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第12話



 俺は箱入りだった。


 そう気付いたのは、旅に出てまだ一時間もたっていない頃だった。


「武器屋、道の真ん中を歩かないと危ないぜ。

脇のしげみからいきなりモンスターが飛び出してきて、襲われる可能性がある」


「お、おう……!」


──なんて、勇者にやんわりと注意され。


「武器屋さん、後ろはアタシ達が守るけど、上や下も注意して歩かないと、危ないよぉ」


「上も下も⁉︎ なんだそりゃ!」


「空を飛ぶモンスターもいるし、地面の中に住むモンスターもいるだろう?」


「リリーとライラの言う通りです~。

ここはまだ舗装されてる道だからいいですけど、森や林の中なんかは、もっと危険ですよ~」


──と、三人娘にまで苦言を提される始末。


 思えば俺は今まで、自分の足で町の外を歩いた事がなかった。


 大抵の用事は町中にある施設で事足りてしまうし、商品の仕入れなども、商工会の乗り合い馬車を利用していた。


(そうか……防壁で守られてたってだけで、町の外は常に危険と隣り合わせなんだな)


 冒険の厳しさについては、ある程度の覚悟をしていたつもりだった。


 しかし算段が甘過ぎた。


 店の客やゼクロスから聞きかじった知識と、実際に体験してみるのとでは、えらい違いだ。


「……なぁ、隣町まで、歩くとどのくらいかかるんだ?」


 恐る恐る尋ねてみると、勇者は「う~ん」と計算を始める。


「旅慣れない武器屋の機動力を考えると……三日くらいだと思うぜ」


「三日⁉︎

馬車で半日で着くのに、三日もかかるのか⁉︎」


「これだから町っ子のおぼっちゃまは困るんだよ。

馬車なんて高級品持ってるのは、一部の金持ちと商人くらいだ。

冒険者は基本、徒歩なんだよ」


「野生の馬かモンスターを手懐けて、足代わりにするパーティーもいますよ~」


「空間移動の魔法使える仲間がいると、便利だよねぇ」


 なるほど、こいつらが危険なクエストに挑んでまで、ファイヤードラゴンの機動力を欲しがった理由がやっと分かった。


 そこでようやく俺は上空を優雅に飛ぶ下僕の事を思い出し、指差してみせる。


「なぁ……あいつの背中とかに乗れるんじゃねぇのか?」


「無理です無理です!

あの猫背のどこに掴まれっていうんですか~」


「馬鹿なのか、武器屋?

そもそも生身の人間が振り落とされずに乗ってられるはずないだろう。

ドラゴンの飛行速度くらい分からないか?」


「大抵、移動用のゴンドラを持って飛んでもらうんだよぉ。

そんなの売ってる所は珍しいから、まずは隣町で探してみなきゃダメかなぁ」


 どれもこれも、安全な町でのうのうと暮らしてきた俺には、知り得なかった知識だ。


 モンスター生態行動学で習った事が、今現在これっぽっちも役に立っていない。


 それどころか若干足手まといになっているような気さえする。


 自信喪失でがっくりと肩を落として夜道を進んでいくと、少し先のしげみが、突然ガサッと揺れた。


 ついさっき勇者が言ったように、モンスターが飛び出してくるかもしれない。


 武器を持っていない俺は、隣りに並んで歩いていた勇者を盾にして、息を潜める。


 素早く戦闘の構えを取った勇者パーティーが、アイコンタクトだけで菱形の陣形を展開した。


 緊迫する空気の中、なおもガサガサとしげみが揺れる。


 頼りになる明かりは、空に浮かぶ半分に欠けた月と瞬く星々、それと各々が腰に下げているランタンのみ。


 暗すぎて敵の正体がなかなか見極められない。


 じっと目を凝らす俺の背後から、ふいに柔らかな光が射した。


 見れば僧侶ロザリエの聖杖の先に、光の球が浮いている。


(へぇ、こんな魔法もあるのか。便利だな……)


 のん気に考えているうちに、光球がふわふわと上空へ昇り、カッと太陽のように眩い光を放った。


 だしぬけに網膜を焼かれ、視界が白一色に染まる。


「ぐおっ⁉︎

目が! 目がぁぁぁぁぁ‼︎」


 光の矢に貫かれてしまったかのような痛みが、眼球はおろか後頭部にまで達している。


 これでは敵を見極めるどころの騒ぎではない。


 悶絶する俺を放ったらかしにして、勇者パーティーが何やら動いた気配がした。


 ザザザッというのは、足音。


 耳慣れたシャキッという音は、抜剣の際のものだ。


 ザシュッ、ザクッ、ブシュー! については、深く考えたくない。


 しばらくして、やっと俺に視界が戻ってきた頃には、とっくに片が付いていた。


 そればかりか──なんだか妙な事になっている。


「……なぁ、それ、どうしたんだ?」


 地面に輪を作って座り込む勇者一行。


 モグモグと一心不乱に口を動かす四人の前には、芳ばしい匂いを放つ、動物の丸焼きがある。


「あぁ、武器屋も食べるといいぜ!

野生だから、ちょっと肉質は固いけど、イケるぜ!」


「リリーの火炎魔法は、いつも見事なコントロールです~。

火加減バッチリです~」


「てへへっ!

冒険が終わったら、魔法焼きレストランでも開店しちゃおっかなぁ」


 焼かれて肉を削がれた姿を見ても、横たわる骨格を見るだけで、それが何か分かる。


 念のため勇者が差し出してきた骨付き肉を口にしてみて、俺は自分の推理の正しさを確信した。


 独特な臭みのある赤肉。


 やっぱりそうだ。


 そうに違いない。


「あのさ、この肉って、もしかして……」


「馬肉だぜ!」


 脂でぬめった親指をビシッと立てられ、俺は一瞬で怒髪天に達した。


「馬を食うな! 馬を‼︎

さっきロザリエが言ったばっかりだろ、手懐けて足にするパーティーもいるって!」


「あ……!」


 激しいツッコミを受けて、四人それぞれが手元の焼き肉に視線を落とし、固まる。


 うすうす勘付いていたが、やはりそうだ。


 こいつら全員アホだ。


 欲望に忠実すぎて、後先が考えられないケダモノだ。


 とんでもないパーティーに気に入られてしまったものだと、俺は重くなった額を押さえる。


「ま、まぁ、腹が減ってたら馬に乗る元気も出ないからな!

ここは食うが正解だぜ!」


「アタシら、晩御飯がまだだったからな」


「そ、そうだよそうだよぉ!

馬が一頭いたって、五人は乗れないもんねっ!」


「仕方がないです~」


 懸命の弁解も、虚しく空回りするだけ。


 呆れてものが言えないとは、まさにこの事だ。


 愚かな勇者一行を置き去りにしようと、俺は宴の輪の横をすり抜けた。


 直後、目の前に巨大な影の塊が落ちてくる。


 ファイヤードラゴンだ。


 咥えたままだったゼクロスの剣をポトリと足元に落としたという事は、俺の心中を察してくれたと受け取っていいはずだ。


『もうアホな勇者達なんて放っておいて、自分達だけで行こう』


 そう言ってくれているに違いない。


「ありがとな、ファイヤードラ」


 言い終わらないうちに、思いがけず巨体がこちらに突進してきた。


 反射的に避けなかったら、そのまま踏み潰されていたかもしれない。


 飛び退いて尻餅をついた先で振り返ると、焼き馬を丸呑みにする巨竜の姿があった。


 モンスター生態行動学の学校で得た情報によると、ドラゴンの類はほとんどが肉食だという。


 ファイヤードラゴンもしかり。


 巨体を維持するためには、どれほど大量の肉を必要とするのだろう。


 想像するだけでげんなりしてくる。


(そういや、こいつの餌の事まで考えてなかったな……。

まずいぞ、こりゃ)


 食費のかさむペットに、無理矢理ついてくるアホなお供達。


 要領を得ない冒険。


 武器屋再建のためにかかる莫大な費用。


 頭の中が悩みでパンパンだ。


 溜め息と共に拾い上げた魔剣の中には、これまた悩みの種のゼクロスがいる。


『武器屋よ、やたらと悩んでいるようだが、私と契約すれば、そんなものはあっという間に片付くぞ。

私の魔力を分け与えられるから、戦闘も楽勝、クエストこなし放題だ。

ドラゴンに一日一頭の牛を与えても、勇者達に酒盛りさせても、貯金はできるだろう』


 当たり前のように吐かれる勧誘文句に無言でかぶりを振ってみせ、俺はとぼとぼと歩き始める。


 道の真ん中を歩いているし、腹を満たしたファイヤードラゴンが地響きを鳴らしながらついてきてくれているから、身の危険は感じない。


 ただただ、虚しい。


 無力感と絶望感に内臓を食い尽くされて、胴体が空っぽになってしまったかのようだ。


『……いろいろあって疲れたろう、武器屋よ。

夜道は危険だし、今日はひとまずこの辺りで野営してはどうだ?

ドラゴンがそばにいれば、他のモンスターに襲われる事はないから、安心して眠るといい』


 痛々しいまでの俺の意気消沈ぶりを見かねたのだろう。


 珍しくゼクロスが優しい言葉をかけてきた。


 立ち止まって振り返ると、ファイヤードラゴンがゆっくりと横たわり、短い前足を軽く持ち上げた。


 どうやら腹の辺りのスペースを貸してくれる気でいるらしい。


 家を燃やされ、足代わりとなるであろう馬まで食い尽くされ、希望の光を見失いかけている俺には、ほんのちょっとの優しさすら染みる。


 涙が溢れそうになって、俺はゼクロスの剣を砂利道に突き刺し、素直にドラゴンの腹に飛び込んでいった。


 頬に触れる黒鱗は、背中の部分の硬いものとは違い、適度な弾力がある。


 疲れに火照った肌が冷やされて気持ちいい。


 最強クラスのモンスターに守護されている安心感たるや、半端じゃない。


 俺がすっかり落ち着いたのを見て取った勇者一行が、すぐ近くにテントを張り始めた。


 今日の冒険はここまで。


 散々な出だしだったけれど、明日からはせめてあいつらの足を引っ張らないよう、努力しよう。


 そんないじらしい決意を固め、俺は静かに瞼を下ろした。




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