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今でも鮮明に覚えてる。
心の奥底で恐ろしいと思ってしまうほど、真っ赤に染った夕暮れの町。
その日は自分でも分からないくらい、朝から妙にイラついていた。
だから普段より、強く当たってしまった一日だった。
点滅を始める信号機。
反対車線には、一人の少女が立っている。
『名倉くん……』
少女の顔は逆光で見えないが、どんな表情をしていたか。……だいたいの察しはついていた。
点滅から、夕日と同じ赤へと変わる。
『ゴメンね』
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「……はっ!」
目を覚ますと、真っ暗だった。
「……えっと、僕……」
――――確か朝に体調が悪くて体温を測ったら、熱があって……灯山が……。
そう、僕を心配して灯山が泣いていたんだ。
窓から注がれる月明かりが唯一の照明で、僕はそれを頼りに部屋を見渡す。
しかし、部屋には誰もいなかった。
「灯山……?」
――――ドンク……――――
心臓の鼓動が大きくなる。
――――ドクン、ドクン――――
それに続くように、どんどん脈が早くなる。
「いたっ……!」
それに伴って、頭痛までし始める。
「灯山……灯山……っ!」
僕は
――――灯山……どこだ……?
いつもなら騒がしいくらいに話しかけてくる灯山が、今はいない。
それにさっき、嫌な夢を見た。細かい所までは覚えていないが、きっと
それが僕の不安を、さらに駆り立てる。
壁に半分寄りかかるように、僕は長い長い廊下を歩く。
真っ暗な廊下は、まるで僕の心を表すようにどこまでも続いていく。
――――早く、早く見つけないと……。
廊下の先に、僅かに光が見えた。
僕は
「灯山……っ!」
手を伸ばした、その先に――――。
「名倉くん?」
縁側に座る、灯山の姿があった。
「名倉くん、もう起きても大丈夫なの?」
「と……やま……」
僕の中で、なにかの糸がプツンと切れた。
「名倉くん……って、泣いてるの!?」
「えっ……?」
慌てる灯山が何を言ってるのかわからず、僕は自分の頬に触れる。何かの雫が、僕の頬を伝って落ちていく。
それは僕の両目からとめどなく溢れ出す、涙だった。
「あれ……どうして……?」
「名倉くん、やっぱりまだ辛いんじゃ……」
そう心配して僕に近づいて、手を伸ばす灯山。
「な……なぐ、ら、くん……!?」
「どこいってたんだよ……心配させんな、バカ……!」
気づけば僕は、灯山を抱きしめていた。
冷たく、僅かに輪郭だけが分かる。
加減を間違えれば、すぐに透けて消えて無くなってしまいそうな灯山を、僕は引き寄せて抱きしめた。
「……心配かけてゴメンね、名倉くん。私はここにいるよ、大丈夫……」
そう言って灯山は、まるで赤子をあやすかのように僕の背中を優しく撫でる。
「お月様がね、綺麗だったから……つい見いっちゃってたの、ゴメンね。もう勝手に一人でいなくなったりしないよ」
「……本当に?」
「本当だよ。だって……」
灯山は僕の頬に手をかける。そして僕の涙を拭う仕草をしながら、にっこりと笑う。
「私は、名倉くんが大好きだからね!」
「ふっ……なにそれ……」
「ふふっ、笑った名倉くんも素敵だね!」
そう言って灯山が茶化してくるから、僕は照れくささを隠すために月を見る。
大きな満月は、先程まで不安だった僕の心を照らすように明るく輝いている。
そんな月明かりに照らされた灯山は、あの日見た泉よりも幻想的で――――。
――――あぁ、本当に……。
「月が……綺麗だね……」
「そうだね……」
そうして僕らは、縁側に座って月を見上げた。
……僕の言葉の本当の意味を、灯山は知ることはないだろう。