俺たち三人と一匹は、日が出ているというのにどこか薄ら寒さする感じる森の中を歩き続けていた。
少年から見えないように、栄養ドリンクを飲みながら、考えに拭ける。
一行に加わった、蕗之条を名乗る少年について、俺は知っている。
あったことなど一度も無く、当然知り合いでもなんでも無い。
ならなんで知っているかってーと、蕗之条という人物が出てくる小説を、以前地球で買った事があるからだ。
ジャンルは関係無く適当に選んだ漫画やら小説やらの中の一つ。
ここはそれとよく似た世界って事か。
ある意味でラッキーだぜ。全く知らない世界じゃない以上やりようはある。
確か【臥国】
オムニバス形式で、複数の主人公の視点で物語は進んで行くんだったか。
村式蕗之条ってのはその主人公達の一人で、名家の一人息子って設定で、心配性の母親のせいで屋敷から外に出たことのない箱入りのボン。好奇心は人一倍強いが、その根の優しさで言いつけを守り続けてきていたって序盤で描写されていたな。
そして今のこの状況は、蕗之条の父に恨みを持つ野盗が、呪術で屋敷の人間を全員眠らせ、蕗之条を誘拐。したはいいものの、根城に帰る途中の森で、妖怪に襲われて食い殺す為に攫われてされていく。まだ子供で肉付きのよくない蕗之条はそのまま森に放置された。
そして俺たちはその、蕗之条とあった訳だ。
その後の展開は、子供ながらに森から人里まで歩き、生還してきた事から父親から大いに褒められ、この出来事が一人前の跡継ぎとしての足がかりになる。って感じだったな。
最後は確か……、
不吉の象徴である【哦龍】
勝手に持ち出した家宝の刀で困難を切り抜け、ついに目的の龍にまでたどり着くも、そこにいたのは苦悶の表情を浮かべた哦龍。明らかに衰弱しておりいつでも息の根を止めることが出来る状態。
それを見て動揺するも、民の為に刀を握るが、しかし、哦龍の目を見て思いとどまる。その目はまるで、森を彷徨っていた頃の、寂しさや不安から開放されたいと願いながらも絶望に押しつぶされそうになっていた自分と同じだと気づき、躊躇う。
やがて蕗之条は、その顔から険しさを解き、龍に優しく話しかけながら、刀を振るった。
実はこの家宝の刀、単に斬る為だけで無く、慈悲の心で振るえば病魔を断ち切る事が出来るという。
苦しみから開放された哦龍は、蕗之条の気高い心に感銘し、自身の髭を一つ渡して、飛び去って行った。
この髭には、龍の加護によりその土地に悪意ある妖は寄り付けなくなるという。
髭を持ち帰った蕗之条は、後の世において村式家随一の勇者として広くその名が知られていった。
みたいな感じに終わったっけ?
別の話だと、哦龍が不吉と呼ばれる訳も描かれてたな。
あんまり人間が争い合うから呆れ果てて、一生出られない神域に閉じ込めて殺し合わせたんだよな。
そんな話を蕗之条に聞こえないように、腕の中のマキナに聞かせてやった。
「へえ、蕗之条君ってそんなに凄い子に成長するんだね」
「人は見かけによらんのですなぁ。今はまだ鼻垂れ小僧にしか見えません」
「ま、人間ってやつは良くも悪くも驚く程変わっていくもんでもあるから。……って何でお前勝手に人の話聴いてんだよ!? 近い近い、寄るんじゃねえ!」
「ああ、そんな邪険に扱わなくても」
話に夢中でいつの間にか、肌が触れ合いそうな距離まで近づいてきたドランに気づかなかった。
ああ、気持ち悪い! 思わず、尻に蹴りを入れてやった。
あいつの息がほっぺたに当たった感触がしばらく取れそうにない。冗談じゃねえ。
「どうしたのですか? 何か賑やかに話でもされていたので?」
ドランが起こした騒ぎに前を歩いていた蕗之条が振り向く。
不本意とはいえ、連れがやった事だ謝る筋が俺にはある。
「いや、済まねえな。こいつは基本空気が読めないから、どこでも騒げるんだよ。迷惑だよな本当」
「いえ、そのような。森の中で一人歩き回るよりも、ずっと安心出来ます。それに私としても、今となってはこんな体験も初めてですので楽しんでおります」
にこやかな笑顔で答える。
なるほど、本当はこういうヤツなんだな。
寂しくなければ、素直に笑顔にもなれる。この辺は描写されてないからわからなかったが、やっぱり生で会うと違うもんだ。
「そう言って貰えるなら何よりだぜ」
「私はなぜ、このような扱いを受けるのか」
ドランの野郎が何か言ってるが無視だ無視。
とはいえ、だ。何も俺たちは物語の通りに付き合う必要性も無い訳で、俺の仕事はあくまでDNAの回収なんだ。人里まで送ったらそのままサイナラとさせて貰おうじゃないの。
「という訳でマキナちゃん。近場の村までのマッピングをお願い」
「何が、という訳なのかよくわからないけど、辺りのサーチなら終わってるよ」
「ヒューっ、流石だぜ相棒!」
「どういたしまして」
俺は仕事の速いヤツが大好きだ。それがこんな愛らしいってんなら最高だぜ。
もう大好き! 愛しちゃう!!
「じゃあ、ついてきてね」
マキナはそう言うと、俺の腕から飛び降りて蕗之条の前を歩き始める。
その様子に蕗之条は首を傾げる。
「あの猫は、一体どうしたんでしょうか?」
「あいつは中々、勘がよくて鼻も利くんだ。人の気配でも感じたんだろう」
「ほう、あの猫にはそのような事が……」
うちの猫のあまりの有能ぶりに、蕗之条は関心したらしい。
そうだろ、すごいだろう。
「んじゃ、後付けて見ようぜ。おら、ドラン。ぼさっとしてんな」
「そろそろ優しい言葉が欲しい、今日この頃」
訳の分からないセリフを吐くドランを引き連れて、俺たちはマキナの後を付いて行った。