「ふぁ~。よく寝たぜぇ」
つい一時間前にテレポートで飛んで来て、すぐに公園のベンチで横になった。
便利だけど疲れるのがこいつの悪いところらしいのだ。
今、俺がいるのは地球だ。
正確に言えば、太陽系第三惑星・地球の日本だな。
俺はここで生まれ育ち、そして死んだ。
つまるところ、前世に戻って来たって訳。
ここに来た理由は単純で、単にイメージがしやすかったからだ。
地球に生まれて、育った記憶がある分、他の星に行くより想像しやすいってだけ。
まあ、これが記念すべき第一回目なわけなんだし、まずはここからスタートってことで、ね。
「さて、どうするか?」
取り敢えずは、現状の確認だろう。
公園のゴミ箱から新聞でも漁るとしようじゃないの。
えーっと、……おっ! あった、あった。どれどれ?
……これ、スポーツ新聞じゃねぇか。
まあ、いいや。まずは日付だ。
……え、令和!? 年号変わったのかよっ!!
見た目は若返ったのに、すっかり時代に取り残されちまった。
ショックを受けても仕方ない。
間違いないなく日本なのは確かなんだし、仕事に取り掛かるとするか。
ちょうどよく、子供達が公園に来た。
俺は物陰に隠れて、腕時計型のデバイスを起動させ、スーツを纏う。
頭の天辺から足の爪先まで覆う、このメカニカルなスーツは、いわば着る宇宙船。あらゆる環境に適応する万能服で、宇宙での活動を想定して開発された代物である。
当然のことながら、着用者に合わせてサイズが変化してくれる優れものだ。
デザインも悪くないし、機能性も高いので気に入っている。
俺はステルスを使用して、子供達に近づく。
当然気づかれる事はない。
腕に仕込んだDNA採取キットを子供達に打ち込む。
蚊の針よりも存在感の無いそれは、痛みを与える事も無く体内に潜り込み、遺伝子情報を抜き取る。
針は一度使う毎に生成されるので、非常に衛生的で小さなお子様にも安心してご利用できます。
抜き取った遺伝子情報をスーツの解析装置にかける。
DNA配列パターンはまさしく人間そのもの。
これでよし。
後は、このままスタコラずらかるだけだ。
初回の仕事ならこんなもんだろう。
その後も、いくつかサンプルを回収した。
基本的には若いDNAが欲しいから、二十代が目安。場合によってはそれ以上。
ただ折角、前世の地球に戻って来たんだ。ちょっと楽しむくらいはいいだろう。
金はゴミ箱漁りで二千円札を手に入れたしな。まだあったのね、コレ。
じゃ早速、飯にするとしますかね。目指す場所は、そうだな。
せっかくだし、あの店に行こう。
らーめん屋。
『らっしゃいませー』
昭和を感じさせる店内に、客は数人しかいない。
奥のカウンター席に座り、注文をする。
「味噌ラーメン、大盛り。トッピングでチャーシューとメンマ増量ね」
『あいよっ!!』
店主は元気に返事をして調理を始める。
久々のラーメン屋だ。
たまに無性に食べたくなるんだけど、向こうじゃラーメン自体無いんだもの。
あぁ、この匂い。待ち遠しいぜ。
「お待たせしました」
その瞬間、俺は目を奪われた。
ラーメンに、じゃない。
目の前に現れた女店員にだ。
艶やかな栗色の髪に、パッチリとした目。
スレンダーな体つきをした、超絶美人の女だった。
「あの、お客さん? どうかなさったですか!」
「い、いえ! 何も! あ、あぁ美味しそうだなあ」
こちらを見て、首を傾げる姿が可憐だった。
思わず見惚れてしまった。
前世に戻って早々、幸先がいいじゃないか。
俺は自分の幸運に感謝しながら麺をすすり始める。
ぱぁあ、旨ぇ!
ラーメンも良ければ、店員もいい。
最高じゃねえの、おい!
スープまでズズっと完食し、勘定を終えた俺は、トイレを借りた。
とはいえ、それは建前だ。
本当の目的は別にある。
店の奥のトイレに入るフリをした俺は、本日二度目のスーツを起動する。
そう、俺の目的とはあの娘のDNAを採取する事だ。
だって一目惚れしたんだから仕方ない。
特権だよ、特権!
スーツの力で透明化した俺は、そのまま彼女の背後に回る。
そして、先程と同じ要領で腕に針を突き刺して、DNA抜き取って行く。
ヨシっ!!
俺は再び店の奥へ行くと、白々しく用を足した風を装う。
そして何事も無かったかのように、店主へと話かける。
「いや~美味しかったですぅ。ご馳走様でした」
「ありがとうございます。また来て下さいね」
「えぇ。店員さんも可愛い娘だし、いやさすっかり気に入っちゃいましたよ」
「え、……。あ、あぁ。俺の子供なんですが、うちの看板みたいなもんでね。評判なんですよ。ありがたい事でして。へ、へへ」
「へえ、そうなんですか。確かに綺麗な子ですね。それでは失礼します」
「ありがとうございましたー!」
可愛い声に見送られながら、俺は店を後にする。
いやー、本当にええ仕事したわ。
これは、常連になるしかないな。
俺はランラン気分のまま、新しき我が星へと帰った。
「なあ、さっきのお客さん。お前の事……」
「お父さんがこんな格好させるからでしょう。お母さんのお下がりだって言ったって、ぼく……」
「いいじゃねぇか。夢見させてやれるぐらい似合ってるってこった」
「もう。そのうち何かあったって、ぼく知らないからね!」
◇◇◇
船に戻って来て、しばらく仮眠を取り、船長の待つ部屋に向かう。
ノックをして入室の許可を得る。
『入れ』
中に入ると、船長の他に数名の船員がいた。
どう見ても堅気に見えない連中だが、これでもしっかりとした国家公務員だ。
見た目と中身は違うんだろうなと思うけど、あんまり信じたくない現実だ。
「戻ったか。首尾は?」
「上々ですよ。サンプルは回収に成功しました。我ながら見事な手際でしたね」
「よし、よくやった。早速マシーンにサンプルを製作させるぞ」
「了解」
「それと、このサンプルだが……、やはり人間だったのか」
「はい。恐らくは。あ、第一号は俺に選ばせて貰えるんですよね」
「そういう約束だからな。この仕事は現状お前しか出来ない。希望は可能な限り聞いてやる」
「ありがとうございます。では早速試験を開始させて頂きます」
「ああ、行くぞ」
俺は船長と共に、マシーンのある部屋へと向かった。
薄暗い部屋の中央に、大きなカプセルがある。
この機械こそ、人類の英知を集めたマシンである。
まずはこのサンプルをこの装置に入れる必要がある。
そして、DNA情報を元に人間のクローンを作るのだ。
登録されたサンプルは培養され、遺伝子を組み込まれていく。
後は時間が経つのを待つだけだ。
その時、マシンの管理・担当の研究員が疑問を口にしてきた。
「ん?」
「どうしたんで?」
「いや、確かぁ……、女性のDNAを使用したのですよね?」
「ええ、とびきりのをね」
研究員が答える。
どうしたんだろう?俺は首を傾げた。
「おい出来上がるぞ」
カプセルを見守っていた船長が、そう言って来たので俺は中に視線を戻す。
すると、カプセルの中で人間の形が徐々に仕上がってくる。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
いよいよだ。
俺はカプセルのガラスに、つい手を伸ばす。
やがて、その人物は目を開けた。
美しい顔立ちの女性だ。長い髪に切れ長の目。
肌も白く透けるようだ。
だが、俺たちはそこである違和感を覚えた。
「……おかしいな、なんか見慣れたものが見えるような」
俺の言葉に、他の連中も同意する。
「本当に女性だと確認して、採取してきたのですよね?」
「その、はず。いや間違いなく! ……そうであって欲しい」
「じゃあ、アレは俺の見間違いか?」
そう言う船長の視線の先には、我々男性には非常に関係の近いブツがあった。
い、いや。そんなはずは無い。
ガラスの屈折とかが見せる幻だろう。そうなんだろう!?
やがて、カプセルが開くと彼女?はゆっくりと立ち上がった。
俺はどうしても我慢ができず、一つの質問をぶつける。
「あ、あのつかぬことをお伺いいたしますが。あなた様は女性様でございましょうか?」
「? いえ、ぼくは男ですが……」
「…………」
俺は無言で天を見上げた。
「ふぁあっ!?」
そこで俺のキャパシティが限界を迎えたようで、意識がブラックアウトした。
「うっ……!」
目が覚めると、自室のベッドの上だった。
窓から差し込む朝日が眩しい。
「夢? そうだ夢だ。なんだ夢か! はぁあ良かった!」
安堵のため息をつく。
そうだよ美少女にあんな物が付いていてたまるか。
きっと長い眠りから覚めたてで疲れているんだろうな。
今日は休みだし、ゆっくり寝よう……。
「あのぅ……」
「ん?」
もう一眠りしようとした時、振り返るとその女はいた。
そう昨日誕生した愛しのクローンだ。
「あ、ああ君か。いやね、ちょっと不思議な夢を見てしまってさ。君が実は男だっていうんだ。一体いつ頃から寝てしまっていたか分からないが、いやあ、夢でよか……」
「ですから、ぼくは男ですよ」
「……へ?」
「いや、だからぼくは男ですよ」
「……おぅ」
こうしてこの惑星で初のクローン人間が誕生した。
しかし、まだまだ人口問題の解決には遠い。
数多くの世界を巡り、遺伝子を回収する旅は始まったばかりなのだ。
そう、モナーガの受難はまだ終わらない。