朝もまだちょいとばかし早いか、閑散としていてあまり人通りがない。
そんな廊下を進んで行く俺たち。
「お前って結構高い所好きなんだな」
マキナは今、俺の腕の中にすっぽりと収まっている。
「だって、こうしていると落ち着くから」
そう言うマキナは目を細めているようにも見える。まるで猫みたいに。
なるほど、ナビゲーション用のロボットとしては、これは確かに正解かもしれない。この愛くるしさは、万人受けすること間違いなしだ。あの世界じゃこういうのも珍しくはないのかもしれないが。
そんな風に考えていると、自販機が見えてきた。
狙いは勿論、いつものドリンクだ。格好を付けたように部屋を出てきはいいが、これまた冷蔵庫に冷やしておいたドリンクを持ってくるの忘れてしまったのだ。
俺はブレスを掲げて、センサーに認識させる。ボタンを押し、個数を打ち込む。
すると、機械音声が鳴り響き、取り出し口の扉が開かれる。
そして、中からドリンクを二本取り出し、収納カプセルの中に放り込む。
さあ、いよいよ相棒との旅が始まるぜ。
そう意気込んでいた時の事だ。
「モナーガ殿ぉぉぉ!!!」
耳障りな声が聞こえたかと思えば、廊下の向こうからドランの野郎が何をトチ狂ったのかこっちへ向かって、両手を広げながら突撃してきている。
当然、そんなものを受けるわけにはいかないので、ひらりと身を躱し、避けてみせた。
当然行き場を失ったエネルギーは、そのままの勢いで俺達を通過ぎ、やがて足を滑らせ床と盛大なキスをかます。
「あぁん! 何故避けるのですか!?」
「いや普通に嫌だし」
「酷いではありませんか、親愛のハグですぞ!」
「お前に抱きつかれるとか冗談でも御免被るわ」
どういう理屈でか、俺に対して抗議をしてくる厄介男ドラン。
そんな男に対しても寛大にも、腕の中のマキナが話し掛けてあげた。
「大丈夫? お兄さん」
「おや? あなた様は……」
「マキナと言うんだ。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いいたします。私はドランと申しまして。ほう、コミュニケーション用のロボットですかな。これはまたなかなかに愛嬌があって大変によろしいではございませんか」
「おいバカなに勝手に触れようとしてるんだ。お前が触っていいもんじゃないんだよ」
俺はマキナを抱きかかえると、奴の手から逃れさせた。
「むぅ……、一体なぜ邪魔をするというのですか? 未知なるものとの触れ合いは人類革新の第一歩ですぞ」
「無駄に大げさなことを言うんじゃないよ。お前が触ったら汚れるだろうが」
「ま! 何という暴言! まるで人をバイキンかのように扱って、それは友に掛ける言葉ではありませんぞ!」
「そもそも俺達は友達じゃねえ」
「また喧嘩して、……よいしょっと」
マキナが俺の腕からとび出して、俺とドランの間に立つ。
「僕の前で喧嘩はダメだからね。二人とも反省して、ほら握手握手」
「おお、何という麗しい心根か……! このドランまっこと感服をいたしました。
つきましてはぜひ私と友情を育んできただきたいのですが」
「大丈夫、僕たちはもう友達だよ」
「おおおおお! このようなお言葉を賜る日がよもや訪れようとは!
このドランッ! 二十年の月日を以てしても、初めての出来事でございます! 感動でもはや何も目に映るものがありません!!」
「ちょっと表現がオーバーだね彼」
「ちょっと? 悪いことは言わないから友達は選んだ方がいいぜ」
大の大人が、脇目も振らず目からだらだらと涙を流す様は、はっきり言って見てられるものじゃない。
しかも、こいつは泣くだけじゃ飽き足らず、今度は鼻水まで垂れ流し始めた。
「涙をふいて、それじゃせっかくのかっこいい顔がが台無しだよ」
マキナに促され、ハンカチを取り出したドラン。
それで顔を拭うも、一向に止まる気配はない。
「いいえ、こんなことで私の喜びは止まりませぬ。しかし、あなたのその優しいお気持ちは確かに受け取りました。感謝の言葉しか見つかりません」
「そ、そう。気にしないでいいよ、別に」
「無理して合わせなくたっていいんだぜ、マキナ」
若干引き気味なったマキナに俺はそう声を掛けた。
だいたいこいつは何の用で、俺に会いに来たというんだ?
「とっとと要件を言え? 見ての通り俺は忙しいんだ。こんな茶番にはいつまでも付き合っちゃいられないってんだよ」
「茶番ですと!? しかし、私も成人した立派な大人でございます故、ここはぐっと飲み込んでそちらの問いかけに答えて差し上げましょう! 先日そちらのお住まいにお邪魔した事があったのですが……」
「なんだそりゃ? そんな覚えはねぇぞ」
「ええ、いくら呼んでも、こちらの呼びかけに応じてくださらなかったので、もしや何かあったのかと部屋の中に上がらせていただいたことがあるのですが」
「お前それは駄目だろう! 何勝手に部屋ん中入ってんだ馬鹿!」
「どうどう、まずは落ち着いてくだされ。それでも部屋に人はいなかったのですが、テーブルの上にあの栄養ドリンクが置いてありましてな、ちょうど私の分を切らしていたのでお借りした次第でございます」
「それは借りたっていうんじゃないんだ、盗んだっていうんだぞ!」
「まあまあ、話はこれで終わりではありません。それで頂いたドリンクを持ち帰ったところ、マイハニーが飲んでしまいまして」
(こいつ、今頂いたって言ったか!)
無礼千万なこいつの振る舞いに、もうこの瞬間苛立ちがこみ上げてきていたが、それでも質問をした以上最後まで聞くことにした。
「で、マイハニーが、何だって?」
「そうハニーがですな! なんと!
褐色の美女へと変身する術を身に着けましてな!」
「はぁ!? 何言ってんだお前?」
「そう、私自身到底信じられないものを見てしまった気分でございましたが、これが大変喜ばしいことに事実なのでございます! 本人もまた、ドリンクを飲んだ後唐突にこういった術は使えるようになったとおっしゃっていまして。いやはや世の中には不思議なことがあるのだと」
わけがわからない。
栄養ドリンクを飲んだら不思議な力が身についただって? 何言ってんだか。
そもそもあれは栄養ドリンクじゃなくてただの泉の汲み水だぞ?
そんな力があるわけ……。ん?
(まさか?! いや、待てよ。って事は先日の、アルフェンの時のアレは、そういう事なのか!?)
そうだ、先日どういうわけか、今まで自分一人だけで限界だったテレボートが、他人を巻き込んで成功してしまった。
あれは、あの水の所為だってのか!!?
「それで、つきましてはあのドリンクにどのような細工をしたのか。それを是非にと教えていただきたいなと、訪ねた所存」
「い、いや~何のことだか? 俺は知らねぇぜ?」
「ほう? ではなぜあなたは汗が止まらないのですかな? それにさっきから目を泳がせっぱなし。これは何かを隠している顔だ。私は長年生きてきた経験則からそれがわかるというもの」
くっ、なんて無駄な洞察力をしているヤツなんだ。
「ドラン君困らせないであげて、人間誰しも簡単に人には言えないことの一つや二つはあるんだよ。僕が謝るからさ、ごめんね」
「いやいや、マキナ殿にそのような仕草を取らせるなどあってはならぬ事! 仕方がありませんな、ここは大人しく引き下がらせていただきますぞ」
助かったぜ。つまらない役をやらせてすまないなマキナ。
とはいえ、あの水の事はなんとなくやばい気がする。力だけが身につくなんて、そんな都合のいい話があるとは思えない。いっそのこと忘れちまおう。
「まあ、そういうことだ。俺も忙しいんだ。これに懲りたら、
帰ってくれってんだよ」
「まるで、自分だけが忙しいかのような、そのような言い方はやめて頂きたい。私とて若手研究員のホープ、その手腕を存分に振る舞わなければならない身、故に私とて忙しいのですよ」
「わかったわかった。ほなさいならだ」
マキナを抱きかかえ、今度こそ一仕事始めようかとした。
しかし……。
「なんですか? そのような邪険にあしらうようなもの言いは、ここは友として別れの握手を交わすところ」
そんな事を言って、ヤツが俺の肩に触れた瞬間だった。
再び、俺は異世界へと飛んでしまった。