着いた先は森だった。目の前は鬱蒼とした深い緑の森が広がっており、後ろを振り返れば岩壁が広がっている。空を見ると太陽は真上にあった。
あれ? ここはどこだろうか? 所詮イメージを頼りに飛んで来ている訳だから具体的な場所なんて分からないもんだ。とりあえず歩き回るしか無いか。
いつものように栄養ドリンクを飲んで、草っ原をかき分けながら進むとした。
しばらく歩き回ってるうちに、森の奥が明るく見えてきた。
少しばかり足を速めて奥に進むと、そこには開けた空間が広がっていた。
木々の隙間から光が差し込み、その中心には泉があった。澄んだ水は底が見えるほどに綺麗で、魚が泳いでいるのも見える。
ごくりっ。
喉が渇いていたこともあり、早速手を突っ込んで水を掬う。これがまた、冷たい水が心地よく、口をつけると、乾き切った身体に染み渡る気分だ。
俺は我慢が出来なくなり、泉に直接顔を漬けてゴクゴクと喉の奥に流し込む。
ぷはっ、うめぇ!
ついでに空になったドリンクのボトルに水を汲んで、腰を下ろした。
ふぅー……っと息をつく。
「あ~あ、空気が旨い」
久しぶりの経験だぜ。
故郷にいた頃は、大都会で自然とはなかなか縁が無かった。
まだ、名前すらついていない新惑星には手付かずの自然が沢山あるが、実を言うとそいつをまだ堪能出来ていない。
今度、スーラ君でも誘ってピクニックにでも行ってみるかな? 偶にはそういうのも良いだろう。
「さてと……」
気を取り直して、これからの事を考えないとな。
まずは何よりも人のいる場所を目指さないと行けない。とはいえだ、今回は別に主要人物に会う必要も無いだろう。元々会う必要なんて無いんだが、そこら辺の一般人の遺伝子でもなんら問題無いのだから、今回はかるーく済ませて後は好きに過ごさせてもらおうじゃないの。
そうと決まれば、さっさと移動しよう。
俺は立ち上がり、左腕の腕時計型多目的デバイス『FZコマンダー』を起動させ、スーツを着込んで、背中のバーニアを吹かして大空へと飛び立つ。
最初からこうやれば良かったなんて野暮だろう。足で動いてこういう泉みたいな隠れ家的な場所に辿り着くのもまた一興じゃないか。
しばらく飛んでいると、大きな通りと砦のような物が見えてきた。砦の前に人は勿論、馬車が列を作っている。
ここは、あれだ。関所だろうな。こりゃいい、ここなら色んな人間が通る。遺伝子集めには持って来いだろう。
ステルスを起動させ、静かにホバリングして近づいていった。
最後尾から採取キットの針を打ち込んでいく、俺の好みで美女を基準にしてな。これも特権なんだから仕方ない。
一通り終え掛け、関所の門番の前にきた辺りで、唐突にスーツのナビゲートシステムが起動した。
『ステルスモードの連続使用時間が三分を経過、安全の為、解除』
(はぁっ! え、何? 連続使用時間!?)
突然の事に戸惑っていると、周囲に溶け込んでいたスーツがあらわになる。
「な、なんだ貴様は!」
当然のように見付かった。いきなり全身メカニカルスーツみたいな奴が居たら怪しさ満点だわ。
科学の無いこの世界だ。露出一切無しの鎧がかたかた歩いてるようなもんじゃん! そりゃ、警戒されるわ。
後ろには関所に来た一般人が沢山並んでる。そして俺の存在でざわざわパニックが起きてるのは言うまでもない。
どうするか? 三十六計逃げるに如かずだろ!
大忙しでバーニアに火を入れ、空高く飛翔する。
「ま、待てぇ!!」
そんな声を無視して、一気に加速した。
「逃げたぞ!」
「追え、絶対に逃すなぁ!!」
背後から聞こえてくる怒号と共に槍やら弓矢やらが飛んでくる。当たったところで傷一つ付きやしないが、このままじゃ騒ぎが大きくなる一方だ。
俺はその勢いのまま、元の惑星へとテレポートで逃げ切った。
◇◇◇
「おい、ステルスに時間制限なんて聞いてねえぞ! どうなってんだ!!」
帰ってきた俺は、疲れを無視して整備室に飛び込んだ。
どういう訳か中にいたのは一人だけで、その一人もやたら気怠げに応えてきた。
「あれえ? 言ってませんでしたっけ?」
「全く聞いてねえ!」
「ああ、それはすみませんでしたねぇ」
俺とは対照的に軽いノリで謝ってきたこいつは、タライヤ・アティチュード。自称整備室の期待の星だ。
歳は十七で俺の三つ下の少女だ。長い金髪を後ろで束ねた髪型に、幼さが残りつつも整った顔立ちをしている美少女だが、俺の事を舐めてる節がある。
「いやですねぇ、どうもステルス機能に欠陥が見つかりましてね」
「欠陥? いったいなによ?」
「長時間使用すると、スーツの炉心に負荷が掛かり続けるんですよ」
「炉心……って事はつまり……」
「ええ、最終的にはスーツを中心に半径五〇キロが消滅します。あ、これはあくまで最小限の被害であって、もっと広範囲に被害が及ぶ可能性もありますが……」
「ふざけんなっ!! 俺ぁ今まで一時間とか二時間とか普通に使ってたんだぞおい!?」
「いやあ、運が良かったとしか言いようがありません。ラッキーボーイですね」
「てめえ、よくもいけしゃあしゃあと……」
「まあまあ、そう言わずに。だから制限を設けさせてもらった訳でして。ちなみに再使用には一時間程かかります。これも安全の為、ご容赦下さいね」
抑揚の無い声で、さらっと謝りやがって……。
まあいい、過ぎた事だし今は良いだろう。それよりも、今度からはしっかり説明してから使えという方が先決だ。
「ちっ……それで? 今後はその欠陥とやらは治るんだろうな?」
「いえ、根本的に解決する方法が見つからず、残念ながら。いや困りましたね」
「この、野郎……」
「私は野郎ではありません。れっきとした女の子です。女の子なので美容には気をつけなけれなりません、ではこれにて……」
「おい、どこ行く気だ?!」
「昨日は徹夜だったので眠くてしょうがないんです。寝かせてください」
「お前、俺の話を聞いてなかったのか! 今度からどうしろってんだよ!?」
「そうですね、はいはい。はいはいわかりましたから、これにてはいはい」
全く聞く耳持たず、適当な返事をして部屋から出て行ってしまった。