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第十九話 【月光の導き】

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 今でも鮮明に覚えてる。


 心の奥底で恐ろしいと思ってしまうほど、真っ赤に染った夕暮れの町。


 その日は自分でも分からないくらい、朝から妙にイラついていた。

 だから普段より、強く当たってしまった一日だった。


 点滅を始める信号機。

 反対車線には、一人の少女が立っている。


『名倉くん……』


 少女の顔は逆光で見えないが、どんな表情をしていたか。……だいたいの察しはついていた。


 点滅から、夕日と同じ赤へと変わる。




『ゴメンね』




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




「……はっ!」


 目を覚ますと、真っ暗だった。


「……えっと、僕……」


 ――――確か朝に体調が悪くて体温を測ったら、熱があって……灯山が……。


 そう、僕を心配して灯山が泣いていたんだ。

 窓から注がれる月明かりが唯一の照明で、僕はそれを頼りに部屋を見渡す。

 しかし、部屋には誰もいなかった。


「灯山……?」


 ――――ドンク……――――


 心臓の鼓動が大きくなる。


 ――――ドクン、ドクン――――

 それに続くように、どんどん脈が早くなる。


「いたっ……!」


 それに伴って、頭痛までし始める。


「灯山……灯山……っ!」


 僕はうようにふすまに手を伸ばすと、廊下へ出る。


 ――――灯山……どこだ……?


 いつもなら騒がしいくらいに話しかけてくる灯山が、今はいない。

 それにさっき、嫌な夢を見た。細かい所までは覚えていないが、きっとの夢だ。

 それが僕の不安を、さらに駆り立てる。


 壁に半分寄りかかるように、僕は長い長い廊下を歩く。

 真っ暗な廊下は、まるで僕の心を表すようにどこまでも続いていく。


 ――――早く、早く見つけないと……。


 


 廊下の先に、僅かに光が見えた。

 僕は一縷いちるの望みにすがるように、その光に手を伸ばす。


「灯山……っ!」


 手を伸ばした、その先に――――。



「名倉くん?」



 縁側に座る、灯山の姿があった。


「名倉くん、もう起きても大丈夫なの?」

「と……やま……」


 僕の中で、なにかの糸がプツンと切れた。


「名倉くん……って、泣いてるの!?」

「えっ……?」


 慌てる灯山が何を言ってるのかわからず、僕は自分の頬に触れる。何かの雫が、僕の頬を伝って落ちていく。

 それは僕の両目からとめどなく溢れ出す、涙だった。


「あれ……どうして……?」

「名倉くん、やっぱりまだ辛いんじゃ……」


 そう心配して僕に近づいて、手を伸ばす灯山。



「な……なぐ、ら、くん……!?」

「どこいってたんだよ……心配させんな、バカ……!」


 気づけば僕は、灯山を抱きしめていた。


 冷たく、僅かに輪郭だけが分かる。

 加減を間違えれば、すぐに透けて消えて無くなってしまいそうな灯山を、僕は引き寄せて抱きしめた。


「……心配かけてゴメンね、名倉くん。私はここにいるよ、大丈夫……」


 そう言って灯山は、まるで赤子をあやすかのように僕の背中を優しく撫でる。


「お月様がね、綺麗だったから……つい見いっちゃってたの、ゴメンね。もう勝手に一人でいなくなったりしないよ」

「……本当に?」

「本当だよ。だって……」


 灯山は僕の頬に手をかける。そして僕の涙を拭う仕草をしながら、にっこりと笑う。


「私は、名倉くんが大好きだからね!」

「ふっ……なにそれ……」

「ふふっ、笑った名倉くんも素敵だね!」


 そう言って灯山が茶化してくるから、僕は照れくささを隠すために月を見る。

 大きな満月は、先程まで不安だった僕の心を照らすように明るく輝いている。


 そんな月明かりに照らされた灯山は、あの日見た泉よりも幻想的で――――。


 ――――あぁ、本当に……。


「月が……綺麗だね……」

「そうだね……」


 そうして僕らは、縁側に座って月を見上げた。




 ……僕の言葉の本当の意味を、灯山は知ることはないだろう。

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