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第15話 低血圧らしい

 惑星プレイスティア。そこは地球とよく似た環境を持つ、いわゆるテラフォーミングされた惑星である。

 そこに住む人々は地球人と非常に似通っており、見た目だけで言えば見分ける事は困難だろう。


 しかし、その外見は皆一様に高身長で、男女共に一九〇センチ台も珍しくない。

 また、男性は筋肉質な体型をしており、女性は細身が多い。


 それ以外の特徴としては、一様に視力が良い。彼らの祖先は、遺伝子操作によって視神経の発達を促しており、その結果として生まれたのが彼らであった。


 故に、この星の人間は例外なく眼鏡やコンタクトレンズといったものを必要としないのだ!

 ま、オシャレアイテムとしての伊達メガネやらカラコンやらはあるんだけどね。


 それが懐かしき我が故郷のあれこれなわけよ。

 懐かしさはあっても、じゃあ帰りたいかと言われれば別にって感じ。

 そりゃそうだ。俺にとっては故郷なんてものはとうの昔に終わった場所なのだから。


 人間、いい思い出ばっかり抱えて生きていけるわけないしね。


 さあて、そろそろお目覚めの時間かな。


 …

 ………

 ……………


「ふぁあ~……よく寝た」


 ベッドの上で伸びをしながら、外部につながったモニターを見ると、そこには今だ見慣れない景色が広がっていた。


 俺が今いる場所は、新惑星。名前は募集中のフロンティアだ。

 一体どんな名前が付くのか、近々コンテストをやるなんて噂も聞くが、はてさて。


「おはようございます。モナーガさん」


「ああ、おはよ。タライヤ」


「どうしましたか? 何か考え事でも?」


「ん? いや、何でもないよ」


「そうですか。では朝食の準備が出来ていますので、グズグズしてないで早くして下さいね」


 全く、一言多い女だ。

 何で朝から、あの女の面なんか……ん?


「おいちょっと待て、この野郎! なんでお前ここにいんだ?!」


「私は野郎じゃありません。なんですいきなり大きな声出して? 耳が痛くなりますので止めてください。ガサツなあなたと違ってデリケートなんです」


「うるせぇ! 人の部屋に勝手に上がり込みやがって!! 大体どうやって入った!?」


「どうやっても何もインターホンを押しただけです。そしたらスーラ君が出迎えてくれましたので。つまるところ、家主の許可を取ったので何も問題などございません」


「家主は俺だが?!」


「細かい人ですねぇ。朝からそんなに声を上げるなんて、血圧が上がりますよ。低血圧な私には理解の出来ない行為です」


「お前がやらせてんだ、そのやり方がァ!!」


「人のせいですか? 全く呆れ果てたものですね。まぁいいでしょう。今日のところは大人しく引き下がりましょう。感謝して欲しいぐらいです」


「お前は一体どの立場で言ってんだ!」


 なんで朝っぱらからこんなヤツと面合わせて、怒鳴り声をあげなきゃなんないんだ。やってらんねえよ。


 タライヤのヤツはいつもの仏頂面で、言いたい事言った後そそくさと部屋から出ていった。ホントに何しに来たんだよアイツ……。


 まあいいか。とりあえず飯食おう。腹減ったわ。




 リビングまで行くと、スーラ君が朝食を用意して、俺の顔を見ると笑顔で挨拶をしてきた。


「モナーガさん、おはようございます!」


「うん、おはよー」


「昨晩はよく眠れましたか?」


「う、うん……、眠るのはね、気持ちよくグッスリ出来たんだけども」


「それは良かった。ところで本日は予定は?」


「えっと、今日はね……特別無い、かなぁ。いつも通りって感じ。食べたら、お仕事すると思うけど……」


「わかりました。今日も一日頑張って下さいね!」


 スーラ君はそう言うと、胸の前で両腕をぎゅっとする。

 その仕草に、性別を疑いそうになるが。今はそういう話じゃない。


「あ、あのねスーラ君さ」


「はい?」


「よく知らない人をね、部屋に上げるのはちょっとまずいんじゃないかなって、思うんだな」


「知らない人、ですか?」


 スーラ君は心底不思議そうな顔をして、頭を傾ける。

 俺は、テーブルに向かって家主よりも先にムシャムシャと朝食を頬張るこのアマを指して、指摘した。


「なんでこいつの事、上げちゃうのかなぁって」


「タライヤさんの事ですか? でもよく知らない人ってわけじゃありませんよ」


「いや、一般的にさ。友達未満の人は良くて知り合い程度なんじゃないかな?」


「お友達じゃ無かったんですか? でも本人は大親友だって……」


「はあっ!?」


 俺は自分が何を言われたのか一瞬分からなかったが、すぐに気を取り直して聞き返す。


「ちょっと待ってくれ。誰がいつそんな事を言ったって?」


「先ほど、タライヤさんが言っていましたが」


「て、適当なこと言いやがって……! おい、タライヤ!」


「ふぁい?」


 口の中にものを詰めながら、こっちの呼びかけに手を止める。

 この女一体どういうつもりだ?


「お前一体何のつもりだ?」


「ふぁんふぉふぉふぉふぇふ?」


「食ってからしゃべれ!」


 俺がそう言うと口の中に詰めていたものを一旦飲み込む。それで話し始めるかと思えば、また再び手を動かし食べ物を口に入れ始める。


「おい、何食ってんだ!? ここは話すとこだろう!!」


「……」


「いやせめて、ウンとかスンとか言ったらどうなんだよ!?」


「スン」


「何がスンだ!!」


 あんまりなタライヤの態度に、思わず声を荒げてしまう。そんな俺の足元に白い物体がすり寄ってくる。


「喧嘩は駄目だよ。あんまり声を出さないであげてね、お願い」


 俺はそいつ――猫型ロボットのマキナを両手で抱えると、目線を合わせる為顔元まで持ってくる。


「お前もいたのか?」


「うん、ごめんね。やっぱり迷惑だったかな?」


「いや、お前はいいんだ別に。ただ、こいつがな」


「彼女は僕のわがままに付き合って貰っただけなんだ。許してくれないかな?」


 そういう言い方をされると弱い。マキナには、さすがに怒る気にはなれないからな。

 俺は、マキナを足元に下ろすと、再びタライヤと向き合う。


「おい、さすがにもう食べ終えただろう。とっとと要件を話せ」


「……んく。では、スーラ君の恩義に報い、先程までの怒鳴り声を寛大にも許しながら、本題に入らせていただきましょう」


「お前は、いちいち憎まれ口を叩かなきゃ気が済まねえのか」


「まあ落ち着いて、そのような些細な事はどうでもよろしいでしょう。

この子、マキナをあなたの仕事に付き添わせて欲しいのですが、よろしいですか? よろしいですね。では、お願いします」


「何も答えちゃいないが?」


 一方的に話を切り上げようとする、その態度にイラっとするものがあるが、そんな事いちいち気にしてたらキリがない。

 俺の仕事に、付き添わせろだ? 一体どういう事なんだ?


「僕から説明させて貰うね。これでも一応僕はナビゲーション用に作られたお手伝いロボットなんだ。モナーガ君のお仕事は、いろんな星に行ってその星のDNAを集める事でしょ?」


「ああ、そうだな」


「だからね、それのお手伝いをしたいなって思ったんだ。僕は戦闘は出来ないけど、その代わりに人の入れないような所に行って情報収集とかしたり出来るからね」


「そんなこと言ったって、お前のその体じゃ……」


「それは大丈夫! 見てて」


 マキナはそう言うと、一瞬体を光らせ、次の瞬間には……。


「どう?」


「わあ、可愛い!」


「お前そんな機能あったのか」


 スーラ君が思わず声を上げる。

 そこに居たのは、先ほどまでのメカメカしい姿ではなく、どこにでもいるような白い猫。正しく動物としての猫の姿へと変わったのだ。


「元々はついていなかったんだけど、タライヤちゃんが僕の体を直す時につけてくれたんだ」


 思わず、タライヤを見る。

 表情はそのまま腰に手を当て、無い胸を張る。いかに自分が素晴らしいのかをアピールしているのだ。


 しかし、虚しくならんのかね? そのポーズ。


「ただ、この見た目はあくまでホログラムでそう見せかけているだけだから、触ると硬いんだけどね」


「あ、本当だ」


 マキナを抱えあげ、スーラ君がそう呟く。

 しかし、確かにこれならあんまり怪しまれるなんて事は無いだろうが。


「それに、実はもう一つ、とっておきの機能がついてるんだ」


「とっておき?」


 マキナはそう言うと、元のロボットの姿になったかと思うと、目の光がなくなり、動かなくなった。


「え? ど、どうしちゃったのマキナちゃん!」


「僕はここだよ、スーラ君」


 俺の左手のブレスが、そう喋る。


「何だこりゃ?」


「これは、僕の意識データだけを切り取って、他の機器にインストールできる機能なんだ。突然驚かせちゃってごめんねスーラ君」


「ううん。でも凄いよ、マキナちゃん!」


「そうでしょう、すごいでしょう。

これを作った人間の技術には感嘆とするものがあります」


 褒められて気持ちが良くなったのか、いけしゃあしゃあとそんなことをほざくタライヤ。

 しかし、今スーラ君が褒めているのはマキナであって、お前じゃない。


 だが、成る程。こいつは便利だ。いざって時に色々と助けになるだろう。そこは確かに素直に認めよう。


「ま、お前が俺について行きたいって言うんだったらそれはもう仕方ない。こんな女の元にいつまでもいるもんじゃないからな」


「何を言っているんですか? 私はこの愛くるしい助手の頼みを、胸が張り裂けそうな苦しみに耐えて聞いてあげているんです。その何分の一でもあなたに理解できる心があるなら、断るなどという選択肢は最初から存在しないはずですよ」


「……はいはいわかったわかったよ。けっ」


 俺はタライヤを適当にあしらうと、再び元のボディに戻ったマキナを抱き上げる。


「やったー! ありがとうモナーガ君!」


「お礼を言うのはこっちの方さ。これからよろしく頼むぜ、相棒」


「勝手にあなたの相棒にしないでいただきたい。主役は私のマキナですので」


「勝手言うんじゃないよ!」


「また喧嘩してる。駄目だよ二人とも」


「……大丈夫なのかなぁ? この人たち」


 ま、そんなこんなで思いがけず新たな戦力が手に入ったわけだ。


 少なくともアルフェンの野郎よりは、役に立つだろう。何よりもマキナには愛嬌がある。あんな無愛想な男なんて、横に連れてても面白くもなんともねえ。



 とりあえず、俺は少々冷めてしまった朝飯にやっとありつくことが出来た。


 しかし、あのアマ。食うだけ食ったら、食後に紅茶まで要求しやがって。別に淹れてやらなくていいのに、笑顔で準備するんだもんなスーラ君たら。


 腹ごしらえも済み、タライヤも追い出した。後は準備を整えるだけだ。


「んじゃ、行ってくるぜスーラ君」


「はい、行ってらっしゃいませ!」


 スーラ君はいつもどおり玄関まで俺達を見送ってくれる。

 その笑顔に応えて今日も頑張ってくるとしますかね。


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