんとに? やったー! 二人共ありがとう!! よーっし、僕も頑張るぞぉ! おー!!」 





 そして、現在。

 燐侮とやらが根城にしている洞窟の前に俺達はいる。 

 いや、こんなん想定できる訳ないじゃん。


「……モナーガ殿、何故我々はこのような所に来てしまっているのでしょうな?」


「俺が知りたいぜ。でもさ、お前後ろ見てみろよ。すんげえキラキラした目で見られてんぜ?」


 そう俺達の背後には、蕗之条をはじめ、男衆を捕られた村の女達の姿もある。

 その全てが俺達に期待の眼差しを向けているのだ。


「こっかからもう、どうやって逃げろってんだよ」


「いや、私もどうすれば良いか分かりませぬ……。それに、マキナ殿までノリに乗ってしまいましたし……」


 そうマキナは目を輝かせながら、背後にいる全員に話しかけた。


「皆さん! 今日で皆さんを苦しめていた妖怪は僕達が退治して見せます! だから安心して下さいね!」


「わああぁぁ!!」


「きゃ~神獣様ぁ!!」


 湧き上がる歓声。盛り上がる空気。

 何だよこれ? 何でこうなった? 俺がおかしいのかな?


「モナーガ殿。私は正直泣きそうです。この先に進めば間違い無くトラウマが出来てしまいます」


「俺だって泣けるなら泣きてぇよ。でも、でもどうすりゃいいんだよ」


「二人共、頑張ろうね! 洞窟のサーチはもう済んでるから、きっちりナビゲートしてあげるよ!」


 俺達の足元に戻ってきたマキナが、今か今かと急かしてくる。

 最早俺達に退路は無い。出来る限りとっとと終わらせるしかないのだ。


「く、くそったれええええ!!!」


「う、うおおおおお!!!」


 やけくそになった俺達は、洞窟の中へ飛び込むと同時にスーツを纏い、奥へ奥へと進んで行った。



 その後の事はもう、語りたく無い。


 ◇◇◇


 一体どれほどの時が立ったであろうか?


 退治されていったであろう化け物共のけたたましい悲鳴が、洞窟の外まで響き渡り、蕗之条達は身を竦める思いで、しかし、希望を抱いてその時を待ちわびていた。


 やがて、静かになった洞窟の奥から、一匹の猫と二人の男が現れる。


 そう、勝ったのだ。


 自分達を苦しめていたあの悪鬼共は、神獣とそれに使えし御子によって討たれた。


 女達は喜びに打ち震える中、神獣真輝那まきなは、ここで全ての悪意を断ち切ったと宣言。暗黒の日々は終わり告げたのだ。


 御子の二人の様子と来れば、その身に傷の一つも付いてはいないが、その顔はまるで死人の如く頬が痩け、その目には生気が失われていた事から、想像も出来ない程の激しい戦いが行われていたと伺える。


 その姿を見て蕗之条はこう思った……あれこそがまさに勇者の果てにある姿だと。


 真輝那は語る、村の男達は体力を消耗しているが全員無事であると、そして、二人は戦いで疲れ切っておりこのまま帰ると。


 おお、なんと。これ程の偉業を成し得たというのに謙虚さを忘れないその姿勢に、女達は感動を禁じ得ない……。


 蕗之条は思う、この出会いを与え給うた神への感謝を。そしていつの日にか、自らもこれほどの益荒男になってみせると。


 真輝那は、御子の一人、もなあがの腕の中に収まると二人を引き連れ天へと帰っていった。

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