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第5話 終わり。そして……

 ついに始まった、最後の戦。


 互いの種族の生存を掛けたこの戦いに、最早言葉は不要。

 人間側、総勢千八百七十三名。対する魔族側は、僅か五百余りの残党軍。


 しかし、有利と思われた人間側と互角の勝負を演じて見せる。

 もう後が無いのだ、退路は断たれ、愚直に進むのみ。その血の滾りが、肉体を超えて剣を、魔法を、魔物を使わせる。


 その勢いにはさしもの数で勝る人間の兵達とて、押し切れぬものがあった。


 それに加え、魔族軍が砦としているのは深い森と、その奥にある洞窟。

 地の利を生かし、人間達を相手に獅子奮迅の働きを、誰しもが行ったのだ。


 しかしそれでも、そうまでしても切り込んで、次から次へと数少ない魔族を打ち倒す者達がある。


 人類の希望、勇者達のパーティーだ。


 魔法使いが時に火を、時に風を、雨を、雷を。それらを以って薙ぎ払う。


 傷つき倒れた邪なる者達は、僧侶の聖なる力で完全に浄化されこの世から消え失せる。


 女騎士が、類稀な剣技をまざまざと見せつけ、その身に魔族の穢れた血が触れる事すら叶わぬ。


 そして何よりも勇者、彼女の尊い宿命がなす業は、一振りで何匹もの魔を払う。


 まさしく、人類の希望。その姿にこそ、民草は明日の平和を見出すのだ。


(もうすぐなんだ……。もうすぐでみんなが安心して暮らせる世界が来るんだッ!)


 勇者は自らを奮い立たせる、己を見ず、敵を見ず。ただ剣先のみに集中して。

 そうせねば、自分に言い聞かせなければ、最早剣を振るう気力も持てないから。


 民衆や兵士達の前に叫ぶ、勇気ある言葉と裏腹な、悲しみを隠す事が出来なくなるから。

 だから、勇者は剣を握る。彼女もまた、愚直に進む以外の道を失くしてしまったのだ。



 そんな彼女達の前に、立ちふさがるが現れる。


「さあ、貴女達。おいたの時間はこの辺で終わりにしてもらうわよ」


 天空より、旋風と共に現れたる者は、青い肌、蝙蝠の翼を持つ魔族。サキュバス。彼女もまた、魔王軍の幹部。


 しかし、将軍程をカリスマは持たない。が、己の分を弁える潔さを持つ彼女は、将軍を頂点に置き、敢えて殿に重んじる事で、後方では将軍を崇めさせて戦場では己の働きによって兵士達の士気を高めていた。


 しかし、ここまで追い詰められた。

 であれば、彼女は心中を決める。倒れる時は前のめり。己が奮迅の果てに倒れる事で、兵士達の奮起を図ろうとしていた。


 だが、彼女がこの場に現れたのはただ戦う為でも無かった。


「勇者ちゃんは進みなさい。貴女を待っている男がいるの、分かるでしょ? 他の子達はダメよ。ここで私と遊んで貰うわ」


「え……?」


「ほら、行きなさぁい!」


 突然の言葉に呆ける勇者。

 そんな勇者を焚き付けたのは、やはり魔法使いだった。


「行ってきな、それが許されるのはアンタだけさ。どんな結末でもアタシは受け止めるよ」


 魔法使いの言葉を皮切りに、後の二人も続く。


「ええ、終わらせてきて下さいね。我々人類の確固たる勝利の為に、貴女にはその責任がありますので」


「ここは我らが抑えよう、振り返るな。この先は……もう、あるがままでいい」


 三人に背中を押され、勇者は走り出す。終わらせる為に。砦の奥、その洞窟の奥に潜むあの男と会う為に。


「ありがとうみんな。……サキュバスさんも」


 誰に聞こえる事もなく、勇者の言葉は消えていく。その声色に、寂しさを滲ませながら。



 駆ける勇者の背を見送って、女騎士は眼前の敵へと言葉を掛ける。


「貴様との因縁もこれで終わりだな。言い残す言葉があるなら、遺言代わりに聞いてやる」


「珍しい事を言うのね、貴女が。でも、いつもの貴女ならこう言うでしょう? 敵を相手に語る舌は持たんッ、……なんてね」


「……そうだな」


「問答はそれで終わりですね? ではこちらも心おきなく、貴女の生を終わりにして差し上げましょう。全ては主の御心のままに」


「貴女は本当に物騒ねぇ。で、貴女は何か無いの?」


 サキュバスが魔法使いに問いかける。


 魔法使いは考える、思えば奇妙な縁だったと。この魔族との因果に楔を打つ役目は自分達以外にはいないだろうと感じる程度には長い付き合いだった。


 それも、もう終わりだ。


「楽しかったよ、惜しくなるくらいにはさ。アンタはどうだい?」


「ふふっ、そうね。悪くはなかったわ。少なくとも退屈はしなかった」


「そりゃ良かった。じゃあ、――やろうかッ!」


 互いに構えを取る。

 その瞬間、サキュバスが待機させていた魔物達を一斉に展開させる。


 しかし、魔法使い達に動揺は無い。

 そんな彼女達の姿を見ても、サキュバスの心は揺るがない。彼女の胸中にあるのは一つ、自分らしく派手な最後を飾る事のみ。


 敵対する、人間達の歴史に残るくらいに。


 ◇◇◇


 勇者は駆け抜けた、ただある男に会う為に。その足取りが止まる事は一度として無かった。


 彼女の行く手を幅む者は一人としていなかった。魔族達もまた、それが無粋であると知っていたからだ。


 勇者は駆けた。砦の奥の、その奥へ。




「……来たな」


 最奥で待っていたのはやはりあの男、魔族軍最後の将にして、亡き魔王の側近。魔王軍の頭脳であり、参謀たる彼は今やただ一人の生き残りとなった。しかし、それでも尚彼の心は折れない。


彼もまたまた己の役割を全うするのみだ。例え相手が勇者であろうとも、その責務を果たすべく、剣を抜く。


 魔王城陥落の折、共に逃げ延びた仲間達が散り逝く姿を見送り、たった一人で魔族軍の指揮を取り続けた男の瞳には、絶望の色は無く。ただあるのは決意の色だけ。


 己が命尽きるまで戦い続ける、その覚悟と、彼を慕う部下達の存在が彼を立たせていた。


「さあ、勇者よ。これで決まる、我らの宿命、お前の使命。この時を以って終止符は打たれる。長い戦いの歴史も、決着がつく。だから……、もう泣くな」


 将軍の前に辿り着いた勇者の瞳には、流れるものがあった。

 それは勇者としての涙ではない。ただの、人間としての涙であった。


 勇者は理解していた。己の使命。そして亡き魔王が語った己の運命を。

 だからこそ、勇者はここに辿り着くまで泣かなかった。いや、泣けなかった。

 その感情が邪魔になる事を彼女は本能的に察したのだ。


 だが、今は違う。


 その胸に去来するのは、哀しみでも怒りでもない。

 勇者は泣いていた。その目から溢れる雫を止める術を、今の彼女には持ち合わせていなかった。


 故に、将軍は剣を構える。

 その刃に映るのは、勇者だったのか?

 それとも彼女を縛り付ける使命か?


 それは将軍本人にしか分かり得ぬ事であった。


「迷うなッ!」


「……ッ! ……!!」


 勇者の言葉にならない叫び声が響く。その顔に浮かぶ表情を見れば、彼女が何を言っているのかは一目瞭然。


 勇者も、将軍に倣う様に剣を構えて、相対する。

 二人の視線が交わる、その刹那、先に動いたのは勇者の方だった。


「……ああぁあァアアッ!!」


 裂帛の気合いと共に、勇者は地を蹴る。




 勝負は一瞬であった。


 膝を着くのは勇者。そして、倒れたのは将軍。


「……どうして?」


「何の、事だ? 私は兵士を焚き付け、死地へと送りこんだ。その責任は、果たさねばならなかった。貴様の首と、私の命を以って。その果てのケリだ」


「……そうじゃない」


「では、なんだ?」


「僕を斬れば良かった。僕が貴方を倒せば、それで終わっていた筈なのに……。何故、僕を殺さなかった?」


「もういいだろう、お前も。力無き種族は……、淘汰される。今なら、主の言葉も、受け入れられる」


「それが……! 今度は貴方達の番だったというの?!」


「そうだ、今まで……、我らが行って来た、こと。それが、回ってきた、だけだ……」


 勇者は涙を止められなかった。

 息も絶え絶えになった将軍の体を、その胸に抱き寄せ涙を流すしかなかった。

 そんな勇者に、将軍は残った力を指先に込め、その雫を拭う。


「これで、終わった、お前の使命。もう泣くな、その顔は、似合わん。行け、振り返るな……、全てを忘れ、ただ生きろ……!」


 勇者は、必死で涙をせき止めた。

 将軍の心意気に応える為に、名残惜しそうに将軍の体を横たえると、元来た道へと踵を返す。


「忘れないから。貴方の事ずっと……ッ! ずっと!!」


 その言葉を最後に、勇者の姿は消えた。

 残された将軍は一人呟く。


「ああ、やはり……。お前に泣き顔は、似合わん……」


 ここに、魔族最後の将は倒れた。


 その顔は安らかに、そして満足気に微笑んでいたという。

 彼は、己が種族の使命と勇者の使命、そのどちらにも終わりを告げる事が出来たのだ。




 しかし、彼は最後の瞬間、その視界の端に何かが動くのを見た。

 それが何かは、彼には分からなかった。


 ◇◇◇


「お前が新しく目覚めた奴か。どうもよろしく。ま、色々勝手は分からねえだろうが、気長にやってくれりゃいい」


「はっ、船長閣下のお力添えが出来るよう、粉骨砕身の働きをしてみせます」


「……だから気長でいいってんだろよ」


 巨大移民船の一室、船団を束ねる船長の部屋にその男は現れた。


 つい先ほど培養液から出てきたばかりのその男、人間にしては妙な出で立ちをしていた。


 一目見て目立つのは、何より頭に生えた角らしき器官だろう。まるで牛のような立派な二本の角が頭の上に生えていた。その上、切れ長の耳。


 その風貌は一見して、まるで物語の中の魔族の様相であったが……事実その通りであった。


 彼は、ある世界において魔族最後の将と呼ばれた男であった。その男の遺伝子情報を元に生み出されたクローン、当然、オリジナルの記憶など持ち合わせてはいないが。


 この二人のいる部屋の中、元気の良い声と共に一人の少女がまた、勢いよく駆け込んできた。


「す、すいませぇぇん! 遅刻しちゃいましたぁあ!! ……あっ」


「……遅いぞ、なぜ私と同じ時に生まれて遅れてこれるのだ」


「え、へへへ。船の中いろいろ見て回ってたら楽しくって。えと、ここに来るまでにね……」


「説明は不要。さっさと閣下にご挨拶をしろ」


 この見るからに元気な少女。

 一般的な人間種と同様の容姿をしていて、見目の良い美少女であるという点以外に、先の男のような大きな特徴は無い。


 しかし、見る人間が見れば直ぐにわかる事だろう。かの勇者であると。

 彼女もまた、将軍と共にクローン化されたのだ。


「ま、別にいい話だ。所詮は挨拶なんだからな。今日のところはレクリエーションにでも励みな」


「閣下のご命令であれば。では私達はこれにて失礼させていただきます」


「まぁす!!  へへ、楽しみだなー」


「おう、楽しんでこい」



 二人は一礼すると部屋を出た。

 廊下へと出て、少女は早速隣に立つ男に話し掛けた。


「ねぇねぇ、お名前なんて言うんですか。お兄さんも貰ったんですよね? あ、ボクはねぇユールーって名付けて貰いました! どう? どうです!? いい名前でしょ?  ね、ね?」


 その人懐こさに思わずたじろぐ男。

 だがそれも一瞬の事。すぐに冷静さを装い答えを返した。


「お前は元気だな、本当に。……アルフェンだ。そういう名が付けられた」


 それを聞いて嬉しそうにはしゃぐ勇者のクローン少女、ユールー。

 そこに悲壮感など欠片も無く、無邪気な笑顔を浮かべるだけのただの少女。


 ユールーが続けて訪ねる、まるで悪戯を思い付いた子供のように笑いながら。


「ねえ、アルフェンさん?」


「何だ?」


「今からボクのお兄ちゃんになってくれま……ううん、くれない? ねえいいでしょ?  お願い! お願い!」


 突然の要求に面食らうアルフェンだったが、すぐに平静を取り戻し言葉を返す。

 どうやら目の前の少女はとんだじゃじゃ馬らしいと。


「……好きにしろ。呼ばれ方に興味は無い」


「わぁぁあい!! やったやった、嬉しいな、嬉しいな!! ありがと、お兄ちゃんっ!!」


 喜び勇んで腕にしがみつく妹にされるがままの兄の図。傍からみれば何とも奇妙な二人組に見えるだろう。


「おい抱きつくな」


「だぁめ。もう離れない! えへへぇ~」


 満面の笑みを浮かべてくっ付くユールーに対して、困った表情を見せるものの、どこか優しげに頭を撫でている辺りまんざらでもない様子だった。




 その光景を、少し離れて後ろから見ている男が一人いた。モナーガだ。


 当初の予定では、将軍の遺伝子の採取はしない。はずだった。

 将軍の最後を陰で見届けた後、その骸から採取し持ち帰った。その上、勇者と同時のクローン化まで、研究員達に頼み込みまで行って。


 顔が気に入らないなどと言って拒んでいたというのに、何故そのような事をしたのか?


「ま、偶にゃキザをやるのも……そう悪いもんじゃないかな」

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