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第11話



 勝負を見届けた野次馬達から大喝采が巻き起こり、一帯の空気が変わる。


 浴びせられる賞賛の声に、自分の意思とは関係なく、ぶるぶると背骨が震えた。


 上から下に落ちる寒気とは逆に、下から上に駆け上がる熱気。


 人に誉められ感謝される事によって得られる快感を、俺はこの時、初めて知った。


 モンスター行動生態学の学校を飛び級で卒業した時ですら、教師に褒められこそすれど、こんなに大勢に賞賛されたりはしなかった。


 ましてや「街を救ってくれてありがとう」なんていう感謝の言葉をもらったのだって、初めてだ。


 もしかしたら冒険者達は、この快感を得るために危険なクエストに向かうのかもしれない。


 店に来る客達の気持ちが少しだけ理解できた俺は、その冒険の一助たり得る武器屋という職業を、心の底から誇らしく思えた。


「やったな、武器屋!」


「すごいすごぉいっ!

ファイヤードラゴンを手懐けちゃったぁ!」


「やる時はやるんだな、チェリーボーイでも」


「変態だけど、見直しました~」


「ちょっと武器屋、なかなかやるじゃない!」


 感動冷めやらぬ俺を、勇者を初め、リリー・ライラ・ロザリエのとりまき三人娘、さらにメリッサまでもが追い打ちをかけるかのごとく、もみくちゃにしてくる。


 頭をくしゃくしゃと撫で、背中を叩き小突く、ちょっと乱暴な祝福。


 学生時代に見た憶えがある、仲間同士の戯れだ。


 こんな青春っぽいやり取りすら初めてで、嬉しくて嬉しくて、思わず涙が出そうになる。


 しかしその感動も束の間、


「本当にすごいぜ、武器屋! いや、ドラゴンマスター!

これでオレ達のパーティーも機動力が上がって、より遠くまで冒険に出られるな!」


勇者の言葉が、俺の高揚を撃墜した。


「……ちょっと待て、勇者。

俺がいつお前らのパーティーに加わるなんて言った?」


「いや、加わらなくていいぜ?

オレ達が君のパーティーに加わるから。

オレ達はリーダーの君に従うし、力も貸す。ついでにオレ達の目的達成に協力してくれればいい。

ギブアンドテイクだぜ!」


 ビシッと立てられた親指に怒りが込み上げてきたのは、これで二度目だ。


 今度は鳩尾を突き上げるのではなく、マンキニの肩紐をぎゅうっと引き上げてやった。


「はうぁぁぁぁぁっ!

食い込む食い込むっ!」


「やいコラ、勇者! 勝手にパーティーを結成すんな!

いいか、あくまで俺は武器屋だ。

これから俺は、壊された家の再建費用と、売り物の武器を集めなくちゃならねぇ。

だからお前らのリーダーになって、魔王討伐なんかに付き合う暇はねぇ!」


「つまり冒険に出るんだな?

だったら旅は道づれ世は情けで、オレ達も一緒に」


「道づれも情けもいらねぇ!

どうせお前らの狙いは、ゼクロスの剣の力と、ファイヤードラゴンの機動力だろ?」


「違う! それは誤解だぜ、武器屋!」


 急に勇者の顔から笑みが消え、深い海を思わせる青い瞳がきらめいた。


 反論を重ねるより先に腕を引かれ、俺の体はあれよあれよという間に、筋肉質な男の腕の中に取り込まれる。


「そう捻くれて考えるな。

オレは君の知識の豊富さとか、物怖じしない性格とか、負けん気の強さとか……そういった所に惚れたんだぜ?

だから賄賂を渡してまで、仲間にしようとしたんだ」


 耳元で囁かれ、トクン、と心臓が奇妙なうねりを生む。


 これはまさかの──BLフラグという奴ではないだろうか。


 否、俺に男色の趣味はない。


 現に全身にサブイボが立っている。


 心臓のうねりは、ただ単に吐き気に由来するものだ。


「離れろ、気色悪いっ!」


 勇者の抱擁を振りほどき後ずさった先で、今度は背中が柔らかな壁にぶち当たる。


 驚いて振り返ると、そこには氷の瞳のメリッサが立っていた。


「へぇ……アンタ、そっちの趣味だったのね。

どうりで浮いた話の一つもないわけだわ」


「違っ!」


「まぁ、性癖は人それぞれだから、とやかく言わないわ。

それより冒険に出るったって、今夜はどうするのよ、アンタ。寝床すらなくなっちゃったじゃない」


 ついさっきまで祝福の戯れに加わっていたとは思えないほど、冷静な指摘だ。


 急に現実に引き戻され、俺は改めて身の振り方を考えてみる。


 家は全焼で全壊。


 燃え残った武器のほとんどは、地金リサイクルに回すしかない。


 金は釣り銭と今日の売り上げを除いて、全て王立銀行に預けてあるから大丈夫。


 しかし預金額を鑑みると、武器屋を再建するにはまだまだ全然足りない。


 行商武器屋でコツコツ稼いだとしても、再建できる費用が貯まった頃には、俺はジジイになっているだろう。


 バーンと大金を稼ぐ一番手っ取り早い手段は、各都市の自警団が発注しているクエストをこなして、報酬を受け取る方法。


 もしくはモンスターを倒したり、巣を探索したりして、集めたお宝を横取りする方法。


 どちらにせよ、冒険に出る事が前提だ。


 善は急げ、思い立ったが吉日とは聞くけれど、今夜の寝床すらないのだから選択の余地はない。


「もう……身一つで、すぐに出発する。

全部燃やされたから、持って行ける物もねぇしな」


「あっそ。じゃ、瓦礫の処理は商工会でやっといたげるわ。

何か使えそうな物があったら、遠慮なくもらうからね!」


 傷心で旅立つ幼なじみに、もっと温かい言葉を掛ける優しさはないのだろうか。


 けれどそんなドライな所が、メリッサらしいといえば、メリッサらしい。


 やはり幼なじみルートなんてものは、存在しなかった。


 ゼクロスのかけたキュンの魅了術も、全く効果なしだ。


 改めて確信した俺は若干肩を落とし、とぼとぼと歩き始める。


 少し進んでから何となく肩越しに振り返ると、メリッサが赤茶けた髪を苛立たしげに掻き回した。


「……あぁ、もうっ!

手ぶらで送り出して死なれたりしたら、気分悪いわ!

ちょっと待ってなさいよ!」


 言うやいなや自分の店に駆けて行き、何やら防具を抱えて戻ってきた。


「これっ! 火鼠の革の鎧と兜と盾!

そんなに高い素材じゃないけど、万が一ファイヤードラゴンが反乱起こしたりしたら、炎もいくらか防げるから!

餞別代わりにくれてやるわ!」


 唖然とする俺に、テキパキと防具を装備させてくれるメリッサ。


 何だかんだ面倒見がいいのは、昔から変わっていない。


「……ありがと、な」


 柄にもなく礼を言うのは照れ臭いけれど、言われた方も同じらしく、そばかすの頬がほんのりと赤く染まった。


 ちょっぴり甘酸っぱいやり取りを経て、出立の準備はほぼ整った。


 あとは武器さえあれば心強い。


(そういや、ゼクロスの剣はどうなったんだろうな)


 思い出すのとほぼ同時に、借りてきた猫のようにおとなしくしていたドラゴンが、何かを咥えてきた。


 受け取って確認してみると、それは煤にまみれたゼクロスの宝剣。


 なぜこれをドラゴンが? という疑問への答えは、頭の中に直接返される。


『私がこのドラゴンに頼んだのだ。魔力は制限されているが、モンスターに語り掛けるくらいはできる。

さぁ、これで武器も揃った。

武器屋よ! 私と契約してモテモテになり、いざフェリスを倒す旅に出ようではないか!』


 どいつもこいつも、本人の意思を無視して、自分達の都合ばかりを押し付けてくる。


 しかも何度断っても諦めない。


 度を超えたスルースキルとポジティブ思考が、ある意味羨ましくもある。


「ついてくんなよ!」


 俺は勇者達に一喝して背を向け、ずんずんと歩き出す。


 目的地はまだないが、目的はある。


 武器屋の再建と安定した平穏なんてささやかではあるけれど、俺のような没個性平凡キャラには、それだけで充分だ。


 ドラゴンマスターとか魔剣の使い手とか、物々しい肩書きなどいらない。


 俺は武器屋。


 ただそれだけだ。


「よし、出発だ!」


 俺の合図を受けて、下僕となったファイヤードラゴンがゼクロスの宝剣を咥えたまま、夜空に舞い上がった。


 勇者パーティーは少し距離を取りながら、まるでピクニックにでも出掛けるかのように、楽しげにはしゃぎながらついてくる。


 そっとしておいて欲しいのに、どうやら周りが放っておいてくれそうにない。


 武器屋一色だった俺の人生に、どんどん他の色が足されていく。


(しょうがねぇな……)


 諦めの苦笑と共に振り仰いだ夜空には、満点の星が煌めいている。


 そのうちの一つが、俺の旅立ちを祝うかのように力強く輝いて、流れ落ちた。




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