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第10話



 勇者の股間からとり出された、金色の球体。


「おまっ! それ、金タ……」


「玉は玉でも、オレのじゃなくて、ドラゴンの玉だぜ!

クエストに失敗しても、オレはタダじゃ起きない!

逃げる時にファイヤードラゴンの巣から、ちゃっかり奪ってきたんだぜ!

何だか良く分からないけど、綺麗だろう?」


 人肌に温まった金の玉を手渡しながら、ははははは! と爽やかに笑う、マンキニ勇者。


 やはりこいつの頭は、沸いているに違いない。


 俺が握られされたのは、「竜玉」と呼ばれる代物。


 モンスター共は、なぜか光り物を好む性質を持っているが、中でもドラゴンは特殊だ。


 純金を好み、冒険者の落としていった武器防具などから、器用に金だけを剥がす姿が確認されている。


 コツコツと少しずつ集めては、ガムのように噛んでひとまとめにして、大事に巣にしまっておく。


 竜玉はいわば、ドラゴンの宝物だ。


 大事なコレクションを奪われたら、人間でなくたって怒る。


 怒り狂ったモンスターは、何をしでかすか分からない。


 ましてや相手はファイヤードラゴン。


 街の一つや二つ、瞬く間に消炭に変えてしまうほどの力を持つ、強大なモンスターとして有名だ。


 それを怒らせるなんて、愚の骨頂としか言いようがない。


「勇者、俺にこれをくれようって、よく分からねぇサービス精神は嬉しいんだけどな」


「ははははは! サービスじゃない、賄賂だぜ!

君はもう、ゼクロスと契約をしたか?

していないのなら、今すぐ契約して、オレと共に魔王征伐の旅に出ようぜ! それをやるから!」


「契約はしねぇし、竜玉もいらねぇ。とにかく、話を聞け。

悪い事は言わねぇから、元の場所に返してこいよ、これ。

じゃないと大変な事になるぞ」


「竜玉? 竜玉っていうのか、それは。

武器屋は博識だな。その知識は独学なのか?」


「いや、俺、武器屋経営の知識の足しに、モンスター行動生態学専門の学校、卒業したから」


「そいつは心強い!

ますます気に入ったぜ! こうなったら是が非でも我がパーティーに迎え入れたくなったぜ!」


 アドバイスをさらりと聞き流してのん気にテンションを上げていく勇者に、苛立ちを禁じ得ない。


 もう一度強めに進言しようかという時、俺はやっと異変に気付いた。


 パチパチと何かが弾けるような音と、空気に混じるキナ臭さ。


「火事だぁぁぁ~ッ!」


通りの方から声が上がる頃には、俺も同じ事を確信していた。


 しかし全員で慌てて外へ避難してみて知ったのは、驚愕の事実だった。


「な……!

燃えてんの……うちじゃねぇか!」


 店舗の二階住居部分から、ごうごうと上がる、火の手と煙。


 オレンジ色の炎が屋根から染み落ちるように外壁を伝い、木造の建物を真っ黒な炭へと変えていっている。


 なぜ火災が発生したのだろう。


 その答えは、はるか上空を旋回する黒い影と、俺が握らされたままの竜玉が教えてくれた。


「お前のせいで、ドラゴンが勘違いしたじゃねぇか!

お宝を奪った敵のアジトだと思って、うちに火ぃ吐かれたぞ!」


 怒りに任せて胸倉を掴んでやろうとしても、いかんせん掴めるほど布がない。


 代わりにマンキニの吊り部分を、これでもかと引き上げてやると、勇者は情けない悲鳴を上げた。


「ひぃぃあぁぁぁっ!

やめてくれ、武器屋!

食い込む食い込むっ!」


「お前さえこんなふざけた格好でクエストに出なけりゃ、こんな事にならなかったんだよ!

食い込むくらい、何だ!

俺はたった今、目の前で、我が家を燃やされてるんだぞ!」


「武器屋さん、今は言い争ってる場合じゃないです~」


 僧侶・ロザリエの間延びした声によって、俺は今、自分がすべき事を思い出した。


 通りの少し先にある広場の噴水から、近くにいる人達と協力して水を汲み、バケツリレーで消火活動をする──事ではない。


 騒動に気付いていないのか、まだ外に出てきていない隣家のメリッサとその両親を、舞い落ちる火の粉をかいくぐりながら、助けに向かう──事でもない。


 そう、財産の搬出だ。


 俺は咆哮を上げながら、店内に駆け戻ろうとした。


 ところが一歩踏み出しただけで、


「ダメだ、武器屋!」


勇者の馬鹿力でもって羽交い締めにされて、阻まれてしまった。


「やめろ、止めるな!

まだ一階は燃えてねぇから、金やら武器やら搬出する時間はあるだろうが!」


「猶予はない!

ほら、見てみろ!」


示されたのは、上空。


 悠然と旋回していた黒い影が、急に小さく凝った。


 翼をたたんで、垂直降下の姿勢を取ったためだ。


 我が家めがけ、閃光のごとき速さで落ちてきたドラゴンは、燃え盛る炎を気にも留めずに、太い後ろ足で建物を一撃した。


 ガシャン、メキメキ、バキッ。


 この世の終わりのような破壊音が、一帯の空気を激しく揺らす。


 直後に建物は完全倒壊した。


 さらにドラゴンはダメ押しとばかりに、瓦礫に炎を吐き掛ける。


「あぁ……!

うちが……俺の武器屋が‼︎」


 馬車二台分ほどもある、大きな黒い背中を見つめていると、言い表わせないほどの怒りが込み上げてきた。


 開けるたびに軋む戸棚。


 俺がまだ幼い頃に亡くなった母に怒られた、壁の落書き。


 筋骨隆々な親父が毎日懸垂をしていたせいで、みっともなく歪んだ梁。


 毎日磨いた、店の古びた板床。


 ボロくて狭い我が家だったけれど、たくさんの思い出が詰まっている。


 それがたった一瞬で、全て消し去られてしまった。


 このファイヤードラゴンによって。


「……ぜってぇ許さねぇ!」


 怒りを乗せて左の親指を噛むと、さっき塞がったばかりの傷が再び開いて、簡単に血がにじんだ。


「ゼクロス、契約だ!

お前と今すぐ契約して、俺はこのドラゴンを八つ裂きにすんぞ!!」


 高らかに宣言してから気付いた。


 握っていたはずの宝剣がない。


 マンキニ騒動や避難のどさくさで、どこかへやってしまったのだろうか。


 キョロキョロと慌てて周囲を探す俺の頭の中に、ゼクロスの溜め息が聞こえてきた。


『はぁ……。貴様と私は、よくよく縁がないな。

すぐに契約を交わしたいところだが、ちと問題発生中だ、武器屋よ。

壊れてこそいないが、私の剣は今、ドラゴンの右足の下にある』


「そんな……!」


 絶望感に苛まれた俺は、ガクンとその場に崩折れた。


 いくら頭に血が上っていたって、簡単に分かる。


 バッドエンドのフラグが立っている事が。


 夕闇に包まれた空が、勢いを増した炎によって明るく染まっている。


 舞い上がる火の粉がやけに綺麗に見えて、鼻の奥がツンと痛んだ。


 もう俺には何もない。


 代々受け継がれてきた武器屋も、売る商品も、思い出の品々も、個性すらも。


 途方に暮れる俺の様子を、元凶である勇者パーティーが遠巻きに眺めている。


 集まってきた顔見知りの野次馬達はドラゴンの動向に気を取られ、こちらに一瞥もくれない。


 孤独だ。


 これだけの人が周りにいながら、俺は孤独だ。


 こうなったらもう、やぶれかぶれでドラゴンに突進して、呆気なく消し炭にされてしまおうか。


 捨て鉢な考えを浮かべた時、いきなり脳天にゴツン! と、重い一撃が落とされた。


「痛ぇっ!」


「何を黄昏れてんのよ、武器屋っ!

家壊されてショックなのは分かるけど、あの迷惑ドラゴン、どうにか追っ払いなさいよ!

隣りの私の家にまで火ぃ吐かれたら、たまったもんじゃないわ!」


 見上げた先には、見慣れた双丘がそびえ立っている。


 メリッサだ。


 背後にはその両親である、防具屋のおやっさんとおかみさんが、唖然呆然と佇んでいる。


 三人の小洒落た身なりからして、どこかに出掛けていたらしい事がうかがえる。


 そうだった。


 理由はどうであれ、うちから飛び火でもしようものならば、莫大な損害賠償を請求されかねない。


 金にがめついメリッサの事だ。


 ビタ一文まけずに、ケツの毛までむしり取ろうとしてくるだろう。


 メリッサのげんこつで正気を取り戻した俺は、気力を奮い立たせて、しっかりと立ち上がった。


 ドラゴンは希少なモンスターゆえに、まだまだ謎が多い。


 猛獣やモンスターを使役するビーストテイマーでさえ、御し切れないと聞いた憶えがある。


 とても賢く、人語をかなり理解できるらしいとも習った。


 もしかしたら交渉の余地があるかもしれない。


 例え決裂して炎を吐きかけられたとしても、それはそれで仕方がない。


 あの世で待つ両親に、やれるだけの事はやったんだと、堂々と胸を張れる。


 キーアイテムとなる竜玉は今、俺の手の中。


 これを交渉材料にして、ファイヤードラゴンをどうにかしよう。


 俺は煙たい空気を胸いっぱいに吸い込み、轟と怒鳴った。


「おい、お前!

ファイヤードラゴン!」




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