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第十八話 【夏の浮熱】

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 ――――どうしよう……。


 血の通っていないはずの体が、熱く感じる。

 これは生前、何度も感じた感覚だ。

 あの時は心臓がドキドキと、うるさいくらい大きく波打っていたのを覚えてる。


 ――――名倉くんが、優しく手に触れてくれた――――


 ――――名倉くんが、真剣な表情で私の手を見ていた――――


 その優しくて暖かな手と視線ができっと、顔が赤くなってると思って……そう思うと急に恥ずかしくて、思わず逃げるように隠れてしまった。


「名倉くんに悪いことしちゃったな……」


 生前の名残か、心臓がドキドキしてる気がする。


「名倉くん……本当にズルいよ……」




 私は頬の熱が冷めたあと、名倉くんたちのあとを追った。




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




【20××年 8月1日】




 ――――ピピピッ……――――


「38.1℃……熱やね」

「熱やなぁ」

「熱だなぁー」

「うーん……」


 朝から頭や体が重いと思ったら、熱があった。


太一たいちは体が丈夫やさかい、名倉くんに無理させとったんやなぁ」

「ゴメンなー、名倉ー。山田が丈夫すぎるばかりに、迷惑かけちまって」

「なんで俺だけのせいやねん!」


 山田のおばさんと西中の言い方に、山田が怒鳴り返す。


「これ、太一。病人の前や、大声はださんと」

「うっ、スマン……」

「やっぱ、昨日の通り雨に濡れたのがダメだったかなぁー?」

「それにしても、弱すぎやろ」

「うるさい……」


 確かに昨日……杜を探索してる途中、僕たちは通り雨に遭遇した。数分ほど土砂降りの後、まるで何事も無かったかのように止んだのを覚えている。


「まぁ、疲れも溜まっとったんやろね。今日はゆっくり休みぃね」

「はい……」

「それじゃあ俺らは、おばさんたちの手伝いしてるから」

「なんかあったら、すぐ呼ぶんやで」

「わかった……」


 そう言い残して、三人は部屋を出ていく。


 僕が未だに見慣れない天井をボーッと見ていると、灯山が顔を覗き込んできた。


「灯山……」

「名倉グゥゥゥン! ダイジョォブ!?」

「大丈夫だから、泣くな……」


 灯山は先程から、泣きながら「名倉くん! 死なないで〜!」と叫んでいる。おかげで先程の三人の会話は、半分も頭に入っていない。


 しかし僕の異変に気づいたのは、何を隠そう灯山だった。

 この数日、僕では考えられないくらいハードスケジュールだった。ここに着いた初日は、全身筋肉痛で動くのが辛かったせいか、余計に気づきにくかったのだ。


 ――――しかし……僕ですら気づかなかったのに、灯山はよく気づいたな……。


「名倉くん、なにかして欲しいことある? ……とは言っても、幽霊いまの私じゃできることは限られてるけど……」

「うーん……特にないかな」

「だよねぇー……」


 遠くから、山田たちの声が聞こえる。

 そういえば、今日は民宿の手伝いをするとか言ってた気がする。


「灯山……ここにいても暇なだけだろうし、山田たちのところにでも……」


 僕がいい切る前に、灯山は首を横に振る。


「ううん……私、ここにいるよ。名倉くんのそばにいる」

「そう……好きにすれば……」

「うん」


 僕はそう言って、目を閉じる。

 体調が悪いせいか、少し弱気になってる自分がいた。




 だから素っ気なくは言ったけど、本当は灯山がそばにいると言ってくれて嬉しかった。




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 ――――カチッ、カチッ、カチッ――――


「ん……」


 静かな部屋に、秒針が鳴り響く。

 重い瞼を開けると、見慣れない天井があった。


 ――――あれ……僕、どうして……。


 よく思い出せない、ここはどこだろう……?


「あっ、名倉くん。起きた?」

「と……やま……?」


 ――――どうして、灯山がここに……?


 分からない……思考が上手くまとまらない。


「おでこに置いてたタオル、ぬるくなっちゃったね。今、冷やして……」


 そう言って手を伸ばす、灯山の指先が触れる。

 冷たいその手が酷く冷たく、同時に何故か僕は悲しくなった。

 だから思わず、その手を掴んだ。


「な、名倉くん……?」

「……が、いい……」

「えっ……?」

「とや、ま……が、いい……」


 冷たいその手に、思わず頬を擦り寄せる。

 熱に浮かされているせいか……それとも、違う何かのせいか。


「名倉く――――」

「と……さ……か……さん……灯山……」


 奥から何か、熱いものが込み上げてくる。


「みんな……い……ない、で」




 流れ落ちた何かを、誰かが優しく拭ってくれた気がした。




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「…………! …………っ!」

「…………! …………!」


 誰かに呼ばれた気がして、うっすらと目を開ける。


「……な……! ……なぐ……!」

「と……やま……?」

「……ぐらっ! しっかりせい、名倉!」


 ――――山田……?


「熱測れるか?」

「ぅん……」


 ――――ピピピッ……――――


「39℃まで上がっとるやないか! なんかあったら呼べ言うたろ!? ……いや、なんかあったから呼ばれたんやけど……」


 体が熱くて、頭がボーッとする……山田が何を言ってるのか、何を慌てているのか分からない。


 ――――だけど、これだけは聞かないと……。


「薬……の前に、飯や。粥は食えそうか?」

「山田……」

「なんや?」

「灯山は……?」


 灯山の姿が見当たらない。灯山はどこに行ったのだろう?


 僕の質問に、山田の顔が一瞬だけ険しくなった気がした。


「灯山は……今、席を外しとる。すぐ戻ってくるさかい、安心せい」

「わかった……」


 山田は立ち上がると、ふすまに手をかける。


「それと……」

「…………?」

「灯山がったこと、誰にも話すんとちゃうで」

「……うん……?」


 どうして山田がそんなこと言うのか、僕には分からない。


 でも――――。


「灯山……早く、戻って……き、て……」




 お前がいないと……すごく、寂しいから……。

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