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第17話 落下

 鬱蒼とした緑の茂みが生い茂った森の中。

 そこを、一人の少年が歩いていた。


「うぅ……、ここは一体?」


 その少年の身なりとくれば、おおよそこのような獣の行き交う森の中では場違いなもの。

 袴姿に気品を乗せた、その少年は正しく上等な衣服に身を包んだ、御坊の身。


 しかしてその手に持つは、一振りの木刀であった。


「どうにも記憶が曖昧です。私は確か、お父様と一緒に稽古をしていたはずなのですが」


 彼はこの森に来る前の記憶を辿ろうとしたが、頭に霧がかかったかのように思い出せない。


「おーい! 誰かおりませんか!?」


 とにかく人を探すために声を上げたが、返ってくる言葉はない。

 それどころか人の気配すら感じない。


「やはり。このようなところに人が来られるとも思えませんし」


 しかし、それでは余計に自分がここにいる理由がわからないのだ。

 少年はほとほと困り果ててしまった。


「とりあえずは、どこか人里を探さないとなりません。このままだと飢え死にしてしまいそうです」


 この森に来てからどれくらいの時間が経ったのかわからない。食料はおろか水さえもない状況。


 そんな中でただただ歩き続けるのは、もはや苦行である。

 満足に一人で外出を許されない身であったためか、その心中は心細さと不安が渦巻いていた。


 だが、それでも弱音を吐くことなくひたすら足を動かし続ける。


 するとその時だった。

 ガサガサという音が聞こえてきたかと思うと、茂みの陰からそれは姿を現した。


「グルルルッ……」


 その姿はまさしく小鬼。少年よりも小さい体でありながら鋭い爪鋭い牙を持つ、小さき怪物。


「ひっ、ひぃ!」


 恐怖に慄き後ずさる。

 しかしその動きに合わせるようにして、小鬼もまた一歩ずつ近づいてくる。

 とっさに木刀をつきつける


「く、来る出ないっ!!」


 その迫力に圧されながらも、小鬼は歩みを止めない。


 そしてとうとう目の前までやってきた。


「グオォオオオッ!!!」


「わぁあああっ!!?」


 もうダメだ。こんなところで死んでしまうのか?

 諦めかけたその時だった。



 その小鬼の頭上、突如として黒い靄が現れるやいなや、人の形と成す。それが小鬼を押しつぶすかのように降ってきたのだ。


「あぁぁぁぁ!!!?」


「ひぃぃぃぃ!!!?」


 それは二人の、青と白の衣装を纏った男達。


「グエェエエ!!!?」


 そのような悲鳴をひとつだけ小鬼は、大凡想像の埒外にある理解の到底出来るものでは無いやり方を以て、ピクリとも動かなくなってしまった。


 あまりの事態に、呆然とする少年。

 しかし、それも一瞬の事。すぐさま正気に戻れば、己を助けてくれた二人の男に駆け寄る。


「大丈夫でございますか、お二方!?」


「いってててて! ケツ打った! 思いっきりガンてきたわ」


「私などモナーガ殿の下敷きにされているのですぞ!? こちらの方がよほど重症でしょうぞ!!」


 少年に気づいていないのか、その二人の男は言い合いを始めた。

 しかし少年にとってはその事などどうでもよかった。なぜなら、助けられたことに対する感謝の念が胸いっぱいに溢れていたからだ。


「ありがとうございました!! お二方達がいなかったら今頃私は……」


「ん? なんだお坊ちゃん、感謝したいってならいくらでもしてくれて構わないが、そんな事をした覚えは無いぜ?」


「まーったくそのような図々しい事を、しかし、私も何が何やら? あれ、何か違和感が……、ああああ! なんですかこれは!!?」


 突然に奇声を発する、白い出で立ちの男。

 自分の腹部に潰れた小鬼の存在をやっと確認すれば、上の男を押しのけ、慌ててそれを振り払おうとする。

 しかし時すでに遅し。


 その小鬼は絶命していた。


「わ、わわわわ私がやってしまったのですか!? そそそそそそそういえば、げちゃあ! のようなぐちゃあ! のような感触的な擬音的なアレやコレやが!?!?」


 そのあまりに衝撃的な出来事に、その男の顔面は蒼白に染まる。

 対してもう一人の男はといえば、下敷きにしていた男に振り落とされながらも、冷静に小鬼を見ていた。


「俺じゃなくて良かった。あんなん自分の腹で押し潰すとかトラウマもんだよ」


「あ、あのー……」


「ああ、悪いな坊っちゃん。それで、何だっけ?」


 青い衣のその男、少年に対して何事かと話しかけた。

 問われた少年もまた、佇まいを正し答える。


「いえ、その小鬼に襲われて居た所、貴方がたに助けられ申しました。ですので、感謝の意と同時に、お名前をお聞かせ願いたく」


「そんなに聞きたいなら仕方ないな。クールな俺のイカした名前はモナーガ。プリティなこいつは俺の相棒のマキナさ」


「なぁご」


「は、はあ……」


 言っている事は、よくわからないまでも、その男はもなあがと言うらしい。その顔立ち、纏っている衣装から察するに、やはり異国の男であろう。


 その、男は腕の中の白い猫を見せる。あまりの出来事とはいえ、猫がいた事にすら気づかぬ己を、少年は内心恥じる。


「それで、そちらのお連れの方は?」


「うん?」


 もう一人の白い衣の男を見やる少年。

 もなあがも釣られてそちらを見れば、衝撃的な出来事に理解の追いつかず、口を大きく開けながら呆然としていた。


「ええ? 知らん。誰だろうね」


「……いや、いやいやいや何という事を仰るのですか!? 私ですぞ!! 貴方の親友、ドランにありませんか!!?」


「俺にお前みたいな友達なんていないぞ」


 その言葉を聞き、愕然となる男。

 さらに抗議を続けようとした男だが、白猫が一声鳴くと、それ以上は何も言わなくなった。


 もなあがは今度は少年を向き、話しかけてくる。


「それで坊ちゃんの名前は?」


「はっ、私の名は村式蕗之条むらしきふきのじょうと申す者。此度はこの小さき我が身の生、永らえさせて頂いたこと誠に感謝いたします」


「……え?」


 その名前を聞き、もなあがは思わず目を丸くする。

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