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第十七話 【杜へ】

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「なぁー、山田ー。せっかくの泊まりだし、今夜枕投げしよーぜ!」

「アホ、んな事したら、おばさんにドヤされるわ!」

「えー? 名倉はどう思う?」

「……なんで二人とも、そんなに元気なのさ……」


 山田の親戚の民宿についた僕らはあのあと、お昼ご飯をご馳走になった。そして必要のない荷物を宿に置いてから、僕らは『思人シビトモリ』へと向かっていた。

 体力の限界を感じた僕は、片道四十分の道のりを、西中の荷台に乗せてもらっていた。


「あははっ! 名倉が体力なさすぎんだよ!」

「普段から顔色も悪いし、ちゃんと食うとんのか?」

「ちゃんと食べてるし、僕の体力は人並みより少し少ないだけだよ……」

「わぁー! 山田くん速い、速〜い!」


 そうボヤいている僕とは裏腹に、灯山は実に楽しそうだ。


「ほな、どっちがはよもりに着くか……勝負や西中!」

「望むところだ!」

「えっ、嘘でしょ……ちょっ、まっ……!」




 この二人には、体力の限界という概念がないのかと……そう錯覚するほど、僕と違って元気だった。




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「だぁー! やっぱ山田のバカ体力には、勝てねぇーわ!」

「アホう、俺に勝とうなんぞ百年早いわ」

「名倉くん、大丈夫?」


 山田と西中の自転車勝負の決着は、山田の勝利となった。

 そして、『思人ノ杜』についた僕らは、大きな木の木陰で涼んでいた。


「名倉ー、大丈夫かー?」

「な、なんとか……」

「ほれ、水でも飲みや」


 ここまで全力で自転車をこいでいたとは思えないほど元気な二人に介抱されながら、僕は自身の不甲斐なさを痛感していた。


「名倉ー、俺らこの辺り軽く散策してくるから。その間少し休んでなよ」

「その代わり、チャリが盗まれんようちゃんと見張っとれよ」


 二人はそう言い残して、杜の中へ入っていく。


「いや……こんな廃村の杜で、わざわざ誰が自転車を盗むんだよ……」


 木に寄りかかりながら、僕は山田から渡された水を飲む。

 夏の暑さでぬるくなった水は、火照った体には少し物足りなさを覚えるほどには冷たい。

 そう思っていると。急に首筋に、なにか冷たいものが触れた。


「うわっ……!?」

「あっ、ゴメンね。冷やそうと思って……ビックリさせちゃった?」

「と、灯山……今、何したの?」


 僕は首筋を擦りながら、何が起きたのか理解しようと灯山に問いかける。


「えっと……なんて言うかさ、幽霊って冷たいイメージがあるじゃない? それにイタズラしたりする幽霊もいるし、もし触れられたら名倉くんを少しでも冷たくして、楽にしてあげられるかな……っと思って」

「なるほど……」


 灯山の考えは、なんとなくわかった。驚かせようとかイタズラでやったのではなく、純粋に僕を心配してのことだった。


 ――――というか……。


「幽霊なのに、触れられるんだな……」


 僕は透ける灯山の手に、僕は手を伸ばして触れる。生前と違い血の通っていない冷たい手は、力加減を間違えればすぐに砕けてしまう繊細なガラス細工のようで微かに形を保っているようだ。

 そんな冷たい灯山の手は、灯山が既にこの世のものではないことをより鮮明に思い知らせるようだった。


「す……少しの間だけなら、触れようと頑張れば触れられるみたい……」

「そうなんだ……」


 冷たい灯山の手は悲しいくらいに冷たく、皮肉にも求めていた涼しさだった。


「………………」

「………………」


 風で木の葉が揺れる中、僕は黙って灯山の手を見つめながら触れていた。


「………………」

「…………〜っ!」


 すると突然、目の前で触れているはずの灯山の手の感覚が消えた。驚いて顔を上げると、灯山はもう片方の手で顔を覆っていた。


「な……なんか、集中が切れちゃったから! お、おしまい!」

「…………? そうか……」


 ――――それにしても……。


「なんか、顔赤くない?」

「あ、赤くないよ! そうだよ、きっと暑さのせいだよ!」

「そうなの?」

「そうだよ!」


 そう言って灯山は、僕から少し離れた木の後ろへと飛んでいった。


 ――――僕、何か変なことしたかな……?


 灯山に悪いことをした気がして、どうしようかと悩んでいると――――。


「おーい、ココらにはみたいなのなかったぜー」

「アホ、やボケ」


 山田と西中が戻ってきた。


「おー、名倉。だいぶ顔色、良くなったなぁ!」

「ほな次は、名倉も一緒に探しに行くで」


 そう言って山田と西中は、再び杜の中へと入っていく。


「……灯山。灯山はどうする?」


 灯山が隠れている木に向かって、僕は問いかける。


「わ、私は少ししてからみんなについて行くよ!」

「そう?」

「名倉ー! 早くー!」

「はぐれないくらいには、近くにいろよ?」


 灯山は木の後ろから腕を出すと、親指だけ上げる。分かったという意味だろう。

 灯山の合図を見て、僕は先に行った二人のあとをついて行く。


「遅いぞー、名倉ー」

「ご、ゴメン」


 二人の後ろを歩きながら、僕は生前の灯山を思い出す。


 灯山は時折、挙動不審を起こすときがある。……だがその大概は灯山がもちかけたゲームや提案で、灯山が勝っても負けても自滅してのことだった。


 ――――でも、さっきの灯山は……。


 僕が見た事なかったくらい、顔が赤かった。


「幽霊でも、熱中症とかかかるのかな……?」




 そう考えると僕は、灯山が少し心配になってきたのだった。

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