薄暗い従業員用廊下を通り、ある部屋の一角で、マキナはついに迷子の女の子を見つけた。
「ここにいたんだね。探したよ」
「ここ、どこ? わたし……」
「大丈夫、僕が君のママのところまで連れて行ってあげるから。泣かない泣かない」
優しい声色で話しかけるその猫のようなロボットに安心したのか、女の子のグズりそうな顔から笑顔に変わる。
「あり、がとう。ねこさん」
「うんうん、別に気にしないで。代わりに、そのありがとうは君を探しているママに言ってあげてね」
「うん……」
女の子のが安心した様子に、マキナも満足げにしっぽを振る。
「それじゃあ、僕について来てね。すぐにママのところへ連れてってあげるからね」
そう、話しかけ迷子の子供を引き連れて部屋から出ようとした時だった。不意に扉が開く。
「あ~ん。なんでこんなところにガキがいるんだぁ?」
入ってきたのは、顔に深い傷がある清潔感に欠ける男。服の上からでもわかる筋骨隆々のガタイ。
だが何よりも特徴的なのは、その肩から見るからに機関銃と分かる凶悪が物体を吊り下げていること。
「な、なんなんだ君は!」
「おいおい、しゃべるガラクタまでいるのかよ。ちっめんどくせえなあ」
男の顔に苛立ちの表情が浮かぶ。
突如現れた明らかにこちらに対して好意を持っていないその男の登場に、迷子の女の子は再び顔を曇らせる。
「あ、あのひと、だれ、なの?」
「わからない、でも安心して。君は絶対ママのところへ送り届けるから」
「ごちゃごちゃと一体何を話してんだ、ガキ共。まあいいや、こんなところで俺と会うのは不幸だろうぜ。だからすぐに楽にさせてやるよ。全くお優しいよなぁ!」
口角を上げ、下卑た笑みを浮かべながらその男は肩からぶら下げていた銃へと手を伸ばす。
銃の存在をまだ知らない子供であっても今から自分がどういう目にあうか本能的に察知し、涙を溜めて震え出す。
そんな少女に、マキナは勤めて優しく、しかし声を小さく話し掛ける。
「大丈夫、大丈夫だから。いいかい、僕が今から合図を出す。そしたら、大急ぎで人のいるところまで走るんだ。いいね?」
「ね、ねこさんは?」
「僕も後から追いつくから、だから振り返っちゃいけないよ。前だけを見てとにかく走っていくんだ。いいね?」
「うん……」
自分の提案に同意した少女に、満足気にしっぽを揺らすマキナ。
「強い子だ。その気持ちで、諦めないで走るんだ。必ずママに会えるって信じていてね」
「ぶつぶつとまあ、最後のおしゃべりはすんだか? お優しいこの俺様もそろそろお終いとさせてもらうぜ。あばよッ!」
男が引き金に手をかけた、その瞬間。
「今だッ!!」
マキナは、勢い良くジャンプして男の首元に食らいつく。
「ぐああぁ! な、なんだこいつは!?」
突然の事態に驚きの声を上げるテロリストの男。
その男の横を通り抜け、自分の持てる力を振り絞りとにかく足を急がせる少女。その姿を横目に、マキナは、その牙から電気を男の体に流し込む。
「ぎゃあああぁあ!! あ、熱いィイイッ!!!」
突如全身に走った高圧電流によって体をジタバタとさせる。もはや男の意志とは関係なくその指にかけた引き金は、振り絞られ、あたりかまわずでたらめに発砲される。
やがて、男は白目をむき出しに、重力に任せるまま床へとその体を横たわらせる。
男の首から口を離したマキナは、少女を追いかけようと廊下へと出るが……。
「おい、何があった!?」
恐らくさっきの発砲音を聞いたであろう、先ほどの男のように武装したもう一人の男。その人物がこの部屋へ向かって走ってきている。
(やっぱり、仲間が……!)
「何だこのロボットは!」
マキナはその男から逃げようと、モーターをフル稼働させ、駆け抜けようとした。
しかし……。
「ぐっ!」
突如伝わる、衝撃。それが間髪入れずに次々と自分の体に襲いかかった。
撃たれてしまったのだ。
恐らく中の男の状態を確認して、すぐに気づいたのだろう。この状況を作り上げたのが誰かと。
いかに、猫以上の運動性能を誇るマキナといえど、やはり絶え間ない機関中の斉射の前にはひとたまりもなかった。
(ごめんね、約束、破っちゃった……)
ノイズの走る視覚センサーから、少女が駆けていったであろう廊下の奥を見やって、マキナはその胸中で謝罪を行いながら、ついに機能を停止させた。