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淫魔の宝剣、売ってます
一葉一華
異世界ファンタジースローライフ
2024年12月13日
公開日
29,246文字
連載中
モブな俺が営む武器屋に、一振りの魔剣が持ち込まれた。
その剣に封じられている淫魔が、囁いてくる。
「武器屋よ、モテモテになりたくはないか?」

第1話



 きっとナマクラだ。


 鞘から抜きもせず一目見ただけで、俺はその剣の価値を決めた。


「はい、三千ペス。

これで新しい万能包丁でも買った方が、よっぽどいいぞ」


「はぁっ? ちょちょちょっと待ってくれよ、お兄さん!

明らかに桁がおかしくないか? 三十万ペスでも安いくらいだぜ、この剣!」


 カウンター越しに食ってかかってくるのは、この界隈ではそこそこ名の知れた、一人の若い勇者だ。


 自らを勇者と名乗る奴なんて、頭が沸いているとしか思っていなかったけれど、今回剣を売りに来たこいつと言葉を交わしてみて、断定できた。


 この勇者殿は、脳みそがつるんつるんだ。


「魔王の城から取ってきた宝剣だ」という嘘までは、大目に見よう。


 だがしかし、この世のどこに装飾一つ、宝石一つ付いていない宝剣なんぞが、存在するというのだろう。


 亡き父親の武器屋を若くして継いだ俺だけれど、鑑定眼には自信がある。


 何しろ子供の頃から、本物の武器を玩具代わりに、ブンブン振り回していたのだから。


 俺は千ペス銀貨を3枚カウンターに置き、地金リサイクル用の武器を立ててある樽に、さっさと偽宝剣を投げ込もうとした。


 途端に勇者の悲痛な叫びが上がる。


「お兄さぁぁぁんっ! そりゃないぜ!

その宝剣、現役だぜ? 業物だぜ? ちょっとした魔剣だぜ?

オレ、ついこの前まで、ガッツリ使ってたんだぜ!」


 だぜだぜうるさい上に、この期に及んで諦めの悪い奴だ。


 口を開けば開くほどボロが出るというのを、分かっていないのだろう。


「へぇ? ついこの前まで使ってた、すんばらしい宝剣なのに、何で急に売ろうとするんだよ?」


「うっ、それは……」


 矛盾を突けばあっさりと引きつる、無駄に整った顔。


 こんなアホでダメで顔だけの男が勇者だなんて、いよいよ世も末だ。


 だが、こういう奴をチクチクいじめるのは、嫌いじゃない。


「ん? どうしてなの、勇者様?

怒らないから素直に言ってみな?」


 心の底から湧いてくるニヤニヤを隠しもせず、俺は無駄に整った顔の前に、件の宝剣を突き付けてやる。


 勇者はあーうー唸りながら、王子然とした金色の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した後、諦めたようにぼそりとこぼした。


「抜いたら抜けなくなったんだ……」


 意味が分からない。


 新手のとんちだろうか?


 酷使して刃こぼれを起こしたとか、アフターケアを怠って錆びさせてしまった、というニュアンスにも受け取れる。


 どちらにせよ業物ならば、そう簡単にトラブルなど起きるはずがない。


 ナマクラ確定だ。


「抜けない剣なんて、やっぱりジャンク品だ。

ほら、さっさと銀貨受け取って出てけよ、自称勇者」


「違うんだ、武器屋!

オレじゃなきゃ抜けるはずなんだ! こいつは使い手を選ぶ魔剣なんだよ!」


「はいはい。魔剣に見限られるなんて、勇者廃業した方がいいんじゃねえの? 」


「そうじゃなくてっ!

ああもう、どうすれば分かってもらえるんだぁぁぁ!」


 さほど広くない店内に、勇者の苦悩の叫びが反響したと同時、バーンと派手な音を立てて、店舗出入口のドアが押し開かれた。


 強盗か? と手にしていた剣の柄を握ったものの、すぐに拍子抜けする。


 逆光に浮かぶシルエットは三つ。


 まろやかな体のラインからして、全員女だ。


 世知辛いご時世とはいえ、非力な女がわざわざ武器屋へ強盗に入るなんて話は、聞いた事がない。


「勇者様ぁ! 逃げようとしたって無駄なんだからぁ!」


「男ならちゃんと責任取りなさいよ!」


「誠意見せて欲しいですぅ~!」


 発言や態度、装備から察するに、押し入ってきた三人は、どうやらこのへなちょこ勇者のお仲間のようだ。


 それにしても、揃いも揃って、何というキャラの濃さだろう。


 左から妹系魔法使い、ツンデレ系戦士、天然系僧侶。


 同じく左から貧乳、鳩胸、巨乳。


 こんなパーティーで冒険していただなんて、破廉恥極まりない。


 俺の冷め切った視線そっちのけで、三人娘は勇者に詰め寄る。


「勇者様っ!」


「勇者!」


「勇者さぁん!」


 いよいよ店の角にまで追い詰められた勇者は、青ざめた顔でへらりと愛想笑いを浮かべた。


 そういう曖昧な態度が女性の神経を逆撫でする事を、分かっていないのだろう。


 残念な勇者様は、属性の違う三人の美女達にフルボッコにされる──かと思いきや、なんという事だろう。


 キスの嵐を浴びせられているではないか!


「あぁん、もう! たまんない、勇者っ!

抱いて、今すぐ抱いてっ!」


「うぁっ、ちょ、やめ!

揉むな握るな舐めるな吸うなぁぁぁ!」


「そんな事言ったって、カラダは正直ですよ~。

ほらほらぁ~」


 床に押し倒された勇者が装備を剥ぎ取られながら、魔物に襲われた少女のような、憐れっぽい悲鳴を上げる。


 俺のこめかみの血管は、ブチンと切れる寸前の状態。


 ここは連れ込み宿屋でもなければ、ショー酒場でもない。


 神聖なる俺の城、武器屋だ。


 いかがわしい行為で穢されてたまるか。


 カウンターをひらりと飛び越え、俺は怒りのままに剣を鞘から抜き放った。


「おい、勇者ととりまき共、ここをどこだと思ってやがる。武器屋だぞ、武器屋!

こんな所でサカるな! やるなら外でやれ! 

出て行かねぇなら叩っ斬るぞ!」


 若僧なりにドスの効いた声で脅してやると、全員ぴたりと動きを止めた。


 唾を飲み下すのすら躊躇うほどひりついた空気の中、四対の視線がゆっくりとこちらに集まる。


 その刹那、弾ける笑い声。


「ぎゃははははは!

アンタその剣、抜けたんだ!」


「あんまり笑っちゃ失礼ですよ~プククク!」


「てことは、武器屋さんは……ふふふふふっ!」


 笑われる理由はちっとも分からないけれど、指摘にはっとした。


 トラブルとやらで鞘から抜けないはずの剣が、抜けている。


 しかも何の抵抗もなく、すんなりと抜けた。


 まさか勇者が嘘をついたとは思えない。


 ただでさえ貧相な宝剣なのだから、少しでも買取り価格をつり上げるために、不利な申告などしないはずだ。


 一体全体、どうなっているのだろう。


 不思議に思って、俺は青白く輝く剣身を見つめた。


 鍔、握り、柄頭。


 どこを取っても質素ではあるけれど、剛性はありそうだ。


 複数の特殊金属をブレンドして鍛えたらしい剣身は、刃こぼれ一つしていないし、硬く焼き入れされた様子の切っ先は、刺突力も高そうだ。


(さすがに三千ペスは叩きすぎたか……)


 ちょっぴり反省したのは、ほんの数秒だけ。


 俺はこれから先、この街でたぶん一生、武器屋として生きていく。


「あいつの店、査定甘いぜ!」なんて噂が立とうものなら、死活問題だ。


 だから一度吐いた唾は飲めない。


 査定は覆せない。


「安く仕入れて、そこそこ高く売る」が、代々引き継がれてきた、我が家の商魂だ。


 自分の代で台なしにして、たまるか。


 俺は心を鬼にして、半裸にひん剥かれた勇者の鼻先に、剣を突き付けてやった。


「抜剣できたからって、査定額は上がらねぇ。

だからとっとと三千ペス持って、消えろ」


 ビシッと決めたつもりだったのに、勇者一行の小馬鹿にしたようなニヤけ顔は、収まる気配がない。


「さっきから何がおかしい?

俺が年下だからって、商人だからって、舐めてんのか?」


「いや、武器屋、そりゃ誤解だぜ!

オレ達は年齢や種族や職業で、人を差別したりするような人間じゃない。

でも君がその剣を抜けたって事は、オレの方が人生経験豊富ってわけで」


「だから何なんだよ!

回りくどい言い方やめて、ズバッと」


「武器屋さんは、チェリーボーイ認定されたんですよぉ」


 いきなり死角から、ズバッとやられた。


 妹系貧乳魔法使いに。


 これほどまでに殺傷能力の高い呪文を唱えてくるとは、可愛い顔をして、なかなか侮れない奴だ。


 図星を突かれて、脇の下に嫌な汗が滲んできた。


 おまけに喉も口の中もカラカラ。


 だがしかし、チェリーボーイだなんて、認める訳にはいかない。


 認めたからといって何がどうなるでもないけれど、男のプライドに関わる大問題だ。


「べっ、別に俺、違うしっ!

街の若い女はあらかた食っちゃったくらいの遊び人だし、俺っ!」


「妄想の中でですかぁ~?

それはカウントしちゃ、ダメなのです~」


 回復魔法のみ使えるとされている僧侶ですら、容赦なく斬裂系呪文を唱えてこようとは、このパーティーは一体どうなっているのだろう。


 立て続けにクリティカルヒットを食らい、息が上がってきた所に、


「フ……ッ」


 鳩胸ツンデレ系戦士の冷たい片笑いが、追い打ちをかけてきた。


 俺のライフポイントは、もはや赤ゲージ。


 ダウン寸前。


 最後の力を振り絞って反撃を繰り出そうかという、まさにその時だった。


「残念だけどな、武器屋。

その魔剣は、穢れを知らないピュアボーイにしか抜けない代物なんだ。

どんな嘘も誤魔化しも、そいつには通用しないぜ」


 勇者の鋭い一太刀が、俺のハートにとどめを刺した。


 ガクンと膝から力が抜け、手の平をざらついた板床の棘がつつく。


 白目を剥いているせいか、周りの景色は見えない。


 ──完敗だ。


 さすが勇者一行。


 これほどまでの強さだったとは、完全に見くびっていた。


 うなだれる俺の肩に、勇者がポンと労りの手を乗せてきた。


 恨めしく見上げた先には、男の自信に満ち満ちた、余裕の笑顔が咲き誇っている。


「大丈夫、君みたいな没個性の塊でも、そのうち主役級のチャンスがやってくるはずだぜっ!」


 ビシッと立てられた親指に怒りが込み上げ、俺は思わず柄頭で、裸の鳩尾をズゴンと突き上げてやった。


「出てけ、お前ら全員っ!

それで二度とここに足を踏み入れるんじゃねぇ‼︎」


 痛みに呻く勇者を半ば蹴り出すように店外へ追い立てると、とりまき三人娘も口々に俺を罵りながら、それに続いた。


 厄介な珍客がいなくなり、手元に残されたのは、訳ありの宝剣だけ。


「何なんだよ、一体……」


 しんと静まり返った店内に、答えをくれる者はいない。


 いつも通りの平穏が戻ってきた安堵感と、平穏を引っ掻き回された疲労感に、俺は溜め息を漏らした。


 勇者がうそぶいた「主役級のチャンス」とやらが俺に巡ってくる気配は、まだまだない。




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